『エージェント・ゾーハン』:2008、アメリカ

休暇中にビーチを訪れたゾーハンは、巧みなリフティングで女性たちの目を引き付け、綱引きで複数の男や大きな牛に圧勝する。全裸になった彼がバーベキューで魚を焼いていると、軍服の男たちがヘリコプターで現れた。「行くぞ」と隊長に言われたゾーハンは疎ましそうな表情を浮かべるが、仕方なくヘリに乗り込んだ。モサドの基地に戻ったゾーハンは仲間と合流し、テロリストのファントムがベイルートに姿を現したことを知らされる。ファントムはゾーハンが3ヶ月前に捕まえたが、スパイの交換で解放されていた。そのことをゾーハンは初めて知らされ、激しい怒りを見せた。
司令官はファントムがレバノン国境の隠れ家にいるという情報を掴み、チームで攻撃する作戦を立てたことを話す。それは民間人に多くの犠牲が出る恐れの高い作戦であり、ゾーハンは自分を隠れ家へ単独で突入させるため、わざと司令官が危険な作戦を語ったと分かっていた。ゾーハンは面倒に思いつつ、仕事を引き受けた。美容師に憧れを抱くゾーハンだが、自宅でヘアカタログを見ながら髪を切る真似をすることしか出来なかった。
ゾーハンは両親との夕食で、「もしも軍を辞めて人生をやり直したいと言ったら、どうする?」と問い掛けた。すると両親は、軍の仕事を続けるよう説いた。ゾーハンは「友達の兵役は3年だ。なぜ僕だけが続けなきゃいけないの?もっとクリエイティブな仕事がしたいんだ」と訴えるが、やりたい仕事については口ごもる。渡米してヘア・スタイリストになりたいことを彼が思い切って打ち明けると、両親は馬鹿にして笑い、ゲイなのかと言って本気にしなかった。
翌日、ゾーハンはファントムの隠れ家へ突入し、手下たちを軽く叩きのめした。彼は逃亡したファントムを追い掛け、戦いの途中で姿を消す。ファントムは勝ったと思い込んで浮かれるが、ゾーハンは最初から死んだように偽装して渡米する計画だった。彼は旅客機の貨物室に忍び込み、髪を切って整えた。ニューヨークに降り立ったゾーハンはタクシーに乗り、ポール・ミッチェルのヘアサロンに到着した。彼はスクラッピー・ココという偽名を使い、自信満々で雇ってもらおうとするが、受付係にミッチェルは留守だと言われる。ゾーハンのヘアスタイルを見た美容師たちは、その古臭さを嘲笑した。
店を出たゾーハンは、自転車を走らせていたマイケルという男が車を運転していたビジネスマンの怒りを買う現場を目撃した。自転車を投げ捨てるビジネスマンを注意したゾーハンは、馬鹿にする相手を軽く捻じ伏せた。礼を言うマイケルから出身地を問われたゾーハンは、オーストラリアだと嘘をついた。タクシー運転手のサリームを見た彼はパレスチナにいた男だと思い出し、慌てて逃げ出した。ゾーハンはマイケルの住むマンションへ招かれ、母親のゲイルが用意した夕食を御馳走になった。ゾーハンに泊まる場所が無いと聞いたゲイルは、上の階が空いているので使うよう勧めた。
ゾーハンはマイケルを連れてディスコへ繰り出し、勝手にDJブースへ入って曲を掛ける。彼は自分の大ファンだというイスラエル人のオーリに気付かれ、もう戦いたくないのだと告げる。アメリカへ来たの理由を問われたゾーハンが美容師になりたい夢を明かすと、オーリは「仕事なら俺が世話してやるよ」と自分が経営する電器屋の名刺を渡した。しかし電器屋になるつもりなどないゾーハンは「仕事は自分で見つける」と断り、その場を去った。
翌日、ゾーハンは2軒の美容室を訪れる、どちらでも雇ってもらえなかった。彼はオーリの店へ赴き、「仕事が欲しい」と頼んだ。するとオーリは「ここでは雇えない。夢は美容師なんだろ。電気店で働き始めたら、二度と出られない」と語り、「通りの向かいにある美容室なら雇ってくれるかも」と教えた。そこがパレスチナ人の店だと知ったゾーハンが難色を示すと、オーリはファントムがファストフード店を始めて大成功していることを教えた。
ゾーハンはオーリから「夢は美容師だろ。アメリカは何度も出来る国だぞ」と言われ、決意を固めて向かいの美容室へ赴く。女性オーナーのダリアは、ゾーハンの経験が無いことを知って採用を断る。ゾーハンは運動能力の高さをアピールするが、ダリアは「大家から賃料を値上げしたから新しい人は雇えないの」と告げる。ゾーハンは「ただ勉強したいんだ。何度もする」と頼み、週に何度か給料無しで掃除に来るという話を快諾した。
しかしゾーハンは出勤2日目、美容師のクロードが髪を切っているのに客に話し掛けるなどして邪魔をする。ダリアに注意されたゾーハンは、「そろそろ俺にも髪を切らせてくれ」と訴えた。「貴方に髪を切らせる時期は私が決めます」とダリアに言われたゾーハンは、閉店後にクロードから技術を教わった。彼は金を稼ぐため、リムジンの運転手として働き始めた。ゾーハンは美容室に来る中年女性に「抱きたい体になった」とか「今はアソコが爆発しそうだ」と声を掛け、ダリアから「そんな褒め方はやめて」と注意された。
反省の態度を示すためにゾーハンが自らの太腿へハサミを突き刺したので、ダリアは慌てる。女性客が「気にしてないわよ」と告げると、ゾーハンは笑顔で「気にしてないってさ」とハサミを引き抜いた。従業員のデビーが電話で辞めることを通告してくると、ゾーハンは代役に立候補する。ダリアは「貴方が失敗したら店は潰れる」と反対するが、デビーの担当だった中年女性がゾーハンを指名した。ゾーハンは彼女を褒めて気分良くさせ、耳元に接吻してセクシーに腰を振った。奥の部屋へ連れ込んで性的な行為にまで及ぶゾーハンの仕事ぶりに、女性は大いに満足した。
ゾーハンの仕事は噂になり、多くの女性客が店へ押し寄せた。ポール・ミッチェルが電話でスカウトするが、ゾーハンは断った。客の女性たちを乗せて店に到着したサリームはゾーハンを目撃し、山羊を奪われた時のことを思い出した。彼は仲間のハムディーとナジに連絡してゾーハンが生きていたことを教え、「こいつを捕まえて人質と交換すれば、俺たちは英雄だ」と言う。ハムディーとナジは「俺たちは戦士じゃない」と弱腰だったが、個人的な恨みを持つサリームは怒りを燃やした。
サリームはナジにゾーハンを確認するよう命じ、ヘアサロンに送り込んだ。しかしナジはゾーハンに褒められて喜び、能天気にサリームの元へ戻って来た。ゾーハンはグリーンハウス夫人を奥の部屋へ案内してセックスしようとするが、その日は勃起しなかった。彼は医者に診てもらうが、症状は改善されなかった。それがダリヤと公園へ出掛けた日から始まったと知ったゲイルは、「きっとダリアが運命の人なのよ」と告げた。ヘアサロンへ出勤してダリアを見たゾーハンは勃起し、やはり彼女が運命の相手だと確信した。同じ頃、大物実業家のウォルブリッジは、ヘアサロンがある一帯の土地を手に入れようと目論んでいた…。

監督はデニス・デューガン、脚本はアダム・サンドラー&ロバート・スミゲル&ジャド・アパトー、製作はアダム・サンドラー&ジャック・ジャラプト、製作総指揮はバリー・ベルナルディー&ロバート・スミゲル、共同製作はケヴィン・グライディー、製作協力はアルドリック・ラオリ・ポーター&ダリル・キャス&ジュディット・マウル、撮影はマイケル・バレット、美術はペリー・アンデリン・ブレイク、編集はトム・コステイン、衣装はエレン・ラッター、音楽はルパート・グレッグソン=ウィリアムズ、音楽監修はマイケル・ディルベック&ブルックス・アーサー。
出演はアダム・サンドラー、ジョン・タートゥーロ、エマニュエル・シュリーキー、ロブ・シュナイダー、ニック・スウォードソン、ケヴィン・ニーロン、レイニー・カザン、イードゥー・モセリ、デイヴ・マシューズ、マイケル・バッファー、シャーロット・レイ、サイード・バッドレヤ、ダウード・ヘイダミ、ロバート・スミゲル、ディナ・ドローン、シェリー・バーマン、クリス・ロック、マライア・キャリー、ジョン・マッケンロー、ジョージ・タケイ、ブルース・ヴィランク、ジョン・ポール・デジョリア、アレック・マパ、アーメッド・アーメッド、ベン・ワイズ、ジョン・ファーレー、ジョセフ・マーシャック、グリー・ワインバーグ他。


監督のデニス・デューガンと主演のアダム・サンドラーが、『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』『ビッグ・ダディ』『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』に続いて4度目のタッグを組んだ作品。
脚本は『リトル★ニッキー』以来となるアダム・サンドラー、『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』のロバート・スミゲル、『40歳の童貞男』のジャド・アパトーによる共同。
ゾーハンをアダム・サンドラー、ファントムをジョン・タートゥーロ、ダリアをエマニュエル・シュリーキー、サリームをロブ・シュナイダー、マイケルをニック・スウォードソン、ゲイルをレイニー・カザン、オーリをイードゥー・モセリが演じている。
歌手のマライア・キャリー、元プロテニス選手のジョン・マッケンロー、俳優のジョージ・タケイ、コメディー・ライターで俳優のブルーヴィランクが、本人役で出演している。
アンクレジットだが、リムジンの客としてヘンリー・ウィンクラー、ハッキーサック大会の審判役でケヴィン・ジェームズが出演している。

冒頭、ゾーハンはビーチで女性たちにキャーキャー言われ、楽しい時間を過ごしている。
ハッキーサック(フットバッグ)の巧みな技を披露したり、綱引きで怪力を見せたりはしているが、その時点では「凄腕の諜報部員」ってことなど、もちろん分からない。基地に戻ったところで諜報員であることは分かるが、まだ能力値までは分からない。
翌日のシーンになり、ようやく諜報部員としての実力が披露されるという流れになっている。
その導入部は、上手い構成とは到底言えない。

これが「普段はイケイケの遊び人だが、実は凄腕のスパイ」という話であれば、最初に「遊び人」の部分を見せて後から「スパイ」の方を明かすという順番にするのは理解できる。
しかし、そうじゃなくて「凄腕のスパイが、念願だった美容師になる」という話なのだ。
それを考えると、まず冒頭では「凄腕のスパイ」としての活躍を見せた方がいい。
ビーチで女性たちにキャーキャー言われるとか、バーベキューをしながらデカいチンコを見せるとか、そういうのは全く要らない。むしろ邪魔と言ってもいいぐらいだ。

ゾーハンが美容師に憧れていることを示す描写が、まるで足りていない。
そりゃあ、渡米しないと本格的に話が転がり始めないので、早くアメリカへ舞台を移したいのは分かる。ただ、美容雑誌を見てハサミを動かすシーンが1つあるだけなので、物足りなさを感じてしまう。
前述したビーチのシーンをカットすれば、ここのアピールを増やすことも出来ただろう。
っていうか、実は最初に「凄腕スパイ」というトコから始めれば、そんなに「美容師を夢見ている」という描写を増やす必要性は高くないのだ。

ゾーハンはイスラエルのビーチで女性たちから大人気だが、渡米してからも「ディスコで曲を掛けて女性たちの注目を集める」という様子が用意されている。
だが、これはゾーハンのキャラクター設定を考えた時、ズレているように感じる。と言うのも、彼はヘアサロンで働く女性たちから古臭い髪形を馬鹿にされているからだ。
「ヘアサロンの女性たちから髪型は馬鹿にされるけど、ディスコの女性たちは全く異なる反応」ってのは、キャラがブレるでしょ。
そこは徹底して「センスの古臭さを女性たちから馬鹿にされる」という形にしておいた方が、統一感が出るんじゃないかと。

ゾーハンはポール・ミッチェルのヘアサロンで髪型を馬鹿にされても、「自分の髪型が古くてダサい」とは全く気付いていない。
それ以降も自分のセンスの古さに気付くことは無いが、だったら「本人は気付いていない」ってのが笑いに昇華しているのかというと、そういうわけでもない。
また、「センスは古いが、それが何かのきっかけで大いに受けるようになる」というわけでもない。中年女性たちは性交渉で虜になっただけであり、ゾーハンの美容師としてのセンスに惹かれたわけではない。
でもイスラエルでは若い女性からキャーキャー言われていたわけで、それが中年女性ばかりになるのなら、それを笑いとして昇華した方がいいんじゃないかと。

ゾーハンはオーリの仕事斡旋を断った翌日、2軒のヘアサロンを訪れる。一軒目ではドレッドのウィッグを謎の生き物だと誤解し、慌てて床に叩き付けている。
彼は怯えた様子でウィッグと格闘するのだが、ファントム一味との戦いでは冷静沈着だった凄腕の諜報員なのに、そういう時は焦って冷静さを失うというのは違和感がある。
次のヘアサロンは子供向けの店だが、「動いたら頸静脈が切れて4分で全身の血が流れ出てしまう」と子供に行って泣かせたり、指で肩を押さえて気絶させたりする。つまり、1軒目とは採用されない理由が全く違うわけだ。
しかし、ここは「感覚が古すぎて採用されない」という理由に統一した方がいい。
それと、たった2軒しか訪ねていないので、それで諦めてオーリの元へ行くってのは諦めが早すぎるように感じてしまうぞ。ダイジェスト処理でいいので、「何軒も訪れたが全て採用してもらえなかった」ってのを見せた方がいいんじゃないかと。

アダム・サンドラーは自分が制作する映画において、出自であるユダヤをネタとして持ち込むことが多い人だ。
今回も持ち込んでいるが、それはイスラエルとパレスチナの対立という、かなりデリケートな問題だ。
おバカで能天気なコメディー映画なので、もちろん深刻な問題として描いたり、重厚なメッセージを発信したりということは無い。
しかし、その一方で、徹底的にコケにしたり、辛辣に風刺したりというアプローチも無い。

ユダヤだけならともかく、今回は下手をすると他の人種や宗教を侮辱することにも繋がりかねないので、遠慮した部分があるのかもしれない。
その結果として、今回の映画でネタとして扱われるのは「オシャレの感覚が時代遅れ」とか、「最近まで諜報員だった」とか、「エロい方向で中年女性を虜にする才能を持っている」とか、そういうゾーハンのキャラクターばかりになっている。
そうなると、イスラエル人というゾーハンの設定は、ほとんど意味の無い要素と化している。
「イスラエル人なのにパレスチナ人のヘアサロンで働く」という部分にしても、そんなに笑いの貢献度が高いわけではない。

「イスラエル人のゾーハンがパレスチナ人のサリームに見つかって命を狙われる」という展開が始まっても、緊張感が一気に高まるようなことは無い。
サリームたちはヘマを繰り返すし、ゾーハンは命を狙われていることさえ気付かない。
ただ、そのままだと「両国の対立」という要素を収束させなきゃいけなくなるので、第3の敵として「ウォルブリッジと彼に雇われた白人至上主義グループ」を登場させる。
そのグループが両方を排除しようと動き出すことにより、「共通の敵に対してイスエエル人とパレスチナ人が協力する」という流れにしているわけだ。

「猫をボール代わりにしてリフティング遊びを楽しむ」という、動物愛護団体から激しく抗議されそうなネタは平気で持ち込んでいる一方で(もちろん本物の猫は使っていないけどね)、やはり「イスラエルとパレスチナの対立」という問題を徹底的に茶化すことは避けているようだ。
その問題に関しては、たぶんシャレが通じない人も多いだろうしね。
そして「ずっとイスラエルとパレスチナの争いが続いているが、きっといつかは仲良くなれるはず」という、妙にヌルいメッセージが匂うような収束となっている。
ちなみに、「メル・ギブソンが大好きな白人至上主義者」がネタとしてOKってことは、イスラム教原理主義者に比べれば白人至上主義グループの方が寛容ってことになるのかもしれないね。

(観賞日:2019年2月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会