『エージェント:ライアン』:2014、アメリカ

2001年9月11日。ロンドンに留学中のジャック・ライアンは、ニューヨークで同時多発テロが起きたニュースを知ってショックを受けた。祖国を守りたいと考えた彼は帰国し、海軍に入隊した。2003年、海軍少尉となったライアンは、アフガニスタンで任務に就いていた。彼はヘリコプターで移動しながら気になった情報を司令部に伝えるが、まるで相手にされなかった。その直後、ヘリコプターがロケット弾の攻撃を受けた。ライアンは重傷を負いながらも、墜落したヘリコプターから2人の部下を救出した。
ライアンは陸軍病院に運ばれるが、急いで処置しなければ歩行できなくなるほどの状態だった。彼はワシントンの陸軍医療センターで手術を受け、医学生であるキャシー・ミューラーのサポートを受けながらリハビリに励んだ。その様子を見ていたCIAのトーマス・ハーパーは、ライアンと面会して会話を交わした。彼はライアンに、復学して経済学の博士号を取得してほしいと持ち掛けた。経済アナリストとして投資銀行で働き、CIAのためにテロ資金の情報を収集してほしいのだと、彼は説明した。
10年後、ニューヨークの投資銀行で働くライアンは、同僚であるテディーの恋を手伝ってやる。ロシアの取引口座を調べたライアンは、チェレヴィン・グループの外貨口座へのアクセスを拒否された。彼は映画館で連絡員と会い、モスクワに諜報員を派遣するよう進言する。「ハーパーは君を要望している」と言われたライアンは、「無理だ、僕は分析官だ」と告げてデータを渡した。「このデータを分析できる人間が他にいない。ハーパーの気持ちは変わらないぞ」と、連絡員は口にした。
ライアンはキャシーと同棲しているが、もちろんCIAの仕事をしていることは内緒だ。キャシーはライアンの服に入っている映画の半券を見つけ、浮気しているのではないかと疑いを抱く。一方、チェレヴィン・グループの代表であるヴィクトル・チェレヴィンはソローキン内務大臣と密会し、国連での決議が否定された時の準備について確認される。既に行動していることをチェレヴィンが話すと、ソローキンは「分かっているだろうが、ロシア政府は無関係だ」と告げた。
ライアンは投資銀行の上司であるロブ・ベリンガーに、チェレヴィン・グループの監査でモスクワへ出張させてほしいと申し入れる。会社の大切な顧客なので、慎重に行動するようベリンガーは釘を刺した。キャシーは同行を求めるが、ライアンは「退屈だよ」と賛成しない。パリで週末を過ごす計画にもライアンが乗らなかったため、キャシーは我慢できずに半券のことを指摘した。浮気を疑われたライアンはキャシーと言い合いになるが、仕事を終えたらパリに行くことを約束した。
ライアンがモスクワの空港に到着すると、チェレヴィンのボディガードであるエムビー・デンが出迎えに来ていた。彼はライアンに、警護と運転手を担当することを告げた。エムビーはライアンをホテルへ案内すると、安全をチェックするという名目で部屋に入る。ライアンは本性を現したエムビーに襲われるが、反撃して殺害した。彼はCIA本部に連絡を入れて事情を説明し、助けを求めた。ライアンは指示通りに行動し、スタラヤ広場へ向かった。
ライアンがスタラヤ広場に向かっていると、キャシーから電話が入った。パリで会う約束について確認されたライアンは、「仕事が長くなりそうだから、間に合うかどうか分からない」と告げる。するとキャシーは浮気を疑い、不機嫌な態度になった。ライアンは「こっちから連絡する。僕を信じてくれ」と言うが、キャシーの疑念は消えなかった。ライアンがスタラヤ広場に到着すると、ハーパーが待っていた。ライアンは彼に、チェレヴィン・グループの動きはドルの暴落によるアメリカ経済の崩壊を狙うロシア政府の策略だと報告する。それはアメリカだけの問題ではなく、世界大恐慌を引き起こす危機だと彼は説明した。
ハーパーは予定通り金融監査に入るようライアンに指示し、「もう分析屋じゃない。今からは諜報員だ」と告げて拳銃を渡した。翌日、ライアンはチェレヴィンを訪ね、監査に来たことを告げる。するとチェレヴィンは「会社は売り払った。君の銀行の資金は既に送金した。もう監査の必要は無い」と述べた。チェレヴィンが警備主任のディミトリ・レムコフを紹介して面会を終わらせようとすると、ライアンはレストランでのディナーに誘う。するとチェレヴィンは「私が招待しよう。奥さんも一緒に」と言い、宿泊先からホテルから女性が到着したという連絡があったことを話す。キャシーだと悟ったライアンは、「恋人なんです」と告げた。
恋人同伴でなければディナーに行かないとチェレヴィンが言うので、ライアンは承諾した。ライアンは尾行のレムコフを撒き、ハーパーやCIAのチームと合流した。ライアンはレムコフの端末を調べる必要性についてが語るが警備が厳しくてオフィスへの潜入は難しかった。そこでライアンはハーパーから、チェレヴィンの部屋へ忍び込む仕事を命じられた。チェレヴィンが酒好きで他人の女に目が無いという情報を聞き、ライアンはホテルへ戻った。
キャシーはホテルの部屋に置いてあった拳銃を見つけており、ライアンに事情説明を要求した。ライアンがCIAであることを明かすと、浮気じゃないと知ったキャシーは安堵した。チェレヴィンは明日の作戦実行に向けて、米国の工作員を動かす指示を出した。ミシガン州ディアボーンに潜伏している工作員のアレクサンドル・ボロフスキーは任務発動を受け、尾行していたFBI捜査官を始末した。キャシーはライアンと共にハーパーと会い、チェレヴィンをレストランに引き留める役目を引き受けた。ライアンは「危険な連中だ」と巻き込むことに反対するが、ハーパーは「10分間、奴を引き留めてくれ」とキャシーに指示した。
ライアンとキャシーはレストランへ赴き、チェレヴィンと食事をする。ライアンは悪酔いしたように装い、キャシーと険悪になる芝居をする。キャシーが1人でトイレへ行こうとすると、チェレヴィンが案内役を買って出た。諜報員はチェレヴィンから財布を盗み、カードキーをライアンに渡した。ライアンは酔いを醒ます名目で、レストランを出た。彼は後方支援を担当するエイミー・チャンたちの協力でチェレヴィン・グループのビルに潜入し、レンコフの端末からデータをダウンロードした。ビルから脱出したライアンは、ハーパーに「明朝に世界中の市場でドル売りの注文が入る。その直前にテロ攻撃が実行される」と敵の計画を告げる…。

監督はケネス・ブラナー、キャラクター創作はトム・クランシー、脚本はアダム・コザッド&デヴィッド・コープ、製作はメイス・ニューフェルド&ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ&デヴィッド・バロン&マーク・ヴァーラディアン、製作総指揮はデヴィッド・エリソン&デイナ・ゴールドバーグ&ポール・シュウェイク&トミー・ハーパー、共同製作はデヴィッド・レディー、撮影はハリス・ザンバーラウコス、美術はアンドリュー・ロウズ、編集はマーティン・ウォルシュ、衣装はジル・テイラー、音楽はパトリック・ドイル。
出演はクリス・パイン、ケヴィン・コスナー、ケネス・ブラナー、キーラ・ナイトレイ、コルム・フィオール、ペーター・アンデション、ノンソー・アノジー、ジェンマ・チャン、レン・クドリアヴィツキ、アウレック・アットゴフ、エレナ・ヴェリカノワ、セス・アイオット、アレクサンダー・アレクシエフ、アンドリュー・バイロン、デレク・リー、アンディー・ブッチャー、ロイド・バス、マラット・ベルディエフ、レナード・レドリッチ、ニック・コート、ネイサン・ワイリー、パーカー・ソーヤーズ、ゲオルグ・ニコロフ、アンガス・ライト他。


作家のトム・クランシーが生み出した人気キャラクター、ジャック・ライアンを主人公に据えた作品。
監督は『スルース』『マイティ・ソー』のケネス・ブラナーで、チェレヴィン役で出演も兼ねている。
脚本は、これがデビュー作のアダム・コザッドと、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』『天使と悪魔』のデヴィッド・コープによる共同。
ライアンをクリス・パイン、ハーパーをケヴィン・コスナー、チェレヴィンをケネス・ブラナー、キャシーをキーラ・ナイトレイ、ベリンガーをコルム・フィオール、レムコフをペーター・アンデション、エムビーをノンソー・アノジー、エイミーをジェンマ・チャンが演じている。

これまで小説の「ジャック・ライアン」シリーズは、『レッド・オクトーバーを追え!』『パトリオット・ゲーム』『今そこにある危機』『トータル・フィアーズ』の4作が映画化されている。
1作目ではアレック・ボールドウィン、2作目と3作目ではハリソン・フォード、4作目ではベン・アフレックがジャック・ライアンを演じた。
このリブート版では原作小説が存在せず、キャラクターだけを拝借している。
だからトム・クランシーは「原作者」ではなく、「based on characters created by」という表記になっている。

今回の映画は、「ライアンがCIAの分析官になるまでの経緯」からスタートしている。
「ここから新たなシリーズを始める」という目的でリブートしているので、一発目は「ライアンの新人時代」を描いているんだろう。
シリーズ化を想定すれば、その考えは決して間違っているとは言えない。
ただし、そういう段階からスタートさせるために、この映画は序盤で「2001年」「2003年」「その10年後」と、2度に渡って年月をジャンプすることを余儀なくされている。これは構成として、あまり格好の良いモノではない。

ハーパーはライアンに会う際、海軍の制服を着用し、海軍の人間を装っている。
しかしライアンのレポートについて知っていることを語り、「なぜ知っているのか」と問われると、すぐに「私はCIAの人間だ」と言う。
そんなに簡単にバラすのなら、海軍を詐称する意味が全く無いでしょ。最初からCIAの人間として面会しても、何の支障も無い。
会話の中で「ライアンを信用できる」と確信した上で素性を明かしているわけでもないんだし。

トム・クランシーは人気小説家だし、ジャック・ライアンは人気のあるキャラクターだ。だからパラマウント・ピクチャーズがシリーズをリブートして復活させたいと考えるのも理解できる。
クリス・パインにオファーを出したのはリメイク版『スター・トレック』の主演を務めた時期であり、その人選も分からないではない。
しかし結果的には、「彼じゃなかった」と言わざるを得ない。
あまり知的に見えないというのが、一番の痛手だろう。
本人も、自分が知的なフェイスじゃないとは言っていないが、この映画が失敗作であり、シリーズ化に見合う興行収入を得られなかったことはインタビューで認めている。

とは言え、全ての責任がクリス・パインにあるわけではない。むしろ、彼が背負うべき責任は、それほど大きくない。
それよりも、このリブート版でジャック・ライアンのキャラクター設定を大きく変更したことが一番の失敗ではないだろうか。
何が失敗かって、そりゃあ間違いなく「CIA分析官」から「CIA諜報員」に変更したことだ。
これにより、もはやジャック・ライアンがジャック・ライアンである意味が失われたと言っても過言ではないのだ。

アクション方面に舵を切るため、そういうキャラ設定の変更が行われたことは言うまでもない。
しかし、そもそも今までの「ジャック・ライアン」シリーズの映画化作品にしても、かなりアクション色は濃い内容だったのだ。
わざわざ分析官という職業を捨てる意味があるほど、この映画が今までの作品に比べてアクションてんこもりで充実しているとも思えない。
ライアンには海兵隊の少尉だった時期があるものの、基本的には肉体労働よりも頭脳労働で活躍させるべき人間なのだ。

たぶん『ボーン・アイデンティティ』シリーズやダニエル・クレイグになってからの「007」シリーズなどに感化されているんじゃないかと推測されるが、単に他のヒット作の美味しいトコを寄せ集めて薄味にしているだけだ。
しかも、「リアル路線の魅力」と「荒唐無稽の面白さ」を両方とも持ち込もうとしたのか、「話はリアル方面を向いているのに、ライアンが無敵で展開は御都合主義の嵐」と来ている。
当たり前だが、リアル路線と荒唐無稽の味付けが見事なぐらいバラバラになっているのである。
だから結局、ただの中途半端なスパイ・アクション映画に成り下がっているのである。

「分析官という職業を捨てた」と前述したが、それは「実質的に捨てている」ってことであり、設定としては「分析官だけど諜報員として任務に当たる」という形を取っている。
ライアンが情報分析の部分で充分に能力の高さをアピールした上で、「アクションも出来るのよ」ってのを示すのであれば、それはOKだ。っていうか、そうすべき作品だったはず。
しかし、ライアンは早い段階で、情報分析を半ば捨てている。
モスクワへ出張した彼がエムビーと戦うシーンからして、もはや分析官としての仕事なんて全く無関係だ。

ライアンとチェレヴィンの対決は、本来ならば「高度な知能ゲーム」であるべきだろう。
ところが実際には、ライアンがボンクラだし、それに輪を掛けてチェレヴィンがボンクラなのだ。
特にチェレヴィンはドイヒーで、ライアンがデータをダウンロードするシーンなんて、「諜報員や財布を盗まれたり、それを戻されたりしても全く気付かない」「そもそも大事なカードキーを財布に入れている」「極度の寝取りマニアなので、すっかりキャシーに夢中」といったボンクラぶりを露呈している。
ボンクラ同士の騙し合いなんて、緊迫感もへったくれもありゃしない。
これがアクション・コメディーだったら、見せ方次第では面白くなったかもしれないよ。だけど、一応はシリアスなサスペンス・アクションのはずでしょ。

ライアンがデータをダウンロードするシーンは、チェレヴィンがボンクラというだけでなく、「たまたまレムコフが退社している」とか、「たまたまライアンがチェレヴィン・グループの人間に全く見つからないまま部屋へ潜入できている」とか、「たまたまベリンガーが会社に居て入力コードを教えてくれる」とか、ライアンにとって都合の良すぎる展開が幾つも重なっている。
ただし都合が良すぎるのは、そこに限らない。
この映画で御都合主義に浸食されていないシーンなんて、ほとんど無いんじゃないかと。

「チェレヴィン・グループの動きはドルの暴落によるアメリカ経済の崩壊を狙うロシア政府の策略」というのは、ライアンが分析によって導き出した答えだ。
でも、それはライアンがハーパーに説明する前に、観客には明かされている情報なのよね。だから、ライアンの分析能力をアピールする力は無い。
それ以外にも、敵の行動予定をライアンが説明するシーンがあり、これも彼の分析が導き出した結果ということなんだろう。
しかし、「こういう情報を得て、こういう根拠に基づいて分析した結果」として推測が提示されるわけではないし、そこに「情報戦の面白味」は無いのだ。

もっと問題なのは、ロシア政府とチェレヴィンの進めている作戦の内容が無駄に分かりにくいってことだ。
ライアンがハーパーに説明するシーンで何となく理解は出来るけど、決して「誰でも簡単に把握できる」という内容ではない。
さらに引っ掛かるのは、「そこまで手間を掛ける意味があるのかな」ってことだ。
昔とは状況が異なるわけで、果たして「ドルの暴落でアメリカ経済が崩壊し、世界大恐慌が訪れてロシアだけが勝ち残る」ってことが実現するかなあと、そこに疑問を抱いてしまうんだよね。

終盤、ボロフスキーの居場所やテロの標的を突き止めるシーンでは、ライアンが調査対象の指示を出し、ペンシルヴァニアにいることやマンハッタンを狙っていることを断言する。
それは分析官らしい行動と言ってもいいだろう。
ただし、「時間が無い」ってことで、あまりにも慌ただしく突き止めてしまうもんだから、こっちが情報分析の面白味を味わう暇は無い。
あと、急にシャーロック・ホームズや江戸川コナンもビックリの超推理を披露するので、すんげえ御都合主義だなあと感じる。
「それは情報分析じゃなくて、ただの勘じゃねえのか」と言いたくなるし。

途中で「キャシーがライアンの浮気を疑い、密かにロシアまで乗り込む」という展開がある。もはや「浮気を疑って云々」という時点で邪魔な要素にしか思えないのだが、なんと「任務を手伝う」という展開に繋げている。
まるでアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『トゥルーライズ』みたいな展開である。
『トゥルーライズ』のようにコミカルなテイストのある映画なら、ド素人である恋人を任務に参加させるのもいいだろうよ。だけど、一応はリアル路線を歩こうとしているはずなのに、それは無いだろ。だったら、むしろ荒唐無稽な路線を徹底すべきであって。
っていうか荒唐無稽を徹底するにしても、やっぱり「ド素人の恋人に協力してもらう」ってのは無いなあ。それをやると、コメディーじゃないと成立しなくなる。
そしてコメディーにすると、もはや「ジャック・ライアン」シリーズじゃなくなってしまうわな。

(観賞日:2016年3月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会