『インシディアス 第2章』:2013、アメリカ&カナダ

1986年。霊媒師のエリーズ・レイニアは友人のカールから連絡を受け、ロレイン・ランバートという女性の家を訪れた。ロレインは息子のジョシュに異変が起きたため、カールに相談を持ち掛けていたのだ。既にカールはジョシュが調査を始めており、ジョシュを撮影した写真には不気味な黒い影が写っていた。ロレインは息子に何かが憑依したと確信しており、カールは「この家には何かいる」とエリーズに言う。エリーズは催眠術を使い、クローゼットに寄生者が潜んでいることを突き止めた。彼女はロレインに、「ジョシュには幽体離脱し、生者が見てはならない物を見る能力がある。それに死者の1人が気付いた」と説明した。エリーズはロレインに依頼され、ジョシュの幽体離脱に関する記憶を封印した。
現在。ジョシュの妻であるルネは警察署に呼ばれ、センダル刑事から取り調べを受けていた。その前日、夫婦の長男であるダルトンを救うため、エリーズは再びジョシュに催眠術を掛けた。幽体離脱したジョシュは、暗黒の領域からダルトンを連れ戻した。しかしエリーズが死亡し、首には何者かに絞められた痕跡が残っていたため、ジョシュに殺人の容疑が掛けられたのだ。ルネは家族に起きた出来事や悪霊について説明するが、センデルには信じてもらえなかった。
警察がランバート邸を調べる間、一家はロレインの家で暮らすことになった。そこでも怪奇現象に見舞われたルネは、ジョシュに「何かがいるのよ」と訴える。しかしジョシュは認めようとせず、「静かに暮らしたいんだ」と述べた。その夜、眠っているダルトンの寝室に入ったロレインは、「後ろに誰かいる」という寝言を聞く。不安を覚えた彼女は、家の中を捜索した。ロレインは女の幽霊を目撃するが、そのことを聞かされたジョシュは「誰もいない」と否定した。
翌朝、ダルトンはルネに、「怖い夢を見た。お婆ちゃんが寝室に来た時、後ろに誰かいると感じた。何とか起きて廊下に出たら、パパが誰かと話してた」と語った。ロレインはエリーズの助手であるスペックスとタッカーを訪ね、「まだ家に誰かいる。手を貸して」と頼んだ。スペックスたちはエリーズの家で、1986年にジョシュを調査した時のビデオを発見していた。彼らはロレインに、その映像を見せた。すると質問に答えるジョシュの背後には、現在のジョシュが幽霊の如く写っていた。
ルネはセンデルからの電話で、エリーズの首に残っていた痕跡がジョシュと一致しなかったことを知らされた。電話を切った直後、女の幽霊がルネの前に出現する。ルネは子守唄を口ずさんで姿を消し、カリを連れ去った。女幽霊は再びルネの前に出現し、「とぼけるな」と怒鳴り付ける。女幽霊はルネを殴り付け、気絶させた。スペックスたちはカールに来てもらい、エリーズを降霊術で呼ぶよう依頼した。カールの呼び掛けに応じたエリーズの幽霊は、犯人が女であること、天使のマリア病院に隠れていることを話した。
天使のマリア病院は、かつてロレインが勤務していた場所だった。ロレイン、カール、スペックス、タッカーの4人は、既に閉鎖されている病院へ赴いた。ICUに入ったロレインは、パーカー・クレーンという老人の患者について思い出す。パーカーはジョシュを見た時、急に暴れ出した。パーカーは飛び降り自殺したのだが、その翌日にロレインはエレベーターで彼を目撃していた。パーカーが入院したのは、自分を去勢しようとしたからだった。
パーカーの幽霊は、ジョシュに憑依していた。パーカーは母親の幽霊から、「お前の死んだ魂が、命ある肉体を滅ぼしていくんだよ」と告げられる。パーカーは「やめてくれ。僕は生きたいんだ」と抵抗するが、母親は「みんなを殺せば生きられる。そうでなければ、お前が滅んでいく」と述べた。ロレインたちは記録室でパーカーのカルテを発見し、彼の生家を知った。目覚めたルネはカリの無事を確認して安堵し、ジョシュに「女に襲われたの。子供たちを連れて家を出ないと」と訴えた。するとジョシュは、「家を移っも付いて来る。彼らは命を欲しがってるが、奪う力は無い。無視していれば、いなくなる」と語った。
ジョシュとルネが話していると、ピアノ演奏の音が鳴った。2人がピアノの部屋へ行くと、誰もいなかった。演奏された曲は、ジョシュがルネのために作った曲だった。しかとジョシュは全く気付いておらず、そのことを指摘したルネに「知るわけがない」と告げた。ロレインやカールたちは廃墟となっているクレーン家に入り、中を調べた。スペックスとタッカーがパーカーの部屋に入ると、まるで女の子の部屋のような内装になっていた。そこに少女が出現し、「ここにいてはダメ。見つかったら私が殺すことになる」と警告した。
就寝していたダルトンは、「見せたい物があるの」という若い女性の声で目を覚ました。糸電話がクローゼットに繋がっており、ダルトンは「誰だ?」と問い掛ける。すると「彼が殺した者よ。私たちは大勢いるの。お願い、助けて」という声がして、大勢の幽霊が出現した。幽霊たちが迫って来たので、ダルトンは慌ててシーツを被る。異変を知ったルネが駆け付けると、幽霊は消えていた。パーカーは暗黒の領域に閉じ込めたジョシュに対し、「彼女に手出しはさせない。そこからは無理だ」と言い放った。
パーカーの母親は「死の母」を名乗り、ロレインとカールにシャンデリアを落下させた。ロレインたちは隠し部屋を発見し、中に入った。すると部屋の中には、シーツで隠された大勢の死体があった。カールはパーカーが老婆に化けて殺しを重ねていたこと、母から強要されていたこと、少年時代を取り戻そうとしてジョシュを追ったことを知った。彼はロレインにルネを連れ出してもらい、ジョシュに鎮静剤を注射して本物を呼び戻そうと考える。しかしパーカーはカールの目論みを見抜き、ナイフを持ち出して襲い掛かった…。

監督はジェームズ・ワン、キャラクター創作はリー・ワネル、原案はジェームズ・ワン&リー・ワネル、脚本はリー・ワネル、製作はジェイソン・ブラム&オーレン・ペリ、共同製作はジャネット・ヴォルトゥーノ=ブリル&リック・A・オーサコ&ジョン・R・レオネッティー、製作総指揮はスティーヴン・シュナイダー&ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ&チャールズ・レイトン&ピーター・シュレッセル&リア・ブーマン&ザヴィエル・マーチャンド、製作協力はジェシカ・ホール&クーパー・サミュエルソン&フィリップ・ドウ&ベイリー・コンウェイ、撮影はジョン・R・レオネッティー、美術はジェニファー・スペンス、編集はカーク・モッリ、衣装はクリスティン・M・バーク、音楽はジョセフ・ビシャラ。
出演はパトリック・ウィルソン、ローズ・バーン、バーバラ・ハーシー、リン・シェイ、タイ・シンプキンス、スティーヴ・コールター、リー・ワネル、アンガス・サンプソン、アンドリュー・アスター、ダニエル・ビスッティー、ハンク・ハリス、ジョスリン・ドナヒュー、リンジー・セイム、タイラー・ジェームズ・グリフィン、ギャレット・ライアン、トム・フィッツジェラルド、マイケル・ビーチ、J・ラローズ、ブルック・ピープルズ、エドウィナ・フィンドレー、ステファニー・ピアソン、ホルヘ=ルイス・パロ他。


2010年の映画『インシディアス』の続編。
監督のジェームズ・ワン、脚本のリー・ワネル、製作のオーレン・ペリといった前作のスタッフが再び顔を揃えている。
ジョシュ役のパトリック・ウィルソン、ルネ役のローズ・バーン、ロレイン役のバーバラ・ハーシー、エリーズ役のリン・シェイ、ダルトン役のタイ・シンプキンス、スペックス役のリー・ワネル、タッカー役のアンガス・サンプソン、一家の次男であるフォスター役のアンドリュー・アスターは、前作からのキャスト。
他に、カールをスティーヴ・コールター、パーカーの母をダニエル・ビスッティー、若い頃のカールをハンク・ハリス、若い頃のロレインをジョスリン・ドナヒューが演じている。

冒頭、エリーズがクローゼットを調べ、悪霊に襲われる様子が描かれる。
その時点で、「またクローゼットなのかよ」と言いたくなった。
しかも、ダルトンが幽霊の群れに襲われるシーンでも、またクローゼットが使われている。
ホント、アメリカ人ってクローゼットが好きなのね。
そりゃあ「クローゼットに潜む恐怖」という定番を使うのは悪くないけど、前作と同じだし、しかも『インシディアス』と本作品の間にジェームズ・ワンが手掛けた『死霊館』でも使っていた。
何か捻りがあるわけでもないから、「またかよ」と言いたくなっても仕方が無いでしょ。

もうエリーズがクローゼットに近付いた時点で、「その中から急に何かが飛び出したり、いきなり大きな音を出したりするんでしょ」と簡単に予測できるのだが、その通りの展開が待ち受けている。
ホラー映画なのに、予定調和になっているわけだ。
そりゃあ、あらかじめ「そろそろ来るんだろうなと」思っていても、実際にショッカー演出が訪れたらビックリするのは事実だよ。
でも、急に何かが出現したり大きな音が出たりしたら、ビックリするのは当たり前で。それは「恐怖」じゃなくて、「驚き」なのよね。

この映画を一言で表現するなら、「解決篇」ということになるだろう。
1作目では謎のままだったこと、伏線のように用意されながらも放り出されたまま終わっていたことの答えが、この映画には用意されているのだ。
私は1作目の出来栄えが良かったとは微塵も思っちゃいないのだが、この映画が作られたことによって、極端に言っちゃうと「単なる前フリに過ぎなかった」ってことになるわけで、ますます評価は下がることになる。

この映画は解決篇なので、1作目を見ていなければ「何のこっちゃサッパリ分からない」ということになる。
「続編なんだから、そんなの当然だろ」と思うかもしれないが、そうとは限らない。1作目を見ていなくても楽しめる2作目、理解できる2作目なんてのは、世の中に幾らでも存在する。
しかし、この映画は、単体では未完成品と言ってもいいぐらいのモノだ。
あくまでも1作目とニコイチで捉えるべき作品ということになる。

ジェームズ・ワンは『ソウ』シリーズにおいて、「前作で残したままの謎を、後から解き明かす」という作業をやっていた。そのせいで、どんどん話が陳腐になり、どんどんジグソウが矮小化されるという事態に陥っていた。
ホラー映画の場合、ある程度は謎のままで残した方がいいこともある。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ってことになったら、元も子も無いのだ。
しかしジェームズ・ワンは、そこから何も学ばなかったらしい。
っていうか『ソウ』シリーズはヒットしたので、それでいいと判断したんだろう。

『インシディアス』はザックリと言うならば、お化け屋敷映画であり、アトラクション映画だった。
心理的にジワジワと追い詰めるのではなく、急に大きな音を鳴らして観客を脅かそうとするタイプの映画だった。
その良し悪しや質の問題はひとまず置いておくとして、そういう映画の続編なのだから、とにかく「急にワッ」「いきなりドーン」ってのを出来るだけ多く盛り込むことが求められる。
それは必須条件と言ってもいい。

本作品は、方向性としては、前作と同じモノになっている。間違いなく、お化け屋敷映画としての作りになっている。
ただ、前述したように「解決篇」としての意味が強いため、仕掛けの分量は前作よりも少なくなっている。「質より量」のシリーズなのに、量が減っているわけだ。だからって、もちろん質が向上しているわけではない。
つまり、同じお化け屋敷の続編だからパワーアップを期待しているのに、脅かす仕掛けが少なくなっているということになる。
そんなお化け屋敷の満足度が高くなるとは、到底思えない。

前作を見ていれば、ジョシュに悪霊が憑依しているのは最初から分かっている。たぶん前作を見ていなくても、序盤の描写を見ていれば気付く人が少なくないだろう。
そこに関しては、妙に親切設計となっている。
で、そこが早い段階で明らかになっている以上、さっさと「悪霊に憑依されたジョシュが一家に襲い掛かって目的を果たそうとする」というすればいいはずだ。
ところが、ジョシュに憑依した悪霊の思惑は放置したまま、「女幽霊の恐怖」というトコで観客の御機嫌を窺おうとする。

こっちとしては、「ジョシュに憑依した悪霊が一家を狙う敵」という意識があるので、女幽霊で脅かそうとするのは寄り道や回り道にしか感じない。
途中で「その女幽霊はパーカーの母親だった」ってことが分かるので、ただの寄り道ではなかったとは言えよう。
しかし、それと関連する形で「パーカーが母親から強要されていたが、嫌がっていた」ってことが分かるので、じゃあパーカーは悪霊じゃなくて一家を守ろうとしているのかというと、そうではないのよね。
だからって、母親の指示通りに一家を殺そうとする動きがあるのかというと、それも無いまま時間が経過していくのだ。

つまり、映画が始まった時点でパーカーの悪霊はジョシュに憑依しており、母親から一家惨殺を命じられているのに、カールを殺すまでは「ただ憑依しているだけ」という状態が持続してしまうのだ。
パーカーの憑依が観客にバレていなければ、「実はジョシュが悪霊に憑依されていた」という種明かしの部分で意味が生じるだろう。
しかし前述したように、前作を見ているか否かに関わらず、早い段階で悪霊の憑依はバレバレになっているわけで。
それなのに遅々として行動を起こさないので、憑依の意味が皆無に等しくなっている。

日本人と違ってアメリカ人は(アメリカ人に限らず西洋の人は総じて、その傾向が強いのかもしれないが)、「そこに幽霊がいる」というだけでは充分に満足せず、「幽霊が人間に襲い掛かったり殺したりする」という行動を起こさないと気が済まないようだ。
お国柄もあるので、幽霊や恐怖に対する考え方が違うのは仕方が無い。
ただし問題は、「悪霊」のはずなのに、やってることがサイコキラーや殺人鬼と変わらないということだ。

パーカーの母親はルネを殴り倒し、パーカーはナイフでカールに襲い掛かったり首を絞めて殺したりする。
前作でもそうだったが、やたらと物理攻撃を仕掛けるんだよね。
パーカーに関しては、ジョシュの体を乗っ取っているから物理攻撃が出来るのは当然っちゃあ当然だが、それだと『シャイニング』のジャック・トランスと大差が無い。「一家の父親」という意味でもね。
ただし、何しろ『シャイニング』の方はジャック・ニコルソンなので、怖さでは比較にならないけど(まあ本来は比較する対象が違うけど)。

終盤に入り、暗黒領域のジョシュは死んだカールに「奴は僕の家族も殺す気だ」と言う。
しかし、その台詞があるまでに、パーカーが家族を殺そうとする気配は微塵も感じられなかった。むしろ、抹殺指令を出す母親に抵抗していたぐらいなのだ。
そのため、そんな台詞をジョシュが吐いても、不安や恐怖を喚起する力が弱い。
とは言え、そんな台詞がある以上、ようやくパーカーも家族を殺そうとするんだけど、あまりにも始動が遅すぎるわ。

パーカーがランバート家の面々を殺そうとする行動は終盤まで全く用意せず、一方で「パーカーが母親の強要に苦悩する」といった部分でドラマを描いたりするのだが、何がしたいのかと言いたくなる。
だったらパーカーの母親を恐怖の対象として絞り込めばいいのに、彼女は途中でその役目を放棄し、残り時間が少なくなってからパーカーが恐怖を与える役回りを一手に引き受けるわけで。
それなら、パーカーが終盤まで恐怖の対象として全く機能していないってのは、デメリットしか無いでしょうに。

(観賞日:2016年7月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会