『インクハート/魔法の声』:2008、アメリカ&イギリス&ドイツ
声に出して本を読むことで、登場人物に命を吹き込み、我々の世界に呼び出す能力を持つ「魔法舌」と呼ばれる面々がいた。本の修理人であるモーは、娘のメギーが産まれた頃、自身が魔法舌であることに気付いていなかった。妻のレサがメギーをあやしている時、モーは絵本を読み聞かせることにした。彼が『赤ずきん』を読み始めると、物語に登場するビロードの赤い頭巾が庭に出現した。しかしモーは全く気付かず、そのまま絵本を読み続けた。
12年後。モーはメギーを学校に通わせず、彼女を連れて車で各地を巡る旅を続けていた。彼が立ち寄るのは古書店ばかりで、新書の置いてある本屋には見向きもしなかった。モーは内緒にしていたが、メギーは目当ての本があることに気付いていた。アルプス古書店に入った時、モーは探していた『インクハート』という本を発見した。外で待っていたメギーは、ダストフィンガーという男に声を掛けられた。彼女が「知らない人と話しちゃいけないって言われてるから」と去ろうとすると、ダストフィンガーは「覚えていないだろうけど、小さい頃に一度だけ会ってる。知らない人じゃない」と告げた。
そこへモーが現れ、メギーに車へ戻っているよう指示した。しかしメギーは気になり、父とダストフィンガーの様子を内緒で見に行った。モーはダストフィンガーから「いつも逃げられていたが、アンタが見つけるのを待ってた」と言われ、「用件を言ってくれ」と冷淡に訊く。ダストフィンガーが「用件はアンタに9年前の誤りを直してもらうことだ。それに警告もある。カプリコーンに居場所を知られたぞ。本を読ませる気だ」と話すと、モーは「もう朗読はしない」と返した。
ダストフィンガーは「捕まったら、そんなことは言っていられない」と話し、カプリコーンから逃げる手伝いをする代わりに自分を戻すと約束するよう迫った。「力になれない。危険すぎる」とモーが拒むと、彼は「アンタが無理なら他の者に頼む」と言う。ダストフィンガーはモーが『インクハート』を手に入れたと知っており、自分に渡すよう要求した。モーは彼を突き飛ばし、メギーを連れて車で逃走する。メギーが事情説明を求めると、モーは「ダメだ、お前を守るためだ。それにママも」と言う。「ママと何の関係が?」とメギーが尋ねると、モーは返答せず、「お前の大叔母さんがいるイタリアへ行く」と述べた。
モーはイタリアに入り、メギーの大叔母であるエリノアの屋敷を訪れた。エリノアからレサのことを訊かれた彼は、「何の連絡も無い」と答えた。「レサが冒険に出た」と解釈しているメギーに、エリノアは「家族を捨てたのだ」と告げた。書斎に忍び込んだメギーは、ガラスケースに入っている古い本に目を奪われた。そこへエリノアが現れ、「ケースから離れて」と鋭く注意した。しかしメギーが本の価値を理解していると感じた彼女は、レサの本である『オズの魔法使い』を渡し、書斎で読むことを許した。
夜、モーの前にダストフィンガーが現れ、「俺を助けるチャンスをやったのにアンタは拒んだ。だからカブリコーンに頼んだ」と語った。カブリコーンの手下であるバスタたちが屋敷に押し掛け、書斎を荒らしてメギーとエリノアを捕まえた。一味に取り押さえられたモーは、「お前ら全員、消し去ってやるからな」と声を荒らげた。バスタは余裕の笑みを浮かべ、「怖くねえよ。お前の舌を切ってもいいんだ。娘を使う手もある」と言い放った。
バスタがメギーに近付こうとすると、ダストフィンガーが両手から炎を出して威嚇した。「誰も傷付けない約束だ」と彼が言うと、バスタは慌ててメギーから離れた。一味はモーを殴って昏倒させ、人質としてメギーとエリノアも連行した。一味は山奥の城に到着し、家畜小屋にモーたちを監禁した。家畜小屋にはユニコーンや翼の生えた猿など様々な幻獣がいて、エリノアは「どこから来た怪獣?」と動揺する。モーは「本の中からだ」と言い、メギーとエリノアに秘密を打ち明けた。
9年前、エリノアがブックフェアで外出し、モー&レサ&メギーが留守を預かった日があった。モーは書斎に入り、メギーに買ったばかりの『インクハート』を読み聞かせた。すると登場人物である悪党のカプリコーンと手下のバスタ、旅芸人のダストフィンガーが、本の中から出現した。その時はダストフィンガーに救われたが、代わりにレサが本の中に入ったのだとモーは説明した。レサが本に入った証拠は無かったが、モーは確信していた。
モーたちは家畜小屋から出され、カプリコーンの元に連行された。カプリコーンは「問題が起きている」とモーに言い、読み手のダリウスに『ラプンツェル』を朗読するよう命じた。ダリウスが本を読むとラプンツェルが出現するが、顔には文字が刻まれていた。彼女だけでなく、バスタ以外の手下や家畜小屋の幻獣たちの顔や体にも文字が刻まれていた。カプリコーンは「完全に呼び出されていない」と語り、自分のために本を読むようモーに要求した。
モーが拒否すると、カプリコーンは「エリノアを始末し、メギーを死ぬまで地下牢に閉じ込める」と脅した。仕方なくモーは『アラビアン・ナイト』を朗読し、財宝が出現したのでカプリコーンは満足する。財宝と共に登場人物のファリッドも出現し、代わりにカプリコーンの手下の1人が本の中に入った。カプリコーンは手下たちに命じて、ファリッドを家畜小屋に監禁させた。
ダストフィンガーはカプリコーンに、約束を守るよう要求した。しかし本の中に戻る気の無いカプリコーンは、『インクハート』を燃やす。取り出そうとしたダストフィンガーは、両手に火傷を負った。彼は台所へ行き、使用人のレサに手当てしてもらう。ダリウスによって本の中から呼び出されたレサは、声を失っていた。彼女は鎖に繋がれて働かされているが、逃亡を企てている。レサは紙に絵を描き、夫と娘がいることをダストフィンガーに伝えた。
ダストフィンガーは自分と入れ替わりでレサが本に入ったのだと悟り、「鎖を外してやる」と約束する。彼はイタチのグインを使って鎖の鍵を盗み、レサに渡した。モーはエリノアとメギーに、「さっきので掴めた気がする。レサを出してカプリコーンを戻す。もう1冊、本があれば」と言う。メギーは彼に、作者なら持っているはずだと告げる。そこへダストフィンガーが現れ、一緒に『インクハート』を見つけ出そうと持ち掛けた。脱出方法を考えるモーに、彼は『オズの魔法使い』を渡して14ページを読むよう指示した。
モーが『オズの魔法使』を読むと、嵐が発生した。モーたちはファリッドも連れて、家畜小屋から抜け出した。鎖を外して城から逃げようとしていたレサは建物の中に避難するが、床が壊れて落下した。彼女は外を移動するモーたちに気付いて呼び掛けるが、声が出ないので気付いてもらえなかった。モーたちは車を盗み、城から逃亡した。
モーたちは南へ向かい、『インクハート』の作者であるフェノグリオが住む町に到着した。エリノアは家に帰ると言い、モーに金を渡して町を去った。モーとメギーはダストフィンガーとファリッドを待たせて、フェノグリオの家を訪問した。フェノグリオは2人の説明を全く信じなかったが、ダストフィンガーを見て興奮した。ダストフィンガーは物語の結末を知ることを嫌がっていたが、フェノグリオは彼がグインを助けて死ぬことを平気で喋った。
フェノグリオの家に『インクハート』は無かったが、原稿が残っていた。モーはダストフィンガーから本に戻すよう要求され、「まず妻を呼び戻さないと」と言う。ダストフィンガーが城にいることを明かすと、彼は「なぜ言わなかった?」と激怒する。ダストフィンガーが「それを言ったら一緒に本を探してくれなかっただろ」と告げると、モーは「身勝手だ。どうすれば妻に会えるか言え」と詰め寄った。「俺だって家族に会いたいんだ。本に戻すと約束しろ」とダストフィンガーが声を荒らげると、モーは承諾した。
モーは同行を希望するメギーをフェノグリオに預かってもらい、ダストフィンガーと車に乗って城に向かう。メギーが『オズの魔法使い』を朗読すると、犬のトトが出現した。フェノグリオはバスタに脅され、簡単に家へ入れた。バスタはメギーが魔法舌だと知り、城へ連行することにした。モーとダストフィンガーは車に隠れていたファリッドを見つけ、城へ連れて行く。同じ頃、家に向かっていたエリノアは考え直し、フェノグリオの元へ向かうことにした。
モーはダストフィンガーとファリッドを待たせてレサを探しに行くが、部屋に彼女の姿は無かった。ファリッドが不注意で音を出したため、一味は2人を発見した。ダストフィンガーはファリッドを逃がして連行され、レサが捕まっていることを知った。カプリコーンはメギーに本を読ませ、その能力を確認した。彼は一味が連れて来たフェノグリオが『インクハート』の作者だと知り、激しい怒りを向けた。彼は取っておいた『インクハート』を取り出し、恐ろしい存在である「シャドウ」を呼び出すようメギーに命じた…。監督はイアン・ソフトリー、原作はコルネーリア・フンケ、脚本はデヴィッド・リンゼイ=アベアー、製作はイアン・ソフトリー&ダイアナ・ポコーニイ&コルネーリア・フンケ、製作総指揮はトビー・エメリッヒ&マーク・オーデスキー&アイリーン・メイゼル&アンディー・リクト、撮影はロジャー・プラット、美術はジョン・ベアード、編集はマーティン・ウォルシュ、衣装はヴェリティー・ホークス、視覚効果監修はアンガス・ビッカートン、音楽はハヴィエル・ナバレテ。
出演はブレンダン・フレイザー、ポール・ベタニー、ヘレン・ミレン、ジム・ブロードベント、アンディー・サーキス、シエンナ・ギロリー、イライザ・ホープ・ベネット、ラフィ・ガヴロン、レスリー・シャープ、ジェイミー・フォアマン、マット・キング、スティーヴン・グレアム、ジョン・トムソン、ジェニファー・コネリー、テレーザ・スルボーヴァ、ミラベル・オキーフ、リチャード・ストレンジ他。
コルネーリア・フンケの小説『魔法の声』を基にした作品。
監督は『光の旅人 K-PAX』『スケルトン・キー』のイアン・ソフトリー。
脚本は『ロボッツ』のデヴィッド・リンゼイ=アベアー。
モーをブレンダン・フレイザー、ダストフィンガーをポール・ベタニー、エリノアをヘレン・ミレン、フェノグリオをジム・ブロードベント、カプリコーンをアンディー・サーキス、レサをシエンナ・ギロリー、メギーをイライザ・ホープ・ベネット、ファリッドをラフィ・ガヴロンが演じている。この映画の致命的な欠陥は、「モーがダストフィンガーの頼みを素直に聞いていれば問題は起きなかったんじゃないか」ってことだ。
変に意地を張ったせいで、自分だけでなくメギーまで巻き込んでいる。
でもモーは事情を全て知った上で行動しているので、ダストフィンガーの忠告を無視して彼の頼みを無視していたら、そんな事態に陥ることは簡単に予想できたはずなのだ。
彼はダストフィンガーの頼みを拒否して逃げていることを「メギーを守るため」と説明しているが、実際は彼の行動のせいでメギーを危険な目に遭わせている。冒頭で「庭にビロードの赤い頭巾が出現した蛾、モーが気付かずに絵本を読み続ける」というシーンがあるので、その段階で「本の中からカプリコーンたちが出現し、レサが吸い込まれる」という出来事が起きたのかと思った。
でも実際には、9年前の出来事だ。
だったら、冒頭シーンは9年前の出来事にしておくべきだろ。なんで12年前からのスタートなんだよ。
あと、12年前の時点で既に魔法舌の能力は発揮されているのに、そこから3年後までモーが自分の力に全く気付かないってのは不自然だろ。9年前に『インクハート』からカプリコーンが出現した時、メギーを殺そうとしている。
その時はダストフィンガーのおかげで助かったという形になっているが、その程度でカプリコーンが逃亡する理由がサッパリ分からない。
それから現在まで、モーが居場所を知られずに済んでいるのも都合が良すぎる。
あと、どうやってカブリコーンは、魔法舌の存在を認識したのか。そして、どうやってモー以外の魔法舌を見つけ出したのか。カプリコーンは「ダリウスでは完全に呼び出せないから」という理由で、モーに朗読を要求している。
だけど人間にしろ動物にしろ、顔に文字が残るものの、形状としては完全に呼び出せているんだよね。だったら、財宝に関しては別にダリウスでも大丈夫なんじゃないか。
例えば金塊なんかは、表面に文字が刻まれていても、そこまで極端に価値が下がるわけでもないでしょ。
「どうしてもモーじゃないと」という状況を作るには、ダリウスが邪魔な存在、もしくは中途半端な存在になってないか。レサが台所にいるのは、かなり不可解だ。
彼女が本の中から呼び出されているってことは、カプリコーンがダリウスに『インクハート』を読ませたってことでしょ。でもカプリコーンは『インクハート』に戻るつもりなんて全く無いんだから、読ませる必要なんて無いはずだ。
あと、レサが呼び出されたってことは、彼女は物語の登場人物になっていたってことなのか。単に本の中に吸い込まれるだけでなく、物語の一部になるのか。
だとしたら物語の内容や展開にも影響が及ぶはずだが、その辺りはどうなっているのか。開始から50分辺りで、モーは「さっきので掴めた気がする。レサを出してカプリコーンを戻す」と言い出す。
もっと早くに分かっていれば、ダストフィンガーの要求を叶えてやれたし、カプリコーンに捕まらずに済んだかもしれないわけで、「今さらかよ」と言いたくなる。
もちろん、「朗読すれば誰かが本の中に取り込まれる」というリスクがあるのは分かるが、レサを戻すために『インクハート』を探していたんだよね。で、レサを戻す際には必ず誰かが代わりに本の中へ吸い込まれるわけで。
それが必ずしもカプリコーンやダストフィンガーとは限らないんでしょ。だったら、どうやったところでリスクはあるわけで。
っていうか、「誰が吸いこまれるのか」という辺りのルールも、かなり適当なんだよな。エダストフィンガーは城から脱出する方法として、『オズの魔法使い』を朗読して嵐を起こすようモーに指示する。だけど嵐が起きたら、城にいる全員が巻き込まれるわけで。
「手下たちが家畜を中に入れている間に逃亡する」という作戦なのかとも思ったが、手下たちは家畜の元に行かないし。嵐に巻き込まれたらモーたちも危険なんだから、それを脱出のために使うってのは、ちょっと良く分からない。
『オズの魔法使い』を使うという段取りが先にあって、「脱出に役立つ方法」というのは無視されているように感じる。
しかも『オズの魔法使い』はレサが読んでいた本という設定だけど、その要素を上手く絡ませているわけでもないし。メギーがフェノグリオの家で急に『オズの魔法使い』を朗読するのは、「なぜ?」と言いたくなる。
それを声に出して読みたくなるような出来事なんて、何も無かったでしょうに。エリノアの家では黙読していたので、メギーは声に出して本を読むタイプってわけでもないし。
しかもメギーはトトが出現しても、そんなに驚いた様子も無いのよね。
まるで自分に魔法舌の能力があると分かっていたかのような様子だけど、そう思わせるようなシーンも無かったし。メギーが朗読してトトが出現した直後、フェノグリオがバスタを連れて部屋に来る。トトを見たフェノグリオは、メギーが魔法舌なのだとバスタに教える。
その辺りの展開は、陳腐な御都合主義の連続になっている。
っていうかさ、モーが魔法舌なんだから、娘のメギーにも同じ能力がある可能性は、普通に推測できそうなモンでしょ。
だから、モーが気にしたり、カプリコーンが試そうとしたりするような手順が何も無いのは、ちょっと考えてみると不自然ではあるんだよね。フェノグリオはダストフィンガーが結末を知りたがっていないとモーから聞いたのに、死ぬことを平気で喋る。バスタに脅されると簡単にメギーの部屋へ案内し、罪悪感は全く見せない。
メギーが魔法舌であることも、バスタにベラベラと喋る。城に連行されると、楽しそうな様子を見せる。
こいつの無神経で無責任な言動は、たぶんユーモラスなキャラクターとして描いているんだろうけど、何から何まで不愉快なだけだ。何も責任を取らないまま、メギーに頼んで本の中に逃避しちゃうし。
ちょっとメギーに助言したり、新たな結末を書いた原稿を渡したりするだけでは、まるでリカバリーできていないぞ。フェノグリオは自宅でモーとダストフィンガーに『インクハート』について話す時、「極め付けは、あの影だ」と口にする。すると影の出現に人々が怯えるという、物語の内容が少しだけ描かれる。
だけど、影の出現によって具体的に何が起こるのか、それは全く分からない。そのため、カプリコーンが影を呼び出して何をしようと企んでいるのか、それも見えて来ない。影を呼び出すことがいかに恐ろしいのかも、ボンヤリしたままだ。
影は凶暴な巨人となって暴れるんだけど、そういう存在であることを前半で説明しておけばいいでしょ。
それを隠したまま引っ張るメリットは何も無いので、単に説明のタイミングを逸しているだけだ。(観賞日:2022年11月15日)