『インフェルノ』:2016、アメリカ

大富豪で生化学者のバートランド・ゾブリストは、人口が増加の一歩を辿っていることについて「環境破壊は止まらない。人類は絶滅に瀕するまで学ばないのか。物事を変えるのは痛みだ」と大勢の支持者に訴えた。彼は「人類は自らの体内に発生したガンだ」と捉え、人類の死滅を防ぐために半数が死ぬスイッチを押すべきだと考えていた。ゾブリストはイタリアで3人の男に追われ、教会に登った。男たちが来て、リーダー格のブシャールが「あれはどこにある?」と尋ねた。ゾブリストは返答せず、教会から身を投げて死亡した。
ロバート・ラングドン教授が目を覚ますとフィレンツェの病室で、医師のシエナ・ブルックスが現れた。彼は頭部に怪我を負って治療を受けていたが、自分に何が起きたのか全く覚えていなかった。シエナは逆行性健忘であること、数日で記憶が戻ることを話す。ラングドンは3時間前に救急搬送され、財布も携帯電話もIDも所持していなかった。シエナは9歳の頃にロンドンの大学で講演を聞き、ラングドンと話したことがあったので素性が分かったのだと説明した。彼女はラングドンに、頭部の傷は弾丸が頭をかすめて転倒した時に出来た物だと教えた。
軍警察に化けた女殺し屋のヴァエンサが病院に駆け付け、医師のマルコーニを射殺する。シエナは急いで病室のドアを封鎖し、ラングドンを連れて非常階段から逃亡した。ヴァエンサが追って来るが、シエナはラングドンと共にタクシーへ乗り込んだ。ラングドンは恐ろしい幻覚に襲われながら、シエナのアパートへ赴いた。記憶を辿ろうとしたラングドンは、大事な腕時計が無くなっていることに気付いた。彼はシエナに、アメリカ領事館へ連絡するよう頼んだ。
シエナが別の部屋へ行っている間にパソコンを拝借したラングドンは、イニャツィオ・ブゾーニという男から「無事か?私も追われてる。我々が盗んだ物は隠した。天国の25」というメールが自分に届いているのを知った。ラングドンはシエナが貸してくれた服に着替える時、右肩に赤い斑点を見つけた。自分の上着を探った彼は、危険物の運搬に使うバイオチューブがポケットに入っているのを発見した。シエナによれば、それは政府支給品で指紋認証機能が付いているらしい。
ラングドンは全く記憶に無かったが、彼の指紋で容器は開いた。そこには人間の骨で作られた円筒印章が入っており、黒死病を表す中世の絵柄が描かれていた。それがファラデー・ポインターだと気付いたラングドンが発する光を壁に当てると、ダンテの『地獄篇』をモチーフにしたボッティチェリの『地獄の見取り図』が現れた。ラングドンが目覚めてから何度も見ている幻覚は、まさに『地獄篇』の光景だった。シエナがアメリカ領事館に連絡を取ると、職員はラングドンに「例のチューブは?」と問い掛けた。「持ってる」と答えたラングドンが場所を問われると、シエナは近くのホテルを教えるよう指示した。
WHOパリ支局のブシャールはラングドンの居場所を突き止めると、部下に「ポインターを取り戻して奴の身柄を確保しろ」と命じた。ラングドンとシエナは、ポインターの絵に加筆されたアルファベットを発見した。ゾブリストの署名を見つけたラングドンはネット検索し、彼について調べ。ゾブリストは2年前から姿を消し、伝染病ウイルスを生成しているという噂があった。シエナは彼が3日前に自殺したことを教え、その絵は遺書かもしれないとラングドンに告げた。
ラングドンは絵に隠されたアナグラムに気付くが、ヴァエンサがバイクでアパートに現れる。ブシャールたちが到着したため、ヴァエンサはラングドンの元へ行くのを断念した。武装したブシャールたちが部屋へ乗り込むが、直前にラングドンとシエナは逃げ出していた。アナグラムを解いていたラングドンは、シエナの言葉にヒントを得てヴェッキオ宮殿へ向かう。WHO事務局長のエリザベス・シンスキーはアパートへ到着し、ラングドンに逃げられた部下たちを叱責した。
ヴァエンサはアドリア海に浮かぶCRC(危機総括大機構)の船へ連絡を入れ、総監に繋ぐよう要請した。対応した職員のアルボガストは、1時間でポインターを入手するよう命じた。総監のハリー・シムズはアルボガストから状況を報告され、「厄介な依頼人のせいだ」とゾブリストへの恨みを吐露した。「24時間後まで開封しない」という契約には反する行為だが、彼はゾブリストから届いた映像を直ちに見ることを決めた。
ラングドンとシエナは警察の検問を逃れ、ヴェッキオ宮殿に入った。アルボガストはヴァエンサに連絡を入れ、「ラングドンは邪魔になった。総監の命令だ、彼を消せ」と告げた。宮殿でヴァザーリのフレスコ画『マルチャーノの戦い』を見たラングドンは、ゾブリストが残した言葉の意味について考える。記憶の断片がフラッシュバックし、彼は何者かが右肩に注射したことを思い出す。宮殿管理人のマルタ・アルヴァレスに「今日もいらしたの」と声を掛けられたラングドンは、適当に話を合わせた。
ラングドンはマルタとの会話で、自分がダンテ研究の第一人者であるイニャツィオと宮殿に来てデスマスクを見たことを知った。しかしダンテのデスマスクは消えており、マルタは監視カメラの映像を確認する。マルタはラングドンに、デスマスクの所有者がゾブリストだと話す。ラングドンがイニャツィオと共にデスマスクを盗む映像が残っていたが、彼は全く覚えていなかった。軍警察と政府関係者が宮殿へ来たため、ラングドンとシエナは秘密の通路を使って逃亡を図った。
イニャツィオからのメールを思い出したラングドンはネットで『天国篇』の25章を検索し、彼の仕事場にデスマスクがあると推理した。ヴァエンサが2人を追って来るが、シエナが足を払って転落死に追い込んだ。ブシャールは宮殿を出たラングドンたちに気付き、本部からの通信を無視して後を追った。ハリーはゾブリストのビデオメッセージを再生し、彼が死のウイルスを開発したことを知った。ゾブリストは「既に世界中へ拡散されている。6日以内に体内で増殖し、人類は半数に淘汰される」と説明していたが、予定より早く開封したため時間の猶予が残されていた。
ウイルスの所在はポインターに隠されており、ハリーは自ら現地へ出向くことにした。ラングドンとシエナはサン・ジョヴァンニ洗礼堂に入り、水盤に隠されていたダンテのデスマスクを発見する。その裏に掘られている文字をラングドンが読むと、シエナは「ウイルスは水中にあるんだわ」と口にした。そこへブシャールが現れ、自分が2日前にポインターを渡したのだとラングドンに告げる。記憶の断片にブシャールが見えたため、ラングドンは彼の説明を受け入れた。
ラングドンが注射されたことを話すと、ブシャールは「エリザベスだ。ウイルスを外国政府に売ろうとしている」と言う。エリザベスは旧友だったため、ラングドンは困惑した。「ウイルスの所在に心当たりは?」と問われたラングドンは、「ヴェネツィアだ」と答えた。ブシャールは追跡を逃れるためジュネーブ行きの航空便を手配し、3人はヴェネツィア行きの列車へ乗り込んだ。ラングドンはエリザベスが大学へ仕事の依頼に来たことを思い出し、ウイルスを外国政府に売ろうとしているのはブシャールだと確信する。彼はシエナと共にブシャールをトイレへ閉じ込め、列車から降りてヴェネツィア宮殿へ向かった…。

監督はロン・ハワード、原作はダン・ブラウン、脚本はデヴィッド・コープ、製作はブライアン・グレイザー&ロン・ハワード、製作総指揮はデヴィッド・ハウスホルター&ダン・ブラウン&ウィリアム・M・コナー&アンナ・カルプ&ベン・ウェイスブレン、撮影はサルヴァトーレ・トチノ、美術はピーター・ウェナム、編集はダン・ハンリー&トム・エルキンズ、衣装はジュリアン・デイ、視覚効果監修はジョディー・ジョンソン、音楽はハンス・ジマー。
主演はトム・ハンクス、共演はフェリシティー・ジョーンズ、イルファン・カーン、オマール・シー、ベン・フォスター、シセ・バベット・クヌッセン、アナ・ウラル、ジョン・ドナヒュー、アイダ・ダーヴィッシュ、ポール・リッター、パオロ・アントニオ・シミョーニ、アレッサンドロ・グリマルディー、ファウスト・マリア・スキアラッパ、ロビン・ムニャイーニ、ヴィンチェンツォ・タナッシ、アレッサンドロ・ファブリッツィー、シモーヌ・マリアーニ、ガボール・ウルマイ、ジョン・ドナヒュー、フォルチュナート・チェルリーノ、アッティラ・アルパ他。


ダン・ブラウンの小説を基にしたシリーズ第3作。
監督はシリーズを通してロン・ハワードが担当。脚本は第2作に続いてデヴィッド・コープが手掛けている。
原作は『天使と悪魔』『ダ・ヴィンチ・コード』『ロスト・シンボル』『インフェルノ』という順番で発表されているが、映画は『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』『インフェルノ』の順番で製作された。
出演者はラングドン役のトム・ハンクスだけがレギュラーで、後は総入れ替え。シエナをフェリシティー・ジョーンズ、ハリーをイルファン・カーン、クリストフをオマール・シー、バートランドをベン・フォスター、エリザベスをシセ・バベット・クヌッセンが演じている。

ヴァエンサは軍警察の格好で病院に現れるが、すぐにマルコーニを射殺して正体を現す。
だったら、警官を装う意味なんて全く無いでしょ。「病院へ入る時に警官だったら警戒されないから」ってことかもしれないけど、普通の格好でも病人の見舞いか何かだと言えば普通に入れてもらえるでしょ。
しかも全く警戒されていないのに、廊下の向こうから医師を見つけると射殺するので、ラングドンに逃げられているし。
病室に入ってから発砲しても充分に間に合うだろ。
のっけから、すんげえボンクラに見えちゃうんだよな。

『ダ・ヴィンチ・コード』にしろ『天使と悪魔』にしろ、そんなに出来栄えが良かったとは思わない。ただ、少なくともバチカンや宗教が絡む事件をラングドンは扱っていた。
ところが今回の事件は、バチカンなんて全く関係が無い。ダンテの『神曲』という要素で宗教と関連付けているが、距離は遠い。
なので、謎を解いて事件を解決する上で、「ラングドンが宗教象徴学の専門家である」というキャラクター設定が全くの無意味になっている。
ハッキリ言って、今回の事件だったらラングドンより他に適任の人物がいるだろう。
適材適所を完全に無視した話になっている。

1作目でも2作目でも、決してミステリーとしての醍醐味が充分に発揮されているとは言えなかった。ラングドンが次々に宗教や絵画に関するウンチクを披露するものの、こっちは何の手掛かりも無い状態なので、「ただ専門的な知識についての説明を聞かされているだけ」という状況に陥っていた。真相に辿り着いても、「謎が解けた」という気持ち良さなど皆無だった。
この3作目でも、ミステリーの面白さが味わえないのは相変わらずだ。
それは前半から顕著に表れていて、ラングドンがポインターの絵に隠された暗号を解読するシーンでも、彼が得た手掛かりはボンヤリとした状態でしか提示されない。そして、その手掛かりが得られた直後には、もう謎を解き明かしている。
こちらが謎を楽しむための情報や時間など、まるで与えてくれない。だからと言って、シャーロック・ホームズの如き「超推理」のような面白味があるのかというと、それも乏しい。

今回のラングドンは目覚めた時点で最近の記憶が消えており、謎のポインターを巡ってWHOとCRCという2つの組織に追われている。
さらに地元警察まで加わり、まさに敵だらけという状態での行動を余儀なくされる。
つまり、「追い詰められて逃亡しながら、反撃の機会を狙う」という類のサスペンス・アクションになっているわけだ。
その基本的な設定からして、もはやミステリーを楽しませようという意識が乏しいと感じる。
じっくりと謎解きを進めるのではなく、明らかにサスペンス・アクションの方向へ傾いている。逃亡の最中に、急いで謎を解く手順が「繋ぎ」のような意味合いで挟まれているという感じの構成だ。

前半からラングドンが「自分も感染しているのでは」などとウイルス感染についての不安を口にするが、そういう面での恐怖や緊迫感は全く高まらない。
その大きな理由は2つあって、1つ目は「ゾブリストがウイルスを生成した」と確信できる証拠が何も提示されていないことだ。
もう1つの問題は、「その伝染病ウイルスは具体的に何を引き起こすのか」ってのが分からないことだ。
そりゃあ、風邪ぐらいの症状で済むなんてことは無いだろうけど、具体的な脅威が見えないのはマイナスだ。宮殿でシエナは「感染していたら私たちに接触した人は全員が死ぬ」と言っているけど、そんなウイルスってことは全く分かっていないはずで。

後半に入ると、「ゾブリストのウイルスの正体やタイムリミット」が判明する。続いて、「エリザベスがラングドンに仕事を依頼したが、彼が逃亡したため、ウイルスを拡散するつもりではないかと疑って後を追う」という事実も明らかになる。
そのように今まで隠されていた情報が幾つか提示された時、「それって早い内から観客に教えておいた方が良くないか」と思ってしまう。
ウイルスの正体が分かっていた方が、緊迫感を高めることには大いに貢献するだろう。
エリザベスがラングドンを追う理由が判明していた方が、無駄に話が分かりにくくなることは回避できただろう。

ブシャールはラングドンに会うと、「2日前に自分がウイルスを渡した。注射したのはエリザベスで、ウイルスを外国政府に売ろうとしている」と話す。
ところが困ったことに、こいつが嘘をついていることはバレバレなのだ。
冒頭でゾブリストを追い詰めていたのだから、「ウイルス拡散を防ごうとしている」と捉えるのが普通だと思うだろう。実際、そういうことでミスリードを狙っているのだ。
でも実際は、そんな仕掛けが全く機能しておらず、「ブシャールは悪党だろうな」という印象になっちゃってんのよね。
だから、むしろ「悪党だと思わせて実は違う」という仕掛けにした方が成功したと思うよ。

ハリーはラングドンと対面すると、「誘拐して新しいシナリオを植え付けた」と言う。
CRCが注射で記憶喪失を偽装し、弾丸がかすめたような傷を作った。ヴァエンサが病院で撃ったのは空砲で、マルコーニもタクシー運転手も仲間だったと彼は説明する。
そんなことをした理由は、「我々の味方にするため」らしいが、ちょっと何言ってんのか良く分からない。
「命を狙われていると見せ掛ければ協力する」という目論みらしいんだけど、不可解な手間にしか思えない。

完全ネタバレになるが、シエナはゾブリストの恋人であり、最初のウイルス拡散計画が失敗した時の保険として行動している。
その事実が判明した時、そこまでの展開に不可解な点が浮上する。
CRCはゾブリストの要請を受け、彼に協力している。つまりヴァエンサを派遣したのも、ゾブリストの意向に沿ったものだ。
ところがヴァエンサがラングドンからポインターを奪おうとした時、シエナが邪魔をしている。
それは変でしょ。どっちもゾブリストの意向に従って動いているはずなのに。
しかもシエナはゾブリストが死んだ後、ハリーたちを訪ねているんでしょ。なんかデタラメに動いているようにしか思えんぞ。

冒頭、ゾブリストが逃亡する中で、「僕が連中に追われたら君に道を残そう。困難な道だ。その終点はインフェルノ。君は緊急の場合の代役で、人類を救う最後の望みだ。君に託す地獄を世界に解き放て。尋ねて、見出せ」というモノローグが入る。
その時点では意味不明な独白だが、それはゾブリストがシエナに残したメッセージだ。
つまり彼は自分が殺されることを予期し、シエナに後を託しているのだ。
ここで1つの大きな疑問が生じる。
ゾブリストがシエナを信頼して後を任せたのなら、なぜ暗号文の形でヒントを残したのか。普通に「こういう方法を取ればいいんだよ」と教えておけば済むことでしょ。

しかもシエナ自身じゃ解けないような難解な暗号で残すって、どういう意味があるのかと。
ラングドンに協力してもらわなきゃ謎を解明してウイルスの場所を突き止められないって、どういうことだよ。
「完全に信用し、後を任せた唯一の人物」に対する行動として、あまりにも不可解だ。
「他の誰かに見られたらマズいから」という言い訳も成立しない。ゾブリストが生きている間に、シエナと2人きりの状態になった時に教えておけば済むことなんだし。

どうやら原作からは大幅に改変されており、ウイルス拡散計画の結末やシエナの役回りは全く異なるようだ。
ラングドンを「人類を危機から救う純然たるヒーロー」にしたかったのかもしれないが、その改変は多くの読者から快く思われていない様子だ。
しかも、そんな改変を持ち込むのなら、せめて最後は「ラングドンがシエナの計画を阻止し、ウイルス拡散の危機から人類を救う」という結末を用意すべきだろう。ところが実際には、「シエナが爆弾を起動させるが、ウイルスはガラスケースに入っていたので外に漏れなかった」という展開が描かれるのだ。
クライマックスにおけるラングドンって、ほとんど何もしていないのよね。他の面々が頑張っているだけなのよ。
そりゃあラングドンは肉体労働が得意なキャラじゃないけど、クライマックスで無用の長物ってのはマズいでしょ。

(観賞日:2018年3月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会