『イースターラビットのキャンディ工場』:2011、アメリカ
イースターラビットになるためには条件があり、誰でもいいというわけではなかった。堂々としていて上品であること、そして何よりも、ウサギであることが今までは求められた。しかし現在のイースターラビットは、人間のフレッド・オヘアが務めている。その経緯を、これから説明しよう。イースター島に住むウサギのイービーは、父が経営するお菓子工場へ連れて行ってもらう。工場では大量のキャンディーやイースターエッグが製造され、世界中の子供たちに届けられる。
「いずれ、ここはお前の物になる」と父に言われ、イービーは目を輝かせた。父の目を盗んでキャンディーを食べようとしていたイービーは、現場監督を務めるヒヨコのカルロスに見つかって怒られた。父は「イービーは味見をしていただけだ」と言い、カルロスに味付けの変更を指示した。カルロスは従順に従うが、イービーへの敵対心を抱いた。少年時代のフレッドは、夜中にウサギたちが空飛ぶ乗り物でイースターエッグを運んでいる様子を目撃した。しかし彼がカメラを持って庭へ出ると、ウサギたちは姿を消していた。
20年後。オヘア家の面々が夕食を取る時は、父のヘンリーが子供たちに「今日はどうだった?」と質問するのが日課となっている。次女のアレックスは「イースターのお芝居の練習があった。イースターラビット役って普通は男の子だけど、今年は私になった」と自慢し、長女のサムは「会社で大きな仕事を任された」と述べた。ヘンリーは「娘2人は頑張ってる」と嫌味っぽく言ってから、フレッドに「会社の面接は?」と問い掛けた。
フレッドは「あの会社じゃ、遣り甲斐を見つけられるか分からない」と語り、「そんなんで給料が貰えるのか。それならいいじゃないか」と言われると「それって夢が無いよ」と悪びれずに告げる。家族は呆れた様子を見せ、母のボニーは自立するよう促す。ヘンリーが家を出て仕事をするよう求める、フレッドは「家を出たし仕事もした。クビになったのは僕のせいじゃない」と主張する。ヘンリーは「それは1年も前だ。真剣に働こうとすべきだ」と言い、就職先に文句ばかり付けているフレッドの態度を咎めた。両親から何でもいいから働くよう要求されたフレッドは、ウンザリしたようにため息をついた。
イービーは自室で大音量の音楽を流し、それに合わせてドラムを叩いていた。そこへ父が来たので、彼は「今の、どうだった?」と尋ねる。父は困惑しながら「良かったよ」と言い、「それよりスピーチの練習をするはずだろ。お前はイースターラビットになるんだから」と告げる。するとイービーは父に、イースターラビットではなくバンドのドラマーになりたいのだと明かす。「4千年の伝統を終わらせるわけにはいかない。現実を受け入れるんだ」と父は諭すが、イービーは深夜に島から脱走してハリウッドに到着した。
フレッドが家出することを知ったサムは「手を貸しちゃいけないことになってるんだけど」と前置きし、友人の会社の面接を受けるよう勧める。フレッドは「明日は忙しい」と嫌がるが、サムは「テレビゲームの会社なの」と告げると連絡先のメモを受け取った。フレッドが「イースターまで2週間ある。仕事を始めて新生活だ」と言って去ろうとすると、サムは「ウチの社長が旅行に出てて、留守番と犬の世話を頼まれたの」と鍵を渡して自分の代わりを務めるよう持ち掛けた。彼女は「大豪邸だから、何も触らないで。2階は立ち入り禁止」と釘を刺し、ビバリーヒルズの住所を教えた。
イービーは宿泊場所が見つからずに当ても無く歩き続け、フレッドの運転する車にひかれてしまった。イービーが「保険会社に連絡しない代わりに、君の家に置いてくれないかな」と持ち掛けると、フレッドはウサギが喋ったことに驚いて逃げ出した。彼がサムに教わっていた豪邸へ慌てて駆け込むと、イービーは勝手に侵入した。イービーが同情を誘う芝居を打ったため、フレッドは仕方なく彼をガレージで宿泊させることにした。
イービーの家出を知った父に、カルロスは「他の誰かにイースターラビットを任せては?」と自分を売り込もうとする。しかしイービーの父は彼のアピールに全く気付かず、息子を見つけるために特殊部隊「ピンク・ベレー」の3匹を派遣した。翌朝、フレッドが目を覚ますと、イービーは立ち入り禁止と言っておいた2階へ勝手に侵入していた。おまけに彼は部屋を荒らし、ジャグジーを泡まみれにしていた。激怒したフレッドはイービーを箱に閉じ込めて車で郊外へ運び、荒野に捨てた。
面接の時間が迫ったため、フレッドは謝罪するイービーを無視して車で去ろうとする。するとイービーは「僕は特別なんだ」と言い、自分がイースターラビットだと打ち明けた。フレッドは幼少時代の出来事を思い出し、イービーを車に乗せた。「なぜ君はここにいるんだ?」と問われたイービーは、「「イースター前の最終チェックだ」と嘘をついた。遅刻して会社に着いたフレッドは、イービーに車で待つよう指示して受付に赴いた。
イービーはピンク・ベレーに気付き、慌ててフレッドに助けを求める。しかしフレッドは「こっちが助けてほしいよ。早く出て行け」と焦り、面接官のベックが来たのでイービーを近くのゴミ箱に押し込んだ。面接を受けたフレッドは、前の仕事が1年も続かなかった理由について「両親の世話で大変だった」「小説を書いていた」などと嘘を並べ立てた。最初はメール係から始めることになると説明され、彼は露骨に落胆の色を見せた。
勝手に社内へ入り込んだイービーは、音楽用スタジオで盲目のバンドが練習している様子を目撃した。「ドラマーのリッキーがいない」と彼らが話すのを聞いたイービーは、リッキーを装って演奏に参加した。ベックに社内を案内してもらったフレッドはイービーに気付き、「出て行け」と身振り手振りで伝えようとするが無視された。バンドのメンバーはドラマーがリッキーとは違うと気付くが、友人のホフ(デヴィッド・ハッセルホフ)がオーディションを開くので参加するよう勧めた。
フレッドは不採用になるが、イービーは「君には才能がある。何か凄いことをやる男だよ」と告げた。彼は翌日のオーディション会場まで送ってほしいと頼み、そうすれば二度と姿を見せないと約束した。豪邸に戻ったフレッドはサムが来ているのを知り、イービーに「時間を稼ぐから2階を掃除しろ」と指示した。イービーはあっという間に部屋を片付け、サムが2階へ行った時にはヌイグルミに成り済ましていた。サムはイービーが本物のウサギだと気付かず、豪邸を去った。
次の日、フレッドはイービーをリュックに入れてオーディション会場へ赴く。様々なジャンルのパフォーマーが芸を披露する中、イービーは緊張しながらドラムを演奏した。ホフはイービーを気に入り、土曜日の生放送に出るよう告げた。会場を出たイービーはピンク・ベレーに気付いて身を隠し、フレッドに「見つかったらイースター島に連れ戻されて、二度とドラムを叩けなくなる」と話す。彼はフレッドの車に乗り込み、家出したことを明かした。
イービーから助けを求められたフレッドは、「無理だよ。今夜は妹の芝居を見に行く」と言う。しかしイービーが同情を誘う態度を取ると、フレッドは彼を鞄に隠してアレックスの芝居を見に行く。イービーはウサギのキグルミを付けた子供たちの影を見てピンク・ベレーだと誤解し、鞄から飛び出してしまった。イービーが人間の言葉を喋ったので、会場に来ていた面々は驚いた。そこでイービーは腹話術だと誤魔化し、フレッドも彼に合わせた。フレッドは早々に終わろうとするが、イービーが調子に乗って歌い始めたので仕方なく芝居を続けた。フレッドはアレックスの怒りを買い、ヘンリーは呆れた様子を見せた。
ヘンリーに「腹話術が新しい仕事か」と嫌味っぽく言われたフレッドは、「他にやりたいことは色々ある」と告げる。「そんなガッカリした顔をされたら何も言えない」と彼が不満を口にすると、父は「お前にガッカリしなくてもいい理由を1つでも言ってくれ」と求める。イースターラビットの絵やキグルミを見たフレッドは、「思い出した。僕には素晴らしい導きがあった。今は言えないけど、素晴らしいことだ」と興奮した。彼はイービーの元へ行き、「今夜、閃いた。君が嫌なら、僕がイースターラビットになりたい」と話す。イービーは呆れて「どうせ嫌になる」と言うが、フレッドは「僕は本気だ」と口にする。同じ頃、カルロスはヒヨコの仲間を集め、ウサギへの反乱を計画していた…。監督はティム・ヒル、原案はシンコ・ポール&ケン・ダウリオ、脚本はシンコ・ポール&ケン・ダウリオ&ブライアン・リンチ、製作はクリス・メレダンドリ&ミシェル・インペラート・スタービル、製作総指揮はジョン・コーエン、製作協力はウェンディー・A・ギアリー、美術はリチャード・ホランド、編集はピーター・S・エリオット&グレゴリー・パーラー、衣装はアレクサンドラ・ウェルカー、アニメーション監修はクリス・A・ベイリー、音楽はクリストファー・レナーツ、音楽監修はジュリアンヌ・ジョーダン。
出演はジェームズ・マースデン、ケイリー・クオコ、ゲイリー・コール、エリザベス・パーキンス、ティファニー・エスペンセン、デヴィッド・ハッセルホフ、チェルシー・ハンドラー、ダスティン・イバラ、シャーリーズ・バーク、ヴェロニカ・アリシーノ、ジミー・リー・カーター、ビリー・バウアーズ、ベンジャミン・ムーアJr.、エリック・ドワイト・マッキニー、ジョーイ・アンソニー・ウィリアムズ、トレイシー・ローマン・ピアース、ウィル・クリーヴランド・スミス他。
声の出演はラッセル・ブランド、ハンク・アザリア、ヒュー・ローリー、ジャンゴ・マーシュ、ヒュー・ヘフナー他。
『ガーフィールド2』『アルビン/歌うシマリス3兄弟』のティム・ヒルが監督を務めた作品。
脚本は『ふしぎな世界のダレダーレ』『怪盗グルーの月泥棒』のシンコ・ポール&ケン・ダウリオと、長編2作目のブライアン・リンチ。
フレッドをジェームズ・マースデン、サムをケイリー・クオコ、ヘンリーをゲイリー・コール、ボニーをエリザベス・パーキンスが演じている。
イービーの声をラッセル・ブランド、カルロス&フィルをハンク・アザリア、イービーの父をヒュー・ローリーが担当している。フレッドはイービーと遭遇した時、人間の言葉を喋るので激しく動揺する。ところがダイナーのウェイトレスは、イービーが喋っても平然としている。盲目バンドも、イービーがウサギだと気付いても動じない。ホフもイービーが喋ることを平然と受け入れる。でもアレックスの芝居を観劇に来ている人々は、イービーが喋ると驚いている。
つまり、その場その場で反応が異なるのだ。
ギャグにしているつもりなら外しているし、設定が定まっていないと感じるだけだ。
御都合主義として使いたいのは分かるけど、普通に「人間の言葉を喋るウサギを見たら誰でも驚く」ということで徹底しておけば済むことなんだよね。で、例えばホフは、驚いた上で「でも面白いから有り」ってことで受け入れる流れにすればいいだけだ。冒頭の語りが終わって回想劇が始まると、イービーが登場してお菓子工場の様子が描かれる。それが終わると、少年時代のフレッドが登場し、そこから彼の20年後に時間を飛ばしている。
しかし、フレッドのシーンから話を始めて、イービーの登場は後回しにした方がいい。
何しろ、フレッドが現在のイースターラビットを務めているってトコから始まるぐらいだしね。
っていうか、フレッドとイービーをダブルメインみたいな扱いにしてあるけど、「フレッドが主人公」という形を取った方がいいし。そして「フレッドの出会う相手」として、イービーを始めとするウサギたちを登場させた方がいい。ただしフレッドをピンの主人公に据えたとしても、それで全ての問題が解決するわけではない。
実のところ、フレッドというキャラに一番の問題が含まれている。この男、ちっとも主人公としての魅力が備わっていないのだ。
それは序盤で見事なぐらい露見している。
彼は仕事をせず、家でブラブラしている。ただし、それだけなら、まだ何とでもなる。しかし彼は両親から自立を促されても、「自分は悪くない」と主張する。
彼は「頑張ってる。面接を受けてる」と主張するが、「通勤が面倒だ」「駐車場が遠い」などと文句ばかり付けて就職を拒否しているのだ。フレッドは「遣り甲斐が無い」「夢が無い」という理由で、あらゆる仕事を拒否している。「完璧なんか無いぞ」と言われると、「じゃあ我慢して働けってこと?」と反発する。
でも、それは両親が指摘するように、ただ仕事をしたくない奴の言い訳でしかないのだ。
フレッドはサムが会社の面接を勧めると、その内容も聞かない内から「明日は忙しい」と断ろうとする。
ようするに、彼は仕事をしたくないだけなのだ。前述した主張は、仕事から逃げるための詭弁なのだ。それでも、まだフレッドが「自分は間違っていた」と気付いて反省したり、気持ちを入れ替えて行動を改めたりする展開があるなら、序盤で好感度ゼロの男になっていても、最終的には納得できたかもしれない。
しかし、なんと本作品は、フレッドの身勝手を全面的に肯定してしまうのだ。
「遣り甲斐の無い仕事なら、無理にやらなくてもいい」「夢を感じない仕事をするぐらいなら自立しなくてもいい」という風に、フレッドの主張が正しくて両親は間違っていたという答えに辿り着くのである。もちろん、仕事に遣り甲斐を感じることが出来た方が幸せだし、夢のある職場であることは望ましい。
しかし世の中の人間の大半は、妥協しながら、色んな我慢をしながら生きているのだ。その中で、自分なりの遣り甲斐や夢を見つけるのだ。
何から何まで自分の好きなことだけ、自分のやりたいことだけを選んで生きられる人間なんて、ほんの一握りに過ぎない。
ひょっとすると、この映画は「夢を持つことは大事」といったメッセージを発信したかったのかもしれないが、だとしても表現方法を大きく間違えている。イービーにしても、フレッドよりは遥かにマシだが、決して魅力的なキャラクターとは言えない。
彼は「バンドのドラマーになる」という夢を持っており、イースターラビットになることを拒否して家を飛び出す。
「親から押し付けられた仕事を拒み、夢を叶えようとする」というだけなら、決して否定するようなことではない。ただ、イービーの「バンドのドラマーになる」という夢が、「本気で叶えたい夢」には到底思えない。
何しろ、自宅でドラムを叩いている様子がチラッと写っただけで、溢れる情熱なんて微塵も感じられなかった。
なので、フレッドと大差の無い浮かれた考えの持ち主にしか見えないのだ。イービーに対する印象は、フレッドと出会った後の言動を見ていると、ますます悪くなっていく。
まだ最初の時点では、それなりに可愛げのある奴に見えなくもなかった。
しかしフレッドの前で同情を誘う芝居をするなど狡猾な部分が見えてしまうと、ただの嫌な奴でしかない。フレッドから2階は立ち入り禁止だと言われていたのに、平気で入り込んだ上に室内をメチャクチャに荒らすしね。
そして、そういう狡猾さや身勝手さが見えることによって、「バンドのドラマーとして世界を回りたい」という夢の純粋さも完全に消え失せる。イービーはフレッドに捨てられると、「僕は特別なんだ」と言ってイースターラビットであることを明かす。
その特権階級としての意識は、ただ不快感を煽るだけ。
「イービーがフレッドを振り回す」「フレッドがイービーのせいで迷惑を掛けられる」という関係性も、まるで笑えない。
イービーのおかげでフレッドの印象が良くなるという効果はあるけど、それで映画が救われるわけではない。しかも、そこで少しだけ上昇したフレッドの印象も、すぐに元の木阿弥となってしまうしね。自立していなくても、無職であっても、「愛すべきダメ人間」として受け取れる奴は映画の世界には幾らでも存在する。しかしフレッドはダメ人間であることを自覚しておらず、ワガママを正当化する醜い男だ。
そして、そんなフレッドを全面的に肯定する本作品は、「自由」と「ワガママ」を完全に履き違えている。
残り30分辺りで「イースターラビットになる」と言い出すのも、バカ満開なだけ。
どうして彼がイースターラビットになりたがるのか、まるでワケが分からない。「幼い頃にイースターラビットを見たから」というだけでは、何の説明にもなっていない。それでも、これが「幼少の頃からずっとイースターラビットになるのが夢で、そのために自分なりの努力を続けていた」ってことであれば、描き方次第ではフレッドを応援したくなったかもしれない。
でも急に閃いて「イースターラビットになる」と言い出すんだから、それを好意的に受け入れるのは絶対に無理だ。
それを納得させるための道筋を何も用意せず、伏線を丁寧に張ることもしていないんだから、ただバカな奴がバカなことを言い出したとしか感じない。当然の思い付きでバカなことを言い出したとしても、そこからイースターラビットを目指して努力を重ねる作業を描き、フレッドの情熱や真剣な思いを充分にアピールすれば、ひょっとしたら応援したい気持ちが喚起されたかもしれない(かなり低い可能性ではあるが)。
でも、そんなことを彼が言い出すのは、前述したように残り30分辺りなのだ。
そこから彼の本気度や努力を描くには時間が足りないし、そこまでに蓄積してしまったマイナスを取り戻すにも時間が足りない。卵を持って走る練習を積むシーンが申し訳程度に用意されているけど、その程度では何の意味も無い。
もちろん最後は彼がイースターラビットになるのだが、強引さと不自然さしか残らない。(観賞日:2019年10月24日)