『エージェント・マロリー』:2011、アメリカ&アイルランド

雪が積もるニューヨーク州北部の町で、マロリー・ケインはダイナーに入った。コーヒーを飲んでいた彼女は、アーロンが車で来たのに気付いて「くそっ」と舌打ちした。店に入ったアーロンは、マロリーに「こんな所で何してる。早く行こう」と告げる。マロリーが同行を拒否すると、アーロンは「なぜ事態を厄介にする?」と尋ねる。マロリーが「ケネスが自首すればいいことよ」と言い、「彼と会った?」と問い掛けると、アーロンは「会ってない」と答えた。
アーロンは改めて車に乗るよう求めるが、マロリーは拒否した。するとアーロンは、いきなり殴り掛かった。隣のテーブルにいたスコットという青年は、マロリーを助けようとアーロンに飛び掛かった。マロリーはアーロンの足を払い、反撃に出た。アーロンは拳銃を持ち出し、マロリーに発砲する。マロリーは拳銃を奪い、アーロンの左腕を折った。彼女はスコットに、車を使わせるよう要求した。マロリーは戸惑うスコットを助手席に乗せ、車を発進させた。
スコットから「さっきの男は?」と訊かれたマロリーは、「バルセロナで一緒に仕事をした仲よ」と答える。「政府の仕事?」と問われたマロリーはうなずき、「彼らは私がいた民間企業と契約してた」と説明した。それから彼女は時間を遡り、詳しい経緯を語った。始まりはワシントンだ。民間軍事企業のボスであるケネスは、米国政府のコブレンツとスペイン政府関係者のロドリゴに会った。コブレンツからバルセロナで人質を救出する仕事を要請されたケネスは、交渉によって契約条件を釣り上げた。
ケネスは部下であるマロリーの起用に難色を示すが、コブレンツは優秀な人材である彼女を絶対に使うよう要求した。マロリーはスペインへ渡り、ロドリゴと会った。ホテルへ移動した彼女は、一緒に仕事をするアーロン、ヴィクター、ジェイミーと合流する。4人はジャンという記者が拘束されている現場を調査し、救出計画を練る。アーロンは人員不足だと考えるが、マロリーは全く気にしなかった。4人は無事にジャンを救出し、ロドリコに引き渡した。
マロリーはアーロンから、「ケネスと別れる気か?」と質問される。「半年前に別れたわ」とマロリーが答えると、アーロンは「会社だよ。辞めるのか」と訊く。マロリーは「1時間前に辞めたわ」と言い、アーロンと関係を持った。サンディエゴに戻った彼女は、父であるジョンから届いた著書に目をやった。そこへケネスが来て、今夜の内に仕事へ向かうよう指示した。彼は「MI6の仕事だ。フリーランスのポールが、ステューダーという男と知り合った。客は、それを利用したいと考えている」と説明した。
ポールの妻に成り済ます仕事だと聞いたマロリーは反発するが、結局は引き受けてダブリンへ飛んだ。マロリーは待ち合わせの目印としてブローチを胸に付け、ポールと合流した。新婚夫婦としてホテルにチェックインしたマロリーは、ポールが入浴している間に荷物を探った。彼女は携帯電話に細工を施し、位置を追跡できるようにした。ステューダーのパーティー会場へ赴いたマロリーは、バグダッドにいたアゴヒゲ男に気付かれたと悟った。そこへステューダーが来てポールとマロリーに声を掛け、一緒に旅行へ行こうと誘った。
ポールはマロリーに、「君はアゴヒゲ男を追え。僕はステューダーを尾行する」と指示した。マロリーはポールと別れた後、追跡装置で彼の居場所を特定する。彼女は窓から様子を窺い、ポールがステューダーと密会する姿を目撃した。周辺を調べたマロリーは、ジャンの死体を発見した。その手には、目印のブローチが握られていた。ホテルに戻ったマロリーはポールに襲われ、すぐに反撃した。ポールは彼女に、「君は危険な立場にいる。手には負えない。ケネスと話せ」と告げた。
マロリーはポールを始末し、携帯の着信を調べた。相手に掛けてみると、ポールだと思っているケネスが出た。その不用意な発言によって、マロリーは彼が自分を殺そうとしたことを知った。マロリーはニューメキシコにいるジョンに電話を掛け、帰郷することを告げた。尾行に気付いたマロリーは鞄を探り、GPSが仕掛けられているのを発見した。GPSを捨てたマロリーは、武装した警官隊に追われる。彼女は2人の警官を待ち伏せして倒し、何とか追跡を逃れた。
マロリーはロドリゴに電話を掛け、「人質をステューダーに売ったのは貴方?それともケネス?」と尋ねた。ロドリゴは無言で電話を切り、コブレンツと連絡を取った。マロリーから電話があったことを聞かされたコブレンツは、「しばらく電話に出るな。私が連絡するまでは外出も控えろ」と指示した。コブレンツはマロリーに電話を掛け、「我々が計画したのではない。ケネスの裏には誰かがいる。説得して君との会合を手配する。なぜ君の命を狙ったのか突き止めてくれ」と持ち掛けた。そこでマロリーは偽造身分証を使ってカナダ経由で国境を越え、ダイナーでケネスと会う予定だった。しかしアーロンが現れ、襲われたのだ…。

監督はスティーヴン・ソダーバーグ、脚本はレム・ドブス、製作はグレゴリー・ジェイコブズ、共同製作はケネス・ハルスバンド、製作総指揮はタッカー・トゥーリー&ライアン・カヴァナー&マイケル・ポレール、共同製作総指揮はアラン・モロニー、撮影はピーター・アンドリュース、美術はハワード・カミングス、編集はメアリー・アン・バーナード、衣装はショーシャナ・ルービン、音楽はデヴィッド・ホームズ。
出演はジーナ・カラーノ、マイケル・ファスベンダー、ユアン・マクレガー、マイケル・ダグラス、アントニオ・バンデラス、ビル・パクストン、チャニング・テイタム、マチュー・カソヴィッツ、マイケル・アンガラノ、ジュリアン・アルカラス、アーロン・コーエン、アンソニー・ブランドン・ウォン、エディー・J・フェルナンデス、カール・シールズ、マックス・アルシニエガ、J・J・ペリー、ティム・コノリー、デビー・ロス・ロンデル、ジェームズ・フリン、ナターシャ・バーグ他。


総合格闘家として活躍していたジーナ・カラーノが初主演した映画。
監督は『ガールフレンド・エクスペリエンス』『コンテイジョン』のスティーヴン・ソダーバーグで、変名で撮影と編集も担当している。
脚本は『イギリスから来た男』『スコア』のレム・ドブス。
ポールをマイケル・ファスベンダー、ケネスをユアン・マクレガー、コブレンツをマイケル・ダグラス、ロドリゴをアントニオ・バンデラス、ケインをビル・パクストン、アーロンをチャニング・テイタム、スチューダーをマチュー・カソヴィッツ、スコットをマイケル・アンガラノが演じている。

スティーヴン・ソダーバーグはジーナ・カラーノに惚れこんで、演技経験の無い彼女を主役に抜擢している。
そういう経緯からすれば、「ジーナ・カラーノの魅力を最大限にアピールする」ってのが、この映画の目的になるはずだろう。
ところが実際に見てみると、「良くも悪くもスティーヴン・ソダーバーグ」という仕上がりだった。
いや、「良くも悪くも」と書いたけど、明らかに悪いのよ。この映画で「スティーヴン・ソダーバーグらしさ」を主張するのは、大間違いなのよ。

ジーナ・カラーノを主役に据えたのならば、何よりもアピールすべきは格闘能力だ。
そんなことは、猿では分からないかもしれないが、人間だったら相当のボンクラでも理解できることだ。
彼女の格闘能力をアピールしようとすれば、「アクション映画としての面白さを追求する」という方向性はハッキリする。
ところがスティーヴン・ソダーバーグは、まるでピントのズレたポイントで変にコネコネしてしまい、ちっともアクション映画の醍醐味を出そうとしていないのである。

アクション映画としての面白くするために、カメラワークに工夫するとか、ケレン味を出すとか、そういう意味で凝っているのなら、結果がどうなるかはともかく、方向性としては間違っていない。
しかし、この映画は「結果的に上手く行かなかった」ってことじゃなくて、最初から「アクション映画とてして面白くする」というベクトルを設定していないのだ(としか思えない)。
もしもソダーバーグが本気でアクション映画の面白さを目指したのなら、致命的にセンスが欠けている。
どっちにしろ、問題は大きい。

この映画でソダーバーグは、『楽園の瑕』や『グランド・マスター』を撮ったウォン・カーワァイ監督と同じような過ちを犯している。
そして、ウォン・カーワァイ監督と同じぐらい、アクション映画に関わるべきではない人であることを立証してみせた。
結局、この人は「ジーナ・カラーノの格闘能力を活かして面白い映画を作ろう」という意識じゃなくて、あくまでも自分の領域に彼女を取り込もうという意識なのだ。
もちろん、そういう意識で起用した人材が光るケースもあるだろう。
しかしジーナ・カラーノが「ソダーバーグの世界」に馴染むタイプじゃないことは、この映画を見なくても簡単に予想できるだろうし、予想通りの結果になっている。

冒頭、ダイナーでマロリーがアーロンと戦う様子が描かれる。スコットの車で脱出した後、そこまでの経緯が説明される回想シーンに突入する。
そんな風に導入部から時系列をいじっているわけだが、そこからして間違っていると感じる。
なぜなら、それがジーナ・カラーノの格闘能力を発揮させるための仕掛け、アクション映画として面白くするための仕掛けではないからだ。
時系列を入れ替えることで構成を複雑化させ、ミステリーを生じさせ、それが物語の面白味に繋がるケースも少なくない。
しかし、「ジーナ・カラーノの初主演作」で、やるべき細工ではない。

その冒頭シーンでは、マロリーとアーロンの格闘が用意されている。導入部だし、一発目のアクションなんだから、もちろん「ヒロインの能力や強さを観客に披露する」という重要な意味合いがある。
ところが、まずマロリーがアーロンに苦戦を強いられている時点で、「そうじゃないだろ」と言いたくなる。
そこは「マロリーは女だけど、そこいらの男なら軽く倒せる」というカッコ良さを示すべきだよ。のっけから苦戦させるって、どういうつもりなのかと。
で、スコットが加勢することでマロリーは何とか形勢を逆転させるが、見せ方が凡庸で盛り上がりに欠けるし。
そういうトコは、ちっともケレン味を付けていないのである。

マロリーがスコットに経緯を説明するターンに移行すると、「ワシントンでケネスがコブレンツたちと交渉する様子」と「バルセロナでマロリーがロドリゴやアーロンと会う様子」が交互に配置される。
その後、ジャンの監禁場所を下調べするシーンと彼を救出するシーンは、断片的な映像のコラージュによって構成される。
「いかにもスティーヴン・ソダーバーグらしい映像表現」ってことは言えるだろうが、そういうのは全く要らない。

ジャンを救出する作戦シーンなんて、マロリーの格闘能力をアピールするには絶好の機会だろう。
ところが、「逃げる敵を追って走る」という様子を見せた後、1人を軽く倒す様子を申し訳程度に入れるだけ。
ダブリンのホテルでポールと格闘するシーンでも苦戦しているし、ちっとも高揚感を喚起しない。
何より、「ちっとも燃えない」ってのが大きなマイナス。
「ヒロインが悪党を倒す」という分かりやすい形にしておけば、アクションシーンでスッキリできただろうに。それだとB級っぽさが出て嫌だったのか。

追跡する警官隊からマロリーが逃亡するシーンでは、壁を登ったり、屋根から屋根へ飛び移ったりというアクションが用意されている。
だけど、それってジーナ・カラーノの得意分野じゃないでしょ。
パルクールのセンスがあるわけじゃないから、そんなにスピーディーに動けていないし。
救出作戦の時に中途半端な形で銃を使わせているのもそうだけど、なんでジーナ・カラーノを主役に抜擢しておきながら、得意分野じゃない類のアクションばかり要求しているのかと。

なぜかマロリーは、出会ったばかりのスコットに詳細な経緯をベラベラと喋る。そこの違和感は無理に受け入れるとして、そういう形を取った以上、スコットは「マロリーとの関係を深め、その行動に協力する」ということで本筋に絡むべきだろう。
ところが、そもそもマロリーが経緯について話し終わった段階で、もう映画は後半に突入している。そして回想が終わった後、すぐにマロリーはスコットと別れてしまうのだ。
ようするにスコットは、そこまでの経緯を観客に説明するために、道具として利用されているだけなのだ。
でも、それなら「マロリーが回想する」という形でも成立するわけで、だからスコットの存在意義は皆無に等しいのだ。

無駄に話が分かりにくいってのは、この映画の大きな欠点だ。
まず、最初にコブレンツから依頼された仕事をマロリーが受けているが、それは後の展開に関係があるのか。
マロリーはダブリンでポールに襲われるが、じゃあステューダーってのは何者で、どういう意味がある人物だったのか。
コブレンツとロドリゴは序盤で一緒にいるが、この2人はグルなのか、そうじゃないのか。
ケネスがマロリーを殺そうとしているのは分かるが、そこにコブレンツやロドリゴはどう絡んでいるのか。

で、そういった諸々の真相が全て明らかになるのは、本編が残り5分ぐらいになってからだ。
それまでは、「ケネスは悪党」「アーロンは何も知らずに動いていただけ」「どうやらロドリゴも悪党サイドっぽい」「どうやらコブレンツはケネスと結託していないっぽい」ということが少しずつ分かって行くけど、そういうミステリー仕立てが得策とは思えないのよ。
これがスパイ・サスペンス映画なら、それも有りだろうとは思うのよ。
でも、「この映画で重視すべき事柄は何なのか」ってことを考えると、そこじゃないでしょ。

ワシントン、バルセロナ、ダブリン、ニューメキシコと、世界各地を巡る内容にしてあるけど、スケールの大きさは全く感じられない。
スパイ映画としてのサスペンスも弱いし、すんげえ地味。
だから余計に、「最初から割り切って、シンプルで分かりやすい格闘アクション映画として作れば良かったのに」と言いたくなってしまうのよ。
もしもスティーヴン・ソダーバーグが「ヒロインが世界を股に掛けて活躍するスパイ映画」を作りたいと思っていたとしたら、「それならジーナ・カラーノじゃねえだろ」と思うしね。

本来ならば、終盤に向けて話が盛り上がらなきゃいけないはずだ。
しかし、これは歌を忘れたカナリヤならぬ、クライマックスを忘れた映画になっている。
「窮地に追い込まれたヒロインが逆襲に出る」といった要素で燃えさせてくれるわけでもない。「憎しみを煽る悪党を完膚なきまでに叩きのめす」という爽快感を与えてくれるわけでもない。
見せ場になるようなアクションは無く、マロリーが大勢を相手にするバトルも無いまま、淡白に終盤へ突入してしまう。

おまけに、最後にマロリーが戦う相手がケネスって、観客を舐めてんのかと。
演じているのはユアン・マクレガーだぞ。どう考えたって、ジーナ・カラーノの前に立ちはだかる強敵としては力不足だろ。
そこは「格闘能力でジーナを苦しめる」ってトコに説得力を持たせる人物を配置すべきだろ。
ロドリゴの元にマロリーが現れたトコで映画を終わらせるってのも、その前のバトルがグダグダで全く盛り上がっていないので、「ユアン・マクレガーよりはアントニオ・バンデラスとのバトルを最後に配置した方がいいだろ」と言いたくなる。

(観賞日:2016年3月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会