『イルカの日』:1973、アメリカ

世界的に有名な海洋動物学者のジェイク・テリル博士は、フロリダの小島にある研究所でイルカの研究を行っていた。研究所で初めて誕生したイルカのアルファは、もうすぐ4歳を迎える。アルファの母親は死亡し、ジェイクと妻のマーガレットが育てた。島を離れて講演を行ったジェイクは、軍や政府からは援助を受けていないことを語る。彼はイルカが優れた知能を持つと考えており、音波探知能力や言語機能などを解明しようとしている。
講演終了後、研究所を支援するフランクリン財団の管理官ハロルド・デマイロを見つけたジェイクは、録音装置の工事費について、早く用意してほしいと要望した。ジェイクが島に戻ると、マーガレットがアルファに噛まれて足に軽い怪我を負っていた。彼女が「大したことは無いわ」と言うので、ジェイクは仕事に戻った。彼は助手のデヴィッドたちに食事休憩を取らせ、アルファの様子を観察する。ジェイクは潜水服を着てプールに潜り、アルファと一緒に泳いだ。
マホーニーという男がデマイロの元を訪れ、ジェイクの研究を取材したいと申し入れた。彼は講演会にも来ていた男である。ジェイクと交渉して断られたため、デマイロに協力を要請したのだ。「彼は部外者が研究所に入るのを嫌がるんですよ」とデマイロが難色を示すと、マホーニーは「これを読んでから、返事を下さい」と原稿を差し出した。そこにはデマイロを脅迫する情報が記されていた。
デマイロが島を訪れ、研究への援助を財団が打ち切る可能性についてジェイクに語る。アルファの飼育用に設けた建物には20万ドルが投じられているが、デマイロは「そんな費用を、財団の理事会は認めないだろう」と告げた。するとジェイクは、アルファが産まれた時から人間の言葉を教えていることを明かし、最近の成果として録音した音声を流した。アルファは簡単な言葉を幾つか喋ることが出来るようになっていた。
ジェイクは「最近は学習をサボるようになってきたから、異性を与える」と言い、ビーというメスのイルカをプールに運び込んだ。すぐにアルファとビーは仲良くなった。ジェイクはデマイロに、アルファが人間の言葉を話すことは内緒にしてほしいと頼んだ。それを了解したデマイロは、マホーニーの訪問を認めて欲しいと持ち掛けた。ビーが来てから2週間以上が経過したが、アルファは人間の言葉を喋らないようになった。ジェイクは苛立ちながら、妻のマギーに「アルファはビーからイルカの言葉を習ってるんだ」と言う。
マホーニーが島に来る直前、ジェイクたちはアルファとビーをメインのプールから予備タンクへ移した。マホーニーが島を訪れると、彼は別のイルカをアルファとして紹介した。マホーニーは研究助手のマイクやマリアンヌ、ラナ、ラリーたちから情報を聞き出そうとしたり、密かに実験棟へ入ろうと試みたりする。2日間の滞在期間を終えたマホーニーは、「僕は味方ですよ」と告げて島を去った。
マホーニーを見送った後、ジェイクはアルファだけをメインのプールに戻し、ビーと分断した。アルファはゲートを破壊しようとして、何度も体当たりを繰り返した。しかしジェイクは扉を開けず、監視を続けた。その日の深夜、プールの近くで眠っていたジェイクは、アルファの「パー(パパ)、ビーを返して」という言葉で目を覚ました。ジェイクはゲートを開き、アルファとビーを対面させた。2頭のイルカは嬉しそうに、同じ動きで泳いだり飛び跳ねたりした。
数日後、ジェイクはデマイロからの電話を受けた。夜、彼はデヴィッドたちに、「マホーニーがアルファの秘密を嗅ぎ付けたらしい。研究の内容を、どこかの雑誌に書くようだ」と険しい表情で話す。「今頃は財団の連中が、何の報告も無かったことに激怒しているだろう。アルファが見世物扱いされないように、この辺りで発表せねばならない。恐れていたことが起きた」と、彼は暗い顔になった。その頃、マホーニーは相棒と共に、密かに島へ潜入していた。
ジェイクが「アルファはタレント扱いされ、最後にショーへ引っ張り出されるだろう」と危惧していると、マギーは「そうなったのは誰のせい?貴方のせいよ。なぜ言葉を教えたの?」と静かに告げる。するとジェイクは、「間違っていた。逆に我々がイルカの真似をすべきだった」と言う。マギーが「アルファとビーを海に返して」と促すと、彼は「もう家畜化してしまったから、難しい」と述べた。
ジェイクは財団の理事たちを島へ呼び寄せ、アルファに人間の言葉を喋らせた。アルファに教わり、ビーも言葉が話せるようになっていた。その様子を、マホーニーたちが隠れて観察していた。理事の一人の無神経な発言で、ビーが施設から逃げ出した。ジェイクはアルファに指示し、ビーを連れ戻させた。「なぜ人間の言葉を話すのか」という質問を受けたアルファは、「パーが好きだから」と答えた。
翌日に記者会見が予定されていることを聞かされ、ジェイクは渋い表情を浮かべる。理事のウォリングフォードが「飛行機には席が無いので、デマイロと一緒に船で来てくれませんか」と告げると、マギーが「私も行きます」と述べた。夫妻はマイクの操縦するボートに乗り、島を出発した。ジェイクから「マホーニーという男は何者だ?」と訊かれたデマイロは、「分からんが、政府筋でコネがあるらしい。迷惑を掛けたが、悪く思わないでくれ」と言う。
マホーニーは相棒に「ここから動くなよ」と指示し、無線連絡に行く。相棒は勝手に施設へ潜入するが、何者かに殴られて昏倒した。翌朝、長く待たされて苛立っていたジェイクの元に財団の秘書が現れ、理事長が入院して予定は全てキャンセルになったと告げた。ジェイクは島へ電話を掛けるが、雑音が入って通じない状態になっていた。島に戻ったジェイクとマギーは、数人の男たちがアルファとビーを船に乗せて連れて行ったことをマリアンヌたちから聞かされる。その朝、電話を受けたデヴィッドが「ジェイクからの指示だ」と告げたので、マリアンヌたちは信じて移送を手伝ったのだ。だが、ジェイクはそんな電話を掛けていなかった。
ジェイクたちが話していると、マホーニーがマイクを伴って現れた。マイクが「何も話さないで」と書いた紙を掲げ、マホーニーは室内を調べて盗聴器を発見した。半年前、ビーを運び込む前にデヴィッドが取り付けたのだ。ジェイクたちは会話を聞かれないよう、場所を移動した。マホーニーは彼らに、デヴィッドが海軍の爆破部隊に所属していたこと、麻薬密輸で捕まって20年の実刑判決を受けたこと、財団が彼を8ヶ月で釈放させてスパイに使っていたことを話す。
マホーニーは「まだイルカは船の上だ。前から何かを企んでいたらしい。だが、目的が分からないと、イルカの誘拐容疑では罪に問うことも難しいだろう。財団は政府の下部組織だ」と語る。そしてマホーニーも、政府の別組織の人間だった。ジェイクにデマイロからの電話で、「預かった物は元気だ。予定が終われば返す。島を出るなよ」と脅しを受けた。ジェイクはマイクにボートを用意させ、「誰か新聞社に連絡しろ」と指示する。マホーニーが「財団にイルカを誘拐されたと話しても、笑われるだけだぞ」と言うと、ジェイクは「録音テープがある」と口にした。ジェイクたちがテープを取りに実験棟へ行くと、マホーニーの相棒の死体があった…。

監督はマイク・ニコルズ、原作はロベール・メルル、脚本はバック・ヘンリー、製作はロバート・E・レリア、製作協力はディック・バークマイヤー、製作総指揮はジョセフ・E・レヴィン、撮影はウィリアム・A・フレイカー、編集はサム・オースティーン、美術はリチャード・シルバート、衣装はアンシア・シルバート、音楽はジョルジュ・ドルリュー。
出演はジョージ・C・スコット、トリッシュ・ヴァン・ディーヴァー、ポール・ソルヴィノ、フリッツ・ウィーヴァー、ジョン・コークス、エドワード・ハーマン、レスリー・チャールソン、ヴィクトリア・ラシモ、ジョン・デヴィッド・カーソン、ジョン・デナー、セヴァーン・ダーデン、エリザベス・ウィルソン、ウィリアム・ローリック、フィリス・デイヴィス、パット・ズリカ、ウィリー・マイヤース他。


『卒業』『キャッチ22』に続いて、監督のマイク・ニコルズと脚本家のバック・ヘンリーがコンビを組んだ作品。
原作はフランスの作家ロベール・メルルの書いた同名小説(原題は『Un Animal doue de raison』)。
ジェイクをジョージ・C・スコット、マギーをトリッシュ・ヴァン・ディーヴァー、マホーニーをポール・ソルヴィノ、デマイロをフリッツ・ウィーヴァー、デヴィッドをジョン・コークス、マイクをエドワード・ハーマン、マリアンヌをレスリー・チャールソン、ラナをヴィクトリア・ラシモ、ラリーをジョン・デヴィッド・カーソンが演じている。

この映画は原作小説と大幅に内容が異なっており、脳科学者ジョン・C・リリーの生き方を参考にしている。
ジョン・C・リリーはイルカとのコミュニケーションを研究した人物で、イルカに人間の言語を教える訓練も行っていた。
ただ、その際にLSDを使用したり、軍から資金援助を受けていたのに後年になって「自分はずっと平和主義者である」と主張したり、「イルカは暴力を行使しない平和的な生物だ」と間違った情報を宣伝したりと、色々と問題も多かった人のようだ。
あと、欧米には「イルカは賢い生物だから保護すべき」というイルカ崇拝の考えが蔓延しているが、それを生み出した張本人と言ってもいいだろう。
ただ、この映画が公開された時に、ジョン・C・リリーはイルカに関する嘘が多く描かれているということで抗議したようだが。

本来は「政府機関がイルカの軍事利用を企む」というサスペンスがメインのはずなのだが、その手の雰囲気は、なかなか漂って来ない。
もう最初のシークエンスでマホーニーが意味ありげに登場しているのだが、彼が島を訪れるのは映画開始から35分ほどが経過してから。それまでは、ザックリと言うならば、「ジェイクがイルカを育てて人間の言葉を教えています」というのを描いているだけだ。
「それだけで35分も使うわけがないだろ」と思うかもしれないが、でも事実だから仕方が無い。
だから、ただジェイクがイルカと戯れているだけのシーンとか、ただイルカが泳いでいるだけのシーンとか、そういうところで時間を費やしたりもしている。ゆったりとしたテンポで、静かに時間が過ぎていく。
あと、マホーニーが島に来ても、それで一気にサスペンスの色が濃くなるわけでもないし。

緊迫感もサスペンスの兆候も無いが、だからと言って、ジェイクとイルカの触れ合いのドラマが濃密に描かれているわけではない。前述のように、時間の流れはスローだ。
で、1時間ほど経過してマホーニーの相棒が何者かに昏倒させられ、イルカが連れ去られて、ようやくサスペンスの雰囲気が漂って来る。
ただし、その時点では、まだ誘拐した連中の正体も目的も全く分からないので、「せいぜいサーカスに売る程度」ということも考えられる。
その後、イルカの拉致は政府機関の仕業だということが分かるが、まだ目的は明らかになっていない。仮に軍事利用が目的だったとしても、「これから使えるように訓練していく」という長期計画であれば、差し迫った危険は無い。イルカを奪還し、悪事を暴露して自分たちとイルカの安全を守れば、それでOKだ。
残り20分ぐらいになって、ようやく一味が機雷をイルカの背中に取り付けて何かやろうとしていることが判明する。
その目的が大統領暗殺であることが分かるのは、残り10分になってからだ。

しかも、ジェイクはアルファに計画の阻止を命じるだけで、自分は何もしていないし、計画を阻止する現場も見ていない。
島へ戻ったアルファから報告を受けて、「どうやら阻止したらしい」と知るだけだ。
それも証拠が無いから、アルファの言葉を信じるしかないという状況だし。
あと、まだ「アルファとビーが財団の捜索を受ける」とか「ジェイクたちが財団から追われる」とか、そういった問題は残っているので、何も解決しちゃいないんだよな。

この映画が描きたかった主題やテーマは、サスペンスの部分には存在しない。
冒頭、ジョージ・C・スコットが
「イルカは全ての感覚が敏感です。そして皮膚全体が感知装置として働き、数マイル四方の情報をキャッチします。その上、複数の相手、数マイルも離れた相手と会話を交わすことも出来ます。彼らの言葉は複雑な音のパターンで構成されており、高度な情報を伝えることが可能です。頭脳は人間と同じぐらい大きく、水中と地上、両方の世界と情報を分析します」
などと語るが、そこが重要なポイントだ。

そのシーンは、ジェイク・テリル博士が講演で聴衆に話しているという設定なのだが、カメラ目線なので、観客に対して話し掛けているような形となる。
そこに本作品の魂が込められていると言っても過言ではない。
ようするに、これは「イルカは高い知能を持つ生物なので、大切に保護しましょう」と訴え掛けるプロパガンダ映画なのである。
意図的なのか、結果的にそうなってしまったのかは知らないが、そういう類の作品なのである。

そんなわけだから、「イルカは賢いから保護すべき、それを邪魔する人間は傷付けても構わない」と考える過激で過剰なイルカ至上主義者だったり、イルカの保護活動によって金儲けをしている環境テロリスト集団だったりは、喜んで食い付くのかもしれない。
しかし、残念ながら私は環境テロリストではないし、「イルカは知能が高いから保護すべき」という考え方はヘドが出るぐらい嫌いなので、この映画に称賛する点を見つけることは出来ない。
そもそも、「イルカは大切に保護すべきである」と訴え掛けて来る内容なのに、映画に出演しているイルカたちはトレーナーが調教して命令に従わせているわけで。
それは保護していることになっていないんじゃないかと。

(観賞日:2013年6月10日)

 

*ポンコツ映画愛護協会