『アトミック・ブロンド』:2017、アメリカ&ドイツ

1989年11月、ベルリン。逃亡を図ったMI6諜報員のガスコインは、KGBのバクティンに捕まった。ガスコインはサッチェルの裏切りを確信し、バクティンは彼を始末して腕時計を奪った。10日後、ロンドン。MI6諜報員のロレーン・ブロートンは入浴を終えて写真を燃やし、暴行を受けて傷だらけとなった体を鏡で確認した。彼女はMI6本部を訪れ、取調室に入って主任のエリック・グレイと会う。マジックミラーの向こうでは、MI6のトップであるCが様子を観察している。
グレイはCIA幹部のエメット・カーツフェルドを取調室に入れ、ベルリンから帰還したロレーンに報告させようとする。ロレーンは「CIAには聞かせたくない」とカーツフェルドの退室を要求するが、グレイは認めなかった。カーツフェルドが自分もベルリンにいたことを話すと、ロレーンは罵倒の言葉を小声で口にした。グレイが記録用にテープレコーダーを回す中、ロレーンはベルリンで起きた出来事について語り始めた。始まりはロレーンがグレイに呼び出された日で、その場にはCも同席していた。
Cはガスコインが入院中に殺されたことを話し、グレイは彼がシュタージのスパイグラスと会っていたことを説明した。ガスコインは亡命を条件に、スパイグラスから腕時計に隠されたマイクロフィルムを受け取る予定だった。「リスト」と呼ばれるマイクロフィルムには、活動中のスパイの詳細な記録が記載されていた。グレイはロレーンに、ガスコインを殺したバクティンがリストを持っていること、彼がベルリンに留まっていること、各国がリストを狙っていることを話した。彼はMI6ベルリン支局デヴィッド・パーシヴァルも狙っていると言い、ロレーンに彼と接触してリストを奪還する任務を命じた。
パーシヴァルは東ベルリンのクラブでスパイグラスと接触し、「ガスコインは来なかった。リストが無ければ亡命させない」と冷たく言う。しかしスパイグラスがリストの内容を全て記憶していることを証明すると、彼は亡命を承諾した。グレイは大使館の監視を受けず、勝手な行動を繰り返していた。Cはロレーンにリストがソ連に渡る危険性を語り、グレイはガスコインの遺体を引き取りに出向いた弁護士いう設定を与えた。
ロレーンがエリザベス・ロイドの偽造パスポートで西ドイツへ入国すると、空港にはパーシヴァルの部下と称する男たちが車で迎えに来ていた。その様子を、デルフィーヌ・ラサールという女性が電話ボックスから観察していた。ロレーンは男たちがKGBだと見抜き、車内で叩きのめした。ロレーンは追って来たパーシヴァルと合流し、彼の車に乗り込んだ。KGB幹部のブレモヴィッチはバクティンが来なかったことを部下から聞き、「奴はリストを売り払う気だ。捜し出せ」と命じた。
ロレーンはガスコインの遺体引き取りに赴き、検視官に書類を渡した。しかしパスポートの番号が違っていたため、引き渡しを拒否された。それは意図的な間違いであり、番号の称号が終わるまで1週間は滞在できると考えてのことだった。ホテルに戻ったロレーンは、侵入していたパーシヴァルを襲って取り押さえた。ロレーンがスパイグラスや空港から尾行している女について尋ねると、パーシヴァルは何も知らないと答えた。ロレーンはMI6の協力者である時計屋へ行き、東ベルリンのネットワークを紹介してほしいと要請した。
次の日、ロレーンはガスコインのアパートへ忍び込み、手掛かりを得ようとする。彼女は出発前、Cから別に任務も命じられていた。それはリストに記載されたサッチェルという二重スパイの正体を突き止め、生死を問わず捕まえるという任務だ。警官たちがアパートに来たため、ロレーンは数名を叩きのめして逃亡した。彼女がアパートへ行くことを知っていたのは、パーシヴァルだけのはずだった。ロレーンはベルリン支局に行き、ガスコインの部屋に一緒に並んでいる写真があったことをパーシヴァルに告げる。パーシヴァルは余裕の態度で、「友達だと言い忘れていた」と述べた。
ロレーンはソ連の動きを調べるため、KGBの出入りが推測されるクラブを訪れた。彼女はブレモヴィッチに声を掛けられ、「ベルリンでは誰もが何かを探してる。君は何を探してるのかな」と問われる。ロレーンが「みんなが探してる物は、同じなんじゃないかしら」と話していると、デルフィーヌが現れてブレモヴィッチに「彼女と会うのは久しぶりだから、2人だけで話したいの」と告げた。ブレモヴィッチが立ち去ると、彼女はロレーンに「御免ね、助けが必要かと思って」と言う。友人のクラブへ行かないかと誘われたロレーンが断ると、彼女は自分の住所を書いたメモを渡して店を出て行った。ロレーンは時計屋を訪ね、頼んでおいた資料を受け取った。パーシヴァルは時計屋を盗聴し、彼の言葉を聞いていた。
次の日、ロレーンが調査のために東ベルリンへ入ると、すぐにブレモヴィッチが情報を掴んだ。ブレモヴィッチは手下たちに、ロレーンを連れて来るよう命じた。ロレーンは尾行に気付いて劇場に入り、敵と格闘して逃亡した。彼女は協力者のメルケルと接触し、バクティンの気配が無いことを知らされる。バクティンは時計屋へ行き、「見込みのある客がいたら、俺が売る気になったと伝えろ」と話して立ち去る。ロレーンがクラブへ行くと、デルフィーヌの姿があった。彼女はロレーンにキスをして、静かな場所へ行こうとトイレへ誘う。ロレーンはデルフィーヌが隠し持っていた拳銃を奪い、額に突き付けた。
デルフィーヌはロレーンの正体を知っており、ガスコインの件でベルリンに来たことも承知していた。ロレーンが知っていることを話すよう脅すと、彼女は「何も知らない。だけど誰もがリストを欲しがってる」と言う。デルフィーヌはDGSE(フランス情報部)の人間であること、まだ赴任して1年であることを語り、不安を抱いていることを涙目で語った。ロレーンは彼女を部屋へ連れ込み、肉体関係を持った。パーシヴァルはバクティンを見つけて始末し、リストを奪い去った。
翌日、ロレーンはベルリンに来たカーツフェルドと会い、「君を心配したMI6のグレイがCIAに連絡してきた。時間が無い。デルフィーヌは素人同然だ。軽率な行動を取るな」と苦言を呈された。ロレーンはカーツフェルドに渡された番号へ電話を掛け、セントラル・カフェで情報が漏れていたと知らされる。パーシヴァルはロレーンに電話を入れ、「話があるからゲイクラブに来い」と告げる。パーシヴァルは彼女に、「スパイグラスは信用できない。リストを暗記している奴を逃がす」と言う。明日のデモ隊に紛れる作戦にロレーンは反対するが、パーシヴァルが「奴は俺の担当だ」と主張するので受け入れた。
パーシヴァルはロレーンと別れた後、グレイに「サッチェルの正体が分かった。良く知っている奴だ」と連絡した。彼はブレモヴィッチと密会し、「この均衡を保つ方法を教えてやってもいい」と取引を持ち掛けた。ロレーンはパーシヴァルが自分を騙すつもりだと確信しており、そのことをデルフィーヌに話した。次の日、ロレーンとパーシヴァルはスパイグラスと合流し、メルケルの助けを得て計画を実行に移そうとする。パーシヴァルがスパイグラスの妻子を同行させようとするので、ロレーンは「計画に無い」と反対する。しかし「奥さんと子供は俺が見る」とパーシヴァルが約束したため、ロレーンは承知した。
彼女たちがデモ隊に紛れると、待ち伏せていたKGBの殺し屋たちがスパイグラスを狙った。するとメルケルがデモ隊に指示して一斉に傘を広げさせ、スパイグラスが見えないように細工する。パーシヴァルは密かにスパイグラスを撃ち、殺し屋たちに場所が分かるよう仕向けた。ロレーンはスパイグラスを近くのアパートへ避難させ、追って来た殺し屋たち新たなを始末する。彼女は車を奪ってスパイグラスを脱出させようとするが、殺し屋たちが追って来た…。

監督はデヴィッド・リーチ、原作はアントニー・ジョンストン(作)&サム・ハート(画)、脚本はカート・ジョンスタッド、製作はエリック・ギター&ピーター・シュウェリン&ケリー・マコーミック&シャーリーズ・セロン&A・J・ディックス&ベス・コノ、製作総指揮はジョー・ノーゼマック&スティーヴン・V・スカヴェリ&イーサン・スミス&デヴィッド・ギロッド&カート・ジョンスタッド&ニック・マイヤー&マーク・シャバーグ、共同製作はイルディコ・ケメニー&デヴィッド・ミンコウスキー&アンソニー・ジョンストン&ジェフ・モローネ、共同製作総指揮はフレデリク・ザンダー&アンソニー・ミューア、撮影はジョナサン・セラ、美術はデヴィッド・ショイネマン、編集はエリザベット・ロナルズドッティル、衣装はシンディー・エヴァンス、音楽はタイラー・ベイツ、音楽監修はジョン・フーリアン。
出演はシャーリーズ・セロン、ジェームズ・マカヴォイ、ジョン・グッドマン、ティル・シュヴァイガー、エディー・マーサン、トビー・ジョーンズ、ソフィア・ブテラ、ローランド・ムーラー、ヨハンネス・ハウクル・ヨハネッソン、ジェームズ・フォークナー、バルバラ・スコヴァ、ビル・スカルスガルド、サム・ハーグレイヴ、アッティラ・アルパ、マーティン・アンガーバウアー、リリ・ゲスラー、サラ・ナターシャ・ゾンダ、デクラン・ハニガン、バラージュ・レンジェル、ダニエル・ハーグレイヴ、グレッグ・レメンター、ダニエル・バーンハート、ケイル・シュルツ他。


オニ・プレスから発行されているグラフィック・ノベル『The Coldest City』シリーズを基にした作品。
『ジョン・ウィック』で共同監督を務めたスタントマン出身のデヴィッド・リーチが、初めて単独でメガホンを担当している。
脚本は『300 <スリーハンドレッド>』『ネイビーシールズ』のカート・ジョンスタッド。
ロレーンをシャーリーズ・セロン、パーシヴァルをジェームズ・マカヴォイ、カーツフェルドをジョン・グッドマン、時計屋をティル・シュヴァイガー、スパイグラスをエディー・マーサン、グレイをトビー・ジョーンズ、デルフィーヌをソフィア・ブテラ、ブレモヴィッチをローランド・ムーラー、バクティンをヨハンネス・ハウクル・ヨハネッソン、Cをジェームズ・フォークナー、検視官をバルバラ・スコヴァが演じている。

何しろデヴィッド・リーチが監督を務めているんだから、アクションシーン、特に格闘アクションの部分に多くの観客が期待することは当然だろう。
そして実際、この映画の最大、というか唯一と言ってもいいセールスポイントは、格闘アクションにある。
前作の『ジョン・ウィック』が高く評価され、キアヌ・リーヴスが再評価されるきっかけも作ったデヴィッド・リーチだが、今回はシャーリーズ・セロンに「ほぼガチンコ」な格闘をさせている。
っていうか、シャーリーズ・セロンが自ら望んでトレーニングを積み、スタントに頼らずに格闘アクションを担当している。

ロレーンは優秀なスパイで高い戦闘能力を持つ設定だが、「どんな屈強な男を相手にしても余裕で倒すぐらい圧倒的な強さを誇る」というレベルにまで達しているわけではない。
「どんなに強くても、女性だから戦闘能力の高い男が相手だと苦戦を強いられる」というパワーバランスになっている。
だからブレモヴィッチの手下とタイマンで戦った時には全く歯が立たず、充分な反撃も出来ないままに逃亡を選択している。
そのまま粘れば何とかなったかもしれないが、そこは「逃げるが勝ち」ってことだ。

ヒロイン役がロンダ・ラウジーやジーナ・カラーノであれば、「その人が演じているんだから」という部分が問答無用の説得力になる。
しかしシャーリーズ・セロンだと、「彼女が演じているんだから強いのは当然」ってことにはならない。
それでも無敵の強さを誇る女性としてヒロインを描き、荒唐無稽としての面白さを誇張するという方法はある。
それはそれで一向に構わないのだが、シャーリーズ・セロンやデヴィッド・リーチはそういうアプローチを選ばなかった。

ってなわけで、ロレーンは戦闘能力の高い男たちと戦うために、その場にある道具を武器として使ったり、肉体の弱い部分を積極的に攻撃したりする。それでも彼女は苦戦を強いられ、かなりの怪我を負ってしまう。
「実際に女性スパイが男の殺し屋と対峙した場合、どういう戦いになるか」ってのを考えて、格闘シーンを演出しているのだろうと思われる。
まあ実際にそういう状況に置かれたら「まずは逃げるが勝ち」という行動を取るだろうから、完全に現実的な描写とまでは言えない。
ただ、それなりにガチンコっぽく見えるような、痛々しさを感じさせるアクションにしているとは言えるだろう。

デヴィッド・リーチの前作『ジョン・ウィック』は「格闘アクション以外は何も無い」と断言できるぐらい、ストーリーの部分はシンプル極まりない内容になっていた。
しかし、それでも高い評価を受けて世界的に大ヒットしたのだから、そういうのを求める観客が大勢いたということだ。
だから今回の映画でも、ザックリ言っちゃうと「女性版の『ジョン・ウィック』」を作れば、それで観客は充分すぎる満足感を得られたはずだ。

しかしデヴィッド・リーチとシャーリーズ・セロンは『ジョン・ウィック』の二番煎じを嫌がったのか、かなり凝ったことをやろうとしている意識が強く感じられる。
それは大まかに言うと、「本格スパイ映画としての面白さ」ってことになるだろう。
MI6、CIA、KGB、DGSEといった各国の諜報組織が複雑に入り乱れ、それぞれの思惑を秘めて行動する。
同じ組織でも一枚岩とは言えず、「誰を信じればいいのか、何が真実なのか、どんどん分からなくなっていく」という謎めいた物語を構築しようとしていることが窺える。

つまり本作品は、そういうシンプルとは真逆の部分を堪能することを観客に求めている。物語の全貌はなかなか掴めず、ミステリーを深く広く掘りながら進行していく。
登場した時点では素性が全く分からない人物もいるし、表向きの素性とは別の顔を持つ人物も登場する。何を考えているのか分からない人物もいれば、行動の意味が読めない人物もいる。
解き明かすべき謎は1つに限定されておらず、分からないことが幾つもある状態のままで時間は進んでいく。
しかし残念なことに、そういったミステリーとしての仕掛けがアクション映画としての面白さを完全に妨害する結果となっているのだ。

取調室へ出向いたロレーンがベルリンでの出来事を報告するという形で回想劇にしている構成からして、大きなマイナスだ。何度も取調室のシーンへ戻ることになるのだが、それが話の流れを止めてテンポを悪くしている。
そして多くの登場人物が複雑に入り乱れるベルリンの出来事は、何が何だか良く分からない。「ミステリーだから分からないのは当たり前」ってことじゃなくて、無駄に分かりにくいのだ。
一応は後から解答編のパートがあるのだが、それで全てが腑に落ちるわけではない。脚本としての答えが提示されても、それ以外の部分で「あれは何だったのか」と疑問に感じる事柄が色々と残ってしまうのだ。
1つ具体例を挙げると、パーシヴァルが何をやりたかったのかサッパリ分からないんだよな。

たまに格闘アクションが訪れて高揚感を喚起するのだが、すぐに終わって本格スパイ物のパートへ戻る。これの繰り返しで、最後まで映画は進行する。
そのため、もっとシンプルに格闘アクションを満喫させてくれよ、テンポ良く進めて話に入り込ませてくれよと言いたくなる。
「ミステリーで話に入り込めるんじゃないのか」と思うかもしれないが、そこが大きな問題だ。
残念ながらミステリーが観客をグイグイと引き込む力を発揮できておらず、むしろ混迷が強すぎて退屈に誘おうとするのだ。

ちょっと調べてみると、原作のグラフィック・ノベルは決してアクションを重視した内容ってわけじゃないのよね。
原作のアイデアに興味を持ったシャーリーズ・セロンが企画を進め、映画化に際してアクション第一主義の内容に変化させているのだ。
そう考えると、むしろアクションの方が原作の持ち味を邪魔していると言えなくもないわけだね。
「両方の魅力を両立させられれば傑作になる」と踏んだのかもしれないけど、それは失敗に終わったってことだね。

最後に完全ネタバレを書いておくが、サッチェルの正体はロレーンだ。しかも彼女はKGBと通じている二重スパイと見せ掛けて、実はCIAに所属する三重スパイだ。
そこは本作品の最も大きな仕掛けであり、「このドンデン返しは驚きでしょ」と自信満々だったに違いない。
でも、それって「ドンデン返しのためのドンデン返し」になっちゃってんのよね。目的を果たすための手段じゃなくて、それ自体が目的化しているのよ。
最後の最後で「実は」と種明かしをされても、「だから何なのか」と冷めた感想しか出て来ないわ。

(観賞日:2019年3月5日)


2017年度 HIHOはくさいアワード:第8位

 

*ポンコツ映画愛護協会