『ANNA/アナ』:2019、フランス&アメリカ

1985年、モスクワ。潜伏中だったCIAの諜報員が、KGBによって一斉に捕まった。CIA本部には、捕まった諜報員たちの生首が箱に届いた。1990年11月、モスクワ。パリのモデル事務所からスカウトに来ていたサミーは、市場の土産物店で働くアナに声を掛けた。アナが「大学の生物学科で忙しい」と言うと、彼は「学生モデルもいる。全て面倒を見る」と口説いた。パリのモデル事務所を訪ねたアナは、サミーからマネージャーのドロテや社長のジョンを紹介された。
ドロテはアナを寮に案内し、モデルのインゲ、ペトラ、ソニア、レナータ、モードに紹介した。翌日から仕事が始まり、アナは偉そうなカメラマンと会った。仕事を終えて寮に戻った彼女は、勝手に部屋を使うモデル仲間に苛立った。アナはモードの部屋に行き、ベッドの隣で眠りに就いた。パーティーに出席したアナは、ジョンから共同経営者の1人であるオレグを紹介された。オレグはアナに同郷だと告げ、ディナーに誘った。
アナはオレグと交際を始めるが、2ヶ月が経ってもキスしか許さなかった。先へ進むことを求められた彼女は、「不安なの。もっと貴方のことを話して。本業は何なの?もしかしてスパイか何か?」と言う。「貿易商だと言っただろ。たまに法律を超えるぐらいだ」とオレグが語ると、アナは詳しく話すよう求めた。オレグが「被制裁国に物資を届けてる。武器もだ」と明かし、具体的な国名も列挙した。アナは「トイレに行く」と席を外し、戻って来るとオレグに拳銃を向けて発砲した。
3年前、アナはペーチャという酒浸りのチンピラと同棲していた。ホームレスだったアナはペーチャに拾われたが、些細なことで罵られる日々を送っていた。貧しい生活の中で、ペーチャは「いい儲け話がある」と彼女に持ち掛けた。買い物に出たアナは帰り道、盗難車を運転するペーチャから「儲け話がある。乗れよ」と誘われた。車には男2名と女1名が乗っていたが、アナは全く知らない連中だった。ATMを見つけたペーチャたちは、暴行してトランクに監禁していた車の持ち主を連れ出した。彼らは運転手を脅し、カードを使って口座から金を引き出そうとする。そこへ警官が現れ、撃ち合いになった。
ペーチャは仲間1人を撃ち殺され、アナを乗せて車で逃亡する。衝突事故を起こして車が横転すると、アナとペーチャはアパートに帰った。するとKGBのアレクセイ・チェンコフが待ち受けており、ペーチャを射殺した。彼はアナが海軍に志願したこと、英語が話せること、父が大尉だったこと、士官学校を17歳で退学したこと、チェスが得意であることを知っていた。アレクセイはアナに、「君には育てたい資質がある。再出発しないか」と持ち掛けた。
アレクセイが「軍事訓練を1年、現場勤務を4年」と告げると、アナは「その後は?」と質問する。「5年経てば自由だ」とアレクセイが返答すると、アナは「受ける気は無い」と手首を切って自殺を図る。しかし「人生をくれた両親に、恩を仇で返すのか。自分を信じろ」とアレクセイから言われた彼女は、生きることにした。3年後、アナはオレグの殺害事件でCIAに連行され、レナード・ミラーの取り調べを受けた。ホテルにいたことを指摘されたアナは、「ラウンジで待っていたが彼は現れなかった」と証言した。
6ヶ月前、アレクセイは上官のオルガにアナを紹介し、資料を見せた。オルガは「欲しい人材じゃない。ハニー・トラップ以外に使い道が無い」と冷たく言うが、アナが知性を披露すると「試しに預かる」と告げた。彼女はレストランにいる男の写真をアナに見せ、携帯電話を奪って裏口から脱出するよう指示して拳銃を渡した。店に入ったアナは男を射殺しようとするが、拳銃に弾丸は入っていなかった。彼女は男のボディーガードに襲われるが反撃し、銃を奪って戦った。
車で待っていたオルガは、6分が経過すると「時間切れよ。任務に失敗した者には興味ない」とアレクセイに告げて発進させた。敵を全て始末して店を出たアナは、オルガの部屋へ赴いた。「5分と言ったのに5時間も掛かった」と指摘された彼女は、「銃が空だった」と抗議する。オルガは「道具は点検しなきゃ」と静かに告げ、自分が体験した過酷な訓練の内容を教えた。彼女はアナを新居に案内し、14日の準備期間で覚えるための資料を渡した。
アレクセイはロシアへモデルのスカウトに来たサミーに接触し、市場へ行くよう勧めた。オルガはサミーを監視し、部下に命じてアナの元へ誘導させた。アナがパリに着くと、オルガは事務所を監視した。アナはオルガに連絡を入れ、モードと深い関係になったことを知っている彼女から「男避けになるから別れなくていいけど、仕事に響かないようにね」と釘を刺された。オレグを射殺したアナは影武者と入れ替わり、ホテルで監視していた2人のCIA局員を始末した。彼女はCIAが撮影していたビデオテープを抜き取り、ホテルを去った。
アナはオルガに連絡を入れ、モスクワへ戻るよう指示された。モスクワに戻ったアナは、アレクセイと激しい情事に及んだ。アナはオルガからKGBのワシリエフ長官に紹介され、5年で自由になる約束を確認する。ワシリエフは今後もKGBのために働くよう命じ、拳銃で脅した。アナがパリに戻ると、モードが同棲のための新居を用意していた。アナはアレクセイに電話を入れ、約束が守られないことへの憤りを口にした。アレクセイが「チャンスを待て。生きていれば時が解決する」となだめると、アナは「私が自由になる方法を見つけたら、その時は味方をして」と告げる。アレクセイが「最善を尽くす」とだけ答えると、アナは電話を切った。
アナはモデルの仕事が長引くと、カメラマンを暴行してスタジオを去った。彼女は連絡役から資料を受け取り、ホテルでオルガと会った。今回の標的は、ドイツ人外交官のヴュルテンベルクだった。オルガはコールガールとしてアナを差し向ける手配を済ませており、鞄と鍵と書類と指紋を持ち帰るよう指示した。部屋に赴いたアナは、洗面所に隠されていた拳銃を見つけた。アナはオルガの元へ戻るが、12分も掛かったことを指摘された。さらに人差し指が無いと言われたアナは、自分のミスだと認めた。オルガは置き忘れた腕時計も持ち帰るよう命じ、アナを送り出した。しばらくすると、アナは切断された人差し指を持って戻って来た。
オルガから「どうしたの?」と訊かれたアナは、「疲れちゃって」と答える。オルガは彼女に、1週間の休暇を与えた。モードとバカンスに出掛けたアナは、戻ってからモデルと殺し屋の仕事に励んだ。何度も殺しを重ねた彼女はモスクワに呼ばれ、ワシリエフの元へ赴いた。ワシリエフはアナとチェスを打ちながら、「初めは信用していなかった。オルガが君に勲章を与えろと言っている。式典は無いが、孫の代まで恩給が貰える」と話す。アナはチェックメイトを宣告し、拳銃を取り出してワシリエフを射殺した。
6ヶ月前、アナはヴュルテンベルクを射殺しようとするが、拳銃は空砲だった。部屋にはレナードが部下を従えて待ち受けており、アナは捕まった。レナードから二重スパイになるよう脅しを掛けられたアナは、保護と自由を要求した。レナードはアナが求めたハワイでの生活を約束し、今後はCIAの保護下に入ると告げた。オルガの元へ戻ったアナは、人差し指が無いことを指摘された。戻って来たアナから説明を受けたレナードは、ヴュルテンベルク役の男を取り押さえて人差し指を切断した…。

脚本&監督はリュック・ベッソン、製作はマーク・シュミューガー&リュック・ベッソン、撮影はティエリー・アルボガスト、美術はユーグ・ティサンディエ、編集はジュリアン・レイ、衣装はオリヴィエ・ベリオー、音楽はエリック・セラ。
出演はサッシャ・ルス、ルーク・エヴァンス、ヘレン・ミレン、キリアン・マーフィー、レラ・アボヴァ、アレクサンドル・ペトロフ、ニキータ・パヴレンコ、アナ・クリッパ、アレクセイ・マスロドゥドフ、エリック・ゴードン、イヴァン・フラネク、ジャン=バティスト・ピュシュ、アドリアン・チャン、アリソン・ウィーラー、アンドリュー・ハワード、ジャン・オリヴァー・シュローダー、ルイーズ・パーカー、サッシャ・ベリアエヴァ、グレタ・ヴァルリーズ、ローレン・デ・グラーフ、ミハイル・サフロノフ、マリア・ルス他。


『LUCY/ルーシー』『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』のリュック・ベッソンが脚本&監督を務めた作品。
アナ役のサッシャ・ルスは、『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』にも出演していたロシア出身のスーパーモデル。
アレクセイをルーク・エヴァンス、オルガをヘレン・ミレン、レナードをキリアン・マーフィー、モードをレラ・アボヴァ、ぺーチャをアレクサンドル・ペトロフ、ワシリエフをエリック・ゴードン、サミーをジャン=バティスト・ピュシュ、ジョンをアドリアン・チャンが演じている。

リュック・ベッソンは女闘美が好きで、さらに言うとモデルを抜擢して主演に起用するのも好きな人だ。
『フィフス・エレメント』ではモデル出身のミラ・ヨヴォヴィッチをヒロインに抜擢し、続く『ジャンヌ・ダルク』では主演に起用して結婚までした。
『アンジェラ』のリー・ラスムッセンや『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』のカーラ・デルヴィーニュも、やはりモデル出身だ。
『ニキータ』のアンヌ・パリローや『LUCY/ルーシー』のスカーレット・ヨハンソンはモデル出身ではないが、いずれも女闘美映画だ。
そういうのがホントに好きなんだねえ。

アナとペーチャは車が衝突事故を起こして激しく横転しても、なぜか軽傷だけで済む。そして警察に捕まることもなく、普通に自宅まで戻れている。
そもそも、そんなトコでアナが同乗しているだけのカーアクションなんか要らんよ。
そんで1985年のシーンがあり、そこから1990年に飛ぶ。アナがオレグに発砲すると、3年前に戻る。彼がアレクセイと会うと、3年後に飛ぶ。アナがレナードの取り調べを受けると、6ヶ月前に戻る。
そのように、序盤から何度も時間の跳躍があったり時系列を行ったり来たりする構成になっている。
だが、これは何のプラス効果も無くて、ただ無駄にややこしくしているだけだ。

アナがアレクセイにスカウトされても手首を切って自殺を図るのは、何の意味も無い手順だ。スカウトされた時点で受ける展開にしても、まるで支障は無い。
「一度は拒否して自殺を図るが、アレクセイの言葉で翻意する」という手順を入れたことで、ドラマやアナのキャラに厚みが出るようなことは何も生じていない。
アレクセイの言葉にも、翻意させる説得力なんて感じないし。
その程度で翻意するぐらいなら、最初から提案を受けておけよ。

「アナがオルガに渡された拳銃に弾丸が入っていない」という設定は、まるで意味が無い。弾丸が入っていても、同じようなアクションシーンは作れるし。
そこでアナが任務に失敗したら色々と面倒だし、KGBとしても何の得も無いだろうに。
「弾が入っているか確かめないのが悪い」「アナの実力を調べるため」ってのは分かるけど、段取りだけが先走って中身が追い付いていない。
あとアレクセイがオルガにアナを紹介して「欲しい人材じゃない」と言われるシーンがあるけど、ってことは組織や上官が知らないトコで勝手に育てていたのかよ。どういう組織なんだよ、それは。

アナはオルガに指示されたレストランの仕事が最初の任務のはずなのに、何の躊躇も無く大勢を殺している。訓練されたボディーガードと戦い、全員を倒せる戦闘能力の高さも披露している。
どんな訓練を積んだら、そんな風になるのか。ド素人だった彼女が凄腕のスパイになる変化の経緯は、スッパリと省略されている。
っていうかアレクセイが言うように、最初の任務としては内容がキツすぎるだろ。失敗の可能性が高すぎるだろ。
そんなことやってたら、優秀なスパイが育たないぞ。

アナがレナードの取り調べを受けてから6ヶ月前に戻ると、これまでの経緯を追いながら、「実は裏でこんなことしてました」ってのが描かれる。一応は、まだ描かれていなかった裏側を明らかにする構成になっているわけだ。
ただ、もうアナがKGB諜報員ってのは分かっている。
この手の映画を良く見ている人からすると、ありがちな展開ばかりなんじゃないだろうか。
ザックリ言うと、予定調和の連続であり、意外な真相なんてモノは何も見られないのだ。

それまでに提示されていなかった情報が、何一つとして出て来ないわけではない。
例えば、アナが影武者と入れ替わり、ホテルにいたCIA局員を射殺してテープを抜き取っていたことなんかは、6ヶ月前に戻って初めて明かされる情報だ。
ただ、それが明らかになったところで、先程まで描かれていた物語に新たな解釈が生じることは無いんだよね。
そりゃあ、「実はレナードの取り調べを受ける前からCIAが監視していたのは分かっていた」ってことは分かるけど、そんなの先に描いちゃっても別にいいんじゃないかと思うのよ。

ただし、じゃあ時系列を遡る構成が無意味なのかというと、そういうわけではない。最初からアナをKGB諜報員として登場させず、モデルとしてスカウトされるトコから始める構成には、ちゃんとメリットがある。
先に「モデルとしてのアナ」から始めておかないと、「表向きはモデルとして活動している」という設定が無意味になっちゃうのだ。
「実は諜報員」と明らかにした後もモデル活動の様子が何度か挿入されるが、それは物語を面白くする要素としては全く機能していないことからも、それは明らかなのだ。
アナの裏稼業だけ描いても、何の問題も無いのだ。

アナがヴュルテンベルク外交官を始末する任務を遂行するシーンでは、拳銃を構えて引き金を引いた途端にカットが切り替わり、待っているオルガの様子が写し出される。
この構成によって、「これは何か裏があるんだろうな」ってことはバレバレになっている。
オルガとアナが「12分掛かった」「抵抗された」という会話を交わすんだけど、そういうことなら、「アナが外交官に抵抗された」という出来事を描いていないのは不自然極まりないしね。

そして「アナがミスを犯して再び外交官の部屋に戻る」という展開によって、勘のいい人なら「これは外交官を始末してないな。アナは組織を裏切っているんじゃないか」ってことにも気付くかもしれない。
その前にワシリエフが「ずっと組織のために働け」と脅したり、アナがアレクセイに不満を吐露したりする様子が描かれて、アナが自由になりたがっていることもハッキリとアピールされているしね。
分かりやすいヒントが出ているのよ。
何度も過去に遡って「実は裏でこんなことがありました」と明かす趣向が肝になっているはずなのに、それにしてはヒントを与え過ぎている。

CIAの諜報員が一斉に始末される冒頭シーンは何の意味があるのかと思ったが、レナードがアナにワシリエフの殺害を依頼する時になって繋がって来る。
冒頭で届けられた諜報員の生首を見ているのがレナードなのだが、「その作戦を指揮したのがワシリエフなので復讐してくれ」ってことでアナに仕事を依頼するのだ。
ただ、それが分かっても、「冒頭シーンは無くてもいい」という気持ちは変わらないぞ。
そんな過去なんて無くてレナードがワシリエフの殺害を依頼する設定でも、一向に構わないのよ。ワシリエフを始末する理由なんて、別に何だっていいんだからさ。

完全ネタバレだが、終盤にはアナがオルガに撃たれる展開が待ち受けている。そこから3ヶ月前に遡り、「実はアナがレナードと接触していたことをオルガは知っており、情報を流すよう命じていた」ってことが明かされる。
そしてオルガは自分が長官になるためワシリエフの殺害を容認したこと、アナを射殺したように偽装して彼女に自由を与えたことも明かされる。そして最後は、「アナが保険として会話を録音していた」ってのも明かされる。
でも、その辺りは「とにかく捻った展開を用意する」ってことだけに視野が狭くなっていると感じる。
本来なら映画を面白くするための手段じゃなきゃいけないのに、「凝ったことをやる」ってのが目的化しちゃってるのよ。

(観賞日:2022年6月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会