『アンジェラ』:2005、フランス

28歳で独身のアンドレ・ムサは、アメリカからパリへやって来た。彼はギャングに取り囲まれ、4万ユーロの借金を今夜中に返済するよう迫られた。「明日は命が無いぞ」と脅された。さらに彼は、ギャングのボスであるフランクにエッフェル塔で捕まった。「パスポートもカードも無くしたんです」とアンドレは釈明するが、フランクは子分にエッフェル塔から突き落すよう命じた。アンドレが必死で命乞いすると、フランクは午前0時までに返済するよう釘を刺した。
アンドレはアメリカ大使館へ行き、助けを求めた。しかし彼には詐欺罪の前科があったため、一等書記官は「力になれない。警察に盗難届を出しなさい」と告げる。アンドレは強気の態度で「俺には国家の保護を受ける権利がある」と主張するが、逆に「重犯を繰り返す場合はビザを没収できる」と説明されて何も言えなくなった。「出て行かないと警備員を呼ぶ」と告げられ、アンドレは大使館を後にした。
アンドレは警察署へ行き、「大金を借りて、返さないと殺される。牢に入れてもらえないか」と警官に頼む。「テレビ番組の企画か?」と警官が訊くので激昂して怒鳴り散らしたアンドレは、警察署から追い出された。アンドレはアレクサンドル三世橋に行き、セーヌ河へ飛び込もうと考える。しかし彼より先に、アンジェラという美女が河へ飛び込んだ。慌ててアンドレは後を追い、彼女を助けた。アンドレは「身投げも出来ない。また振り出しだ」と腹を立て、アンジェラに怒鳴り散らした。
身投げの理由を問われたアンジェラは、「貴方と同じよ」と言う。荒れるアンドレに対し、アンジェラはクールな態度で「それで私たち、どうする?目的があって助けたんでしょ」と訊く。アンドレは「本能的に飛び込んだだけだ。放っておいてくれ」と言い、その場を去ろうとする。しかしアンジェラが再び身投げする可能性を口にするので、「考え直せ」と説く。アンジェラが「分かったわ」と告げると、彼は「誰かに身を捧げろ」と述べた。
「貴方に身を捧げたら、何をする?」とアンジェラに問われたアンドレは、困惑しながらも「やることは1つ」と答えた。すると彼女は、「いいわ。何でも言う通りにする。私は貴方の物」と告げた。冗談だと思ったアンドレがキスを要求すると、すぐに彼女は唇を重ねた。アンドレが服を着替えて「ビジネスに戻る」と言うと、アンジェラは「その前に朝食よ。お腹が空いて死にそう」と述べた。駅のカフェで食事をしている最中。アンジェラは「見て、南仏へ行く列車よ。今から一緒に行きましょう」と誘った。
「行けない。問題がある」とアンドレが告げると、アンジェラは「私に手伝える?」と訊く。アンドレは「俺の傍にいればいい。恋人だと思って、奴らは驚くぞ」と言い、彼女を伴ってフランクの事務所を訪れた。彼は「近々、アルゼンチンから金が届くんです」と説明するが、フランクから馬鹿にされただけだった。アンジェラは「私なら喜ばせることが出来る」と言い、フランクに交渉を持ち掛けた。
上のサロンで5分の交渉を終えたアンジェラはアンドレに「お礼に貰った」と2万ユーロを渡し、借金を帳消しにしたことを告げた。「何をしたんだ?汚い金なら受け取れない」とアンドレが言うと、彼女は「どこから来た金かなんて考える?だったら私から出たのよ」と渡す。アンドレはアンジェラと言い争うが、結局は金を受け取った。アンジェラは彼に、いい考えが浮かぶよう深呼吸することを勧めた。
アンジェラは遊覧船を見つけると、一緒に乗ろうと誘った。最初は嫌がったアンドレだが、結局は承諾した。アンジェラからリラックスするよう促されたアンドレは、苛立った様子で「金の悩みは無いのか」と問い掛ける。「全く無いわ」と彼女が言うと、アンドレは「俺は悩みを抱えてる。あれじゃ足りない」と語る。するとアンジェラは「もっと作ればいい。幾らあれば幸せになれる?全部で借金は幾ら?」と尋ねる。「利子を入れて5万だ」とアンドレが言うと、彼女は「不可能じゃないわ。音楽に乗って働くのよ」と述べた。
アンジェラはクラブヘ行き、踊っている男に「トイレでセックスしない?1000ユーロで最後までよ」と持ち掛けた。男が誘いに乗ると、彼女はカウンターにいるアンドレに金を渡すよう指示した。アンドレはトイレへ行き、アンジェラの名を呼んだ。個室から返事が聞こえると、彼は「俺のためにこんな真似をするな」と言う。アンジェラが「お金が必要なんでしょ」と口にすると、「俺にもモラルは残ってる。こんなことは駄目だ。すぐに出て来い」と彼は要求する。しかしアンジェラに「私のためにやってるのよ。貴方は外で待ってて」と説得され、アンドレはカウンターへ戻って酒を煽った。
その後もアンジェラは次々に男を誘い、アンドレに金を払わせてトイレへ向かった。悪酔いしたアンドレは、ある男が金の支払いに来た時に「もう終わりだ」と告げた。男を侮辱する言葉を浴びせたアンドレは、鼻を殴られて出血した。アンドレはアンジェラを連れてペドロの営むストリップ・バーへ出向き、借金の2万ユーロを返した。するとペドロは、「お前の再出発に手を貸そう。ブルータスという俺の馬が20分後に走る。賭け率は30対1だが、本命の3頭に細工した」と語った。
ペドロから「俺の馬には興奮剤を食わせたから楽勝だ。3レースの7番で大儲けだぞ」と聞かされたアンドレはアンジェラを連れて馬券売り場へ行き、ブルータスに全額を突っ込んだ。しかし先頭を走っていたブルータスは途中で失速し、そのまま惨敗した。たちまち一文無しに逆戻りしたアンドレに、アンジェラは食事を取ろうと提案する。彼女が念のために取っておいた1枚の紙幣を見せると、アンドレは「俺が預かる」と奪い取った。
アンドレはアンジェラに八つ当たりし、「昨日から小言ばかりだ。なぜ俺の前に現れた?」と言う。するとアンジェラは「空から落ちたの。そこに住んでた」と話す。困惑するアンドレに、彼女は「私は天使なの」と告げる。アンドレは全く信用せず、羽を見せるよう要求した。するとアンジェラは、「羽を広げるのは使命を果たして帰る時よ。貴方が馬鹿だから任務が終わらない」と語った。「任務って?」という質問に、彼女は「貴方を救うこと。貴方は自分を欺いてる。自分を恐れてる。貴方が内面を知り、それを受け入れる手助けをするために私は来たのよ」と説明した。
アンドレが「突拍子も無い話だ」と馬鹿にして笑うと、アンジェラは「最悪だわ。自分の半身に拒絶され、任務を果たせずに帰るなんて」と泣き出した。「人は目で見た物しか信じない。奇跡を信じなくなった」とアンドレは告げ、証拠を要求する。彼が「お前を信じさせてくれたら、俺は自分を信じる」と話すと、アンジェラは「誰にも言わないで」と約束させてから、灰皿を浮遊させたり吸い終えた煙草を復活させたりした。「なぜ俺だ?」とアンドレが訊くと、彼女は「私が決めたんじゃないわ。貴方の内面は美しい。それを教えに来たの。私は貴方の影。私は貴方」と語る…。

監督はリュック・ベッソン、脚本はリュック・ベッソン、撮影はティエリー・アルボガスト、編集はフレデリック・トラヴァル、美術はジャック・ビュフノワール、衣装はマルティーヌ・ラパン、音楽はアンニャ・ガルバレク。
出演はリー・ラスムッセン、ジャメル・ドゥブーズ、ジルベール・メルキ、セルジュ・リアブキン、オリヴィエ・クラヴリー、フランク=オリヴィエ・ボネ、ローラン・ジュムークール、ミシェル・シェノー、グレゴリ・マヌーコフ、アラン・ゼフ、アキム・カラー、ロイク・ポーラ、ジェローム・ゲドン、ジル・ミラン、トニオ・・デッサンヴェル、エリック・バリエット、ミシェル・ベロ、ジャン=マルコ・モンタルト、ソランジュ・ミヨー、ヴィーナス・ブーン、トッド・M・セイラー他。


リュック・ベッソンが『ジャンヌ・ダルク』以来、6年ぶりに監督を務めた作品。
その6年間は何もしていなかったわけではなく、この作品の後に公開された『アーサーとミニモイの不思議な国』から始まる長編アニメ映画3部作の製作に掛かりっきりになっていたのだ。
ちなみに、ベッソンは“アーサー”シリーズで監督業から引退すると宣言していたが、後に撤回した。
アンジェラをリー・ラスムッセン、アンドレをジャメル・ドゥブーズ、フランクをジルベール・メルキ、ペドロをセルジュ・リアブキンが演じている。

小柄なアンドレと大柄なアンジェラは、見た目の対比としては面白いのだが、その体格差が映画の面白さに繋がっていない。
最初に身長差をハッキリと分からせるツーシヨットを見せるシーンがあるが、そこが出オチのような状態になっている。しかもアンジェラがデカすぎることは、「キュートな魅力に欠ける」という部分のマイナスに繋がっている。
そりゃあリー・ラスムッセンはモデルだからスタイルはいいし美女ではあるのだが、アンジェラというキャラクターには「妖艶さ」や「大人っぽさ」だけじゃなくて、もっと「可愛らしさ」というイメージが欲しいんだよね。
まあ、そこは完全にベッソンの女性の趣味が出ている部分なんだけどさ。
でも、例えば別れた奥さんであるミラ・ジョヴォヴィッチだったら、可愛い部分も感じさせると思うんだよな。

これはリュック・ベッソン版の『ベルリン・天使の詩』である。
『ベルリン・天使の詩』では天使の男が人間の女に惚れたが、この映画では人間の男が天使の女に惚れる。
ヴィム・ヴェンダースは『ベルリン・天使の詩』で天使のダミエルに自身を投影し、リュック・ベッソンは本作品でアンドレに自身を投影した。
『ベルリン・天使の詩』のダミエルは他人とコミニュケーションが取れない男だったが、アンドレは自分に自信が持てない男だ。
ダミエルはマリオンという女性を愛し、人間になることを選んだ。アンドレは天使のアンジェラを愛し、彼女を人間にすることを選んだ。

ヴィム・ヴェンダースは『ベルリン・天使の詩』で「女に惚れた男が生き方を変える」という話を描き、リュック・ベッソンは本作品で「女に惚れた男が生き方を変える」という話を描いた。
『ベルリン・天使の詩』のダミエルはコミニュケーション能力が欠如しているので、惚れた女のお喋りを延々と聞き続けた。それはヴィム・ヴェンダースの女に対する接し方でもある。
しかしリュック・ベッソンはヴィム・ヴェンダースと違って、女を口説くことが出来る男だ。だからアンドレは話を聞く一方ではなく、アンジェラと会話を交わす。
ただし、「まるで心に響かないゴタクを並べまくる退屈な映画」という部分は共通している。

この映画は白黒フィルムで撮影されている。途中でカラーに変化するような仕掛けなのかと思ったら、最後までモノクロだった。
リュック・ベッソンの長編監督デビュー作『最後の戦い』はモノクロだったから、原点回帰のような意味合いがあるのかもしれない。
ただ、そこに白黒で作る意味を感じ取ることが出来ない。あえて言うなら、「何となくオシャレっぽく見えるから」という程度でしかない。
で、そのオシャレっぽさって、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」の部類に入るモノだと思うのよね。そこに「風味」を感じることも出来ない。
リュック・ベッソンは良くも悪くも「B級娯楽映画」の世界に染まり切ってしまい、もう「ゲージツ映画」を撮るセンスなんて完全に忘れてしまったのだろう。

アンドレはテメエがギャングから大金を借りて返済していないのが悪いのに、大使館員や警官が助けてくれなかったら罵倒したり批判したりする。
アンドレは詐欺罪で捕まっている前科もあるわけで、まるで同情の余地が無い。「そりゃ自業自得でしかないぞ」という男である。
ギャングから大金を借りた事情、ずっと返済しなかった事情について詳しい説明でもあれば、そこに同情できる要素があるのかもしれないが、何も説明が無いしね。
だから自害しようとするところまで追い詰められても、やはり同情心は1ミクロンも沸かない。

アンドレは飛び込もうとして空を見上げ、「死んでやる。それが望みだろ。なぜ見捨てる」と神まで批判するが、「まるっきりテメエで撒いた種じゃねえか」と言いたくなる。
『素晴らしき哉、人生!』のジョージ・ベイリーとは大違いで、こいつには「助けてあげたい」と思わせる要素が全く備わっていないのだ。
主人公に共感させるってのは、実はものすごく重要な要素なんだけど、すんげえテキトーに処理してしまっている。
リュック・ベッソンはヨーロッパ・コープで雑な脚本ばかり書いている間に、そういうトコを繊細に描く感覚を完全に忘れてしまったようだ。

アンジェラに助けてもらいまくっても、アンドレは何も変わらない。せっかく借金をチャラにしてもらっても、競馬で大儲けできるという詐欺に引っ掛かって調子に乗って金を突っ込んで一文無しになる。
それに懲りて、アンジェラが天使だと認めた後はようやく改心して変化するのかと思いきや、まだ彼はホットドッグ屋台で金を払わずに詐欺を働いている。そして店主に掴み掛かられると、アンジェラに助けてもらっている。
クズであるアンドレはクズのままで、根本的な部分は全く変わっていない。ただ単に「アンジェラを本気で愛し、彼女をモノにするという目的のためだけにはマジで頑張る」という部分を見せられても、それでアンドレの溜め込んだ好感度の大きな負債が全てチャラになるわけではないよ。
っていうか百万歩譲ってチャラになったとしても、それでようやくゼロになるだけであって、魅力的な男に成り上がるわけではないし。

終盤、アンドレはアンジェラから本音を言うよう促され、フランクに対して強気の態度を取っているけど、それは人間的成長としては受け取れないしね。
アンジェラが付いているから強気に出られるんだし、強気に出たから何なのかって話だし。
「初めてやり遂げたぞ」と興奮しているが、何もやり遂げちゃいねえよ。
そもそもフランクから借金して返済しなかったのは事実なんだから、なんで偉そうな態度を取れるのかと言いたくなるし。

リュック・ベッソンは『ジャンヌ・ダルク』の後、5年間に渡って“アーサー”シリーズを製作していた。
それは初めての作業が多い仕事であり、ベッソンはフラストレーションを溜め込んでしまった。
そんな中で撮った本作品は、「ストレス解消」という意味合いを持っていた。
だからベッソンは、この映画に自分の願望を詰め込んでいる。「こんな女がいたらいいよなあ」という中学生チックな男の妄想を、何の迷いも無く堂々と描き切っている。

アンドレはギャングに多額の借金をして返せなくなり、自殺を考えるほど追い詰められる。そこへ美人のアンジェラが現れ、ギャングと交渉して借金をチャラにした上、2万ユーロまで手に入れてくれる。まだ借金があることをアンドレが言うと、アンジェラはクラブで金を稼いでくれる。
屋台の男と揉めた時も、ギャングの手下たちと揉めた時も、トラブルがあれば全てアンジェラが片付けてくれる。
アンドレは競馬で全額を失うが、アンジェラは決して見捨てたりしない。それどころか天使としてのルールを破ってまでも、彼のために尽くしてくれる。借金の問題を全て解決し、ギャングとのトラブルも残らない形にしてくれる。
おまけにアンジェラはアンドレを本気で愛し、最後は天上へ戻らず人間として彼の傍に残ってくれる。つまらない男でも批判せず、ありのままを愛してくれる。
ようするに、これは「リュック・ベッソンが気持ち良くなるための映画」なのである。

(観賞日:2015年5月11日)


2006年度 文春きいちご賞:第9位

 

*ポンコツ映画愛護協会