『エージェント・ウルトラ』:2015、アメリカ&スイス

マイク・ハウエルは手足を手錠で拘束され、顔が腫れ上がった状態で取調室にいた。CIA幹部のクルーガーがマジックミラーの向こう側から観察する中、局員が尋問を始めた。全ての始まりは3日前、ウエストバージニア州リマンだった。マイクは恋人のフィービーと同棲中で、彼女と出会う前の人生は何も覚えていなかった。彼はプロポーズを計画し、指輪を買ってハワイ旅行へ出掛けようとする。しかし彼はパニック発作を起こして空港のトイレで吐いてしまい、車で町へ戻った。
マイクは「今回こそは自信があったのに、ごめん」と詫びるが、フィービーは全く怒らなかった。ワッツ保安官が停止を要求したので、ドラッグを所持しているマイクは焦る。ワッツはマイクがパニック発作でハワイ旅行に行けなかったことを悟り、「またか」と呆れたように告げる。彼はマイクがドラッグの常習犯だと知っていたが、そのまま行かせた。帰宅したマイクはオムレツを作り始めるが、プロポーズを妄想している内に火事が起きそうになった。フィービーは慌てて火を消し、マイクは謝罪した。
マイクはスーパーで働いているが、客が少なくて暇なので猿が主役の漫画を描いている。そんな彼の様子を、CIA本部が衛星を使って監視していた。マイクはウルトラ計画の被験者だが、主導したヴィクトリア・ラセターは降格させられていた。彼女は声を変えた男からの電話を受け、マイクが24時間以内に殺害されると知らされる。「保護する約束よ」とラセターが抗議すると、男は「作戦は進んでる。親切で教えただけだる邪魔をするな」と告げた。
ラセターは自分の後釜として昇格したエイドリアン・イェーツの元へ行き、作戦について問い詰めた。イェーツが「君には関係ない」と突き放すと、ラセターは「彼は我が子同然よ」と抗議する。「出来損ないだろ」とイェーツが冷淡に言うと、「だったら、なぜ狙うの?」とラセターは質問する。「プログラムを中止したのは君だ」というイェーツの指摘に、彼女は「あの計画で人を傷付けたからよ」と述べた。マイクを殺さないようラセターが頼むと、イェーツは「不用品の処分だ。町を出たがる奴は処分する」と語った。
翌日、マイクは早朝に家を出ると、友人である麻薬ディーラーのローズと合流した。マイクはプロポーズのために花火の手配を頼んでおり、それをローズから受け取った。その夜、彼がスーパーで働いているとラセターが客として現れ、「戦車は進む。マンデルブロ集合が動く。コーラスは破られ、ボールを受け止める」と繰り返した。マイクは意味が分からず、ラセターを不審者と捉えた。ラセターは「ごめんね。努力したのよ」と告げ、店を後にした。
マイクがカップ麺を食べようとしていると、2人の男が自分の車を調べていた。マイクが外へ出ると、男たちはナイフを取り出して構えた。するとマイクは突如として覚醒し、2人を軽く始末した。我に返ったマイクは慌ててフィービーに電話を掛け、「車上荒らしを殺してしまった。すぐに来て」と告げる。フィービーが駆け付けてマイクから説明を聞いているとパトカーが現れ、2人は保安官事務所へ連行された。イェーツは部下のオーティスから「タフガイ」の2人が殺されたと聞き、ラセターがマイクの闘争精神を目覚めさせたと確信する。彼はオーティスにラセターの捜索を指示し、町を封鎖してタフガイのクレインとラファを差し向けることにした。
ワッツがマイクとフィービーを尋問していると、停電が起きた。クレインとラファはマシンガンを乱射しながら、保安官事務所へ突入した。ワッツはマイクたちを留置場へ戻らせ、助手たちと共に敵と戦う。ラファは留置場へ乗り込み、マイクを襲う。覚醒したマイクは応戦し、フィービーを連れて逃走する。クレインはマイクに気付くが、ワッツが足を掴んで妨害する。クレインはワッツを殺し、脱出したマイクを追って手榴弾を投げた。マイクは手榴弾を投げ返して事務所を爆破し、ダメージを負ったクレインを殺害した。
イェーツがヘリコプターで町を捜索していると、ラセターから電話が入った。「なぜ封鎖を?防護服が目立ち過ぎよ。何をするつもり?」と訊かれた彼は、「狂犬を捕まえるのさ。邪魔をするな」と述べた。マイクはフィービーと共に、ローズのクラブへ赴いた。ラセターはウルトラ計画時代の助手であるピーティー・ダグラスに連絡を入れ、「マイクを救いたい。空き地に武器を投下して」と頼んだ。イェーツはオーティスと合流し、待機させてあるタフガイ軍団を確認する。その中には、ラファの姿もあった。
マイクはローズに、店で匿ってほしいと要請した。ローズは面倒そうな様子を見せるが、マイクとフィービーを店内に招き入れた。彼は仲間のビッグ・ハロルドとクインジンを、マイクたちに紹介した。マイクとクインジンは、ネットゲームを通じた知り合いだった。ローズはマイクたちに病気の猿が原因で大騒ぎが起きていると教え、テレビを付けた。するとニュース番組では、リマンでスーパーチフス菌の感染が拡大しており、町が封鎖されていると報じられていた。
マイクとラセターは保菌者として報じられ、周囲の人間は近付かないようニュースキャスターが視聴者に呼び掛けた。ローズはマイクの釈明を聞き入れず、彼とフィービーを地下室に閉じ込めた。ラセターはピーティーの投下した武器を入手し、添えられていた資料を読んだ。それはタフガイに関する資料であり、メンバーは精神障害者や重罪犯ばかりだった。イェーツはピーティーに電話を掛け、「国の利益を損なうのは反逆罪だ。二度とラセターに手を貸すな」と脅した。ラセターからの電話で「公表するからクルーガーに連絡して」と頼まれた彼は、「公表したら裁かれる」と断った。
イェーツはマイクの居場所を突き止め、タフガイのニュートン、ラファ、バーボンを差し向けるようオーティスに指示する。さらに彼は、「ライオフロキシンの使用許可が出た。一掃しろ」と告げる。ニュートンたちはライオフロキシンをクラブに散布して突入し、ローズたちを始末する。マイクとフィービーは敵と戦い、店から脱出する。マイクが眠りそうになると、フィービーは慌てて「ライオフロキシンを吸ったせいよ。寝たら死ぬ。そういうガスなの」と呼び掛ける。目を開いたマイクが「なぜガスの名前を知ってる?」と問い詰めると、彼女は5年前に担当を命じられたCIA局員だと打ち明けた…。

監督はニマ・ヌリザデ、脚本はマックス・ランディス、製作はアンソニー・ブレグマン&ケヴィン・フレイクス&ラジ・ブリンダー・シン&デヴィッド・アルパート&ブリットン・リッツィオ、製作総指揮はバディー・パトリック&ロバート・オグデン・バーナム&ジョナサン・ガードナー&レイ・アンジェリク&スチュアート・ブラウン&トム・ロック&ギデオン・タドモア&エヤル・リモン&ステフェン・アウミュラー&ズルフィカール・グゼルグン、共同製作はチェルシー・ピンク&マーク・ファサーノ&ピーター・クロン&エイミー・ポンチャー、撮影はマイケル・ボンヴィレイン、美術はリチャード・ブリッジランド、編集はビル・パンコウ&アンドリュー・マーカス、衣装はデヴィッド・C・ロビンソン、音楽はマーセロ・ザーヴォス、フィーチャリングはポール・ハートノル、音楽監修はランドール・ポスター。
出演はジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、トファー・グレイス、コニー・ブリットン、ウォルトン・ゴギンズ、ジョン・レグイザモ、ビル・プルマン、トニー・ヘイル、ラヴェル・クロフォード、スチュアート・グリアー、マイケル・パパジョン、モニーク・ガンダートン、ナッシュ・エドガートン、ポール・アンドリュー・オコナー、フレディー・プール、イルラム・チョイ、ジェームズ・ベンディショー、サム・マローン、ジム・クロック、ウェイン・ペレ、ゲイブ・ベグナウド他。


『プロジェクト X』のニマ・ヌリザデが監督を務めた作品。
脚本は『クロニクル』のマックス・ランディス。
マイクをジェシー・アイゼンバーグ、フィービーをクリステン・スチュワート、イェーツをトファー・グレイス、ラセターをコニー・ブリットン、ラファをウォルトン・ゴギンズ、ローズをジョン・レグイザモ、クルーガーをビル・プルマン、ピーティーをトニー・ヘイル、ハロルドをラヴェル・クロフォード、ワッツをスチュアート・グリアーが演じている。

かなり早い段階で、あっさりと手の内をバラしている。
その手の内ってのは、「マイクはCIAのウルトラ計画の被験者」「計画は失敗に終わった」「今もマイクはCIAの監視下に置かれている」「イェーツはマイクを始末する作戦を開始した」ってことだ。
だからラセターがスーパーへ来て呪文のような言葉を口にした時に、そこには何の謎も生じない。彼女が何者なのか観客は知っているし、その言葉に何の意味があるのかも簡単に分かる。
マイクが男たちに襲われ、急に覚醒して殺害した時も、何の謎も生じない。なぜマイクが狙われたのかも、なぜ急に覚醒して優れた戦闘能力を発揮したのかも、観客は全て分かっている。
だから仕掛けとしては、完全に死んでいる。

そこを謎のままにしておいたら、『ボーン・アイデンティティー』とモロ被りになるという問題はある。また、どうせ公開前には色々と情報が出てしまうから、見る前から「マイクがCIAの計画で強化されていて云々」ってことを知っていた観客も少なくないかもしれない。
秘密にしたまま引っ張らないからって、必ずしもダメだとは言わない。
ただ、バレバレだったとしても、「実は」という種明かしの手順を用意した方が、プラスに働く可能性は高いはず。
それに、そこでの損を取り返すだけの要素は、この映画には無い。

マイクが初めて覚醒するシーンの見せ方は、ものすごく重要になるのだが、ちっとも上手くない。
そこは「マイクが店の外に出ると、2人の男たちが迫って来る。敵が武器を取り出して構えると、マイクの目が変化する。彼は俊敏な動きで2人を始末する」という流れになっている。
これだと、「ヘタレだったマイクが強くなる」という急激な変化のポイントがボンヤリしてしまう。「店外へ出たマイクが男たちを眺める」という状態だと、彼がヘタレだという印象は消されているのだ。
彼が覚醒して戦う直前には、ヘタレであることをアピールするための手順を入れないと、ギミックが効果的に作用しないのだ。

保安官事務所で覚醒する時も、やはり直前にマイクのヘタレっぷりを示していないので、落差が出ない。
もっとダメなのは、せっかく覚醒したのに、「圧倒的な強さで敵を倒す」という展開に繋げていないことだ。それどころか、マイクはラファに殴り倒されているのだ。
また立ち上がって反撃するけど、始末することは出来ずに逃げ出している。
そうじゃなくて、覚醒したら脅威的な強さで刺客を軽く始末していく形にしておくべきだわ。刺客の連中なんて、基本的にはその場限りの使い捨てでもいいんだから。

刺客はその場限りの使い捨てでも一向に構わないのだが、マイク側に配置される脇役キャラが使い捨て状態なのはマズい。
ワッツはマイクを理解している疑似父親っぽい役回りで登場したのに、敵の襲撃であっさりと殺される。ローズはマイクにとって唯一の友人として登場するのに、クラブの襲撃であっさりと殺される。ハロルドとクインジンに至っては、登場して紹介された直後には殺されてしまう。
彼らは「タフガイたちが人を殺す」というシーンを描くために用意されたキャラなのだ。
だったらローズがマイクに紹介する手順とか、マイクがクインジンとネット友達という設定なんて要らないでしょ。

CIAがボンクラすぎるってのは、映画の質を下げる一因となっている。
イェーツの作戦はCIAの意向かと思ったら、彼の独断で軍団を動かしている。そんな彼を阻止しようとするラセターも上層部に指示仰がず、勝手に動いている。
指揮系統が機能不全に陥っているのだ。
後半に入ると、イェーツはマイクとラセターを始末するためだけに戦闘機からミサイルで町を爆撃しようとするんだから、どんだけバカなのかと。
終盤になってピーティーから連絡を受けたクルーガーが登場し、イェーツを粛清しているけど、それまで全く気付かずに部下の暴走を放置しているんだから、やっぱりボンクラなのよ。

イェーツはマイクを殺す理由について、「町を出たがる奴は処分する」と言う。
ラセターは「それだけで始末するの?」と口にするが、その疑問は尤もだ。寝た子を起こす、愚かな行為にしか思えない。
しかも、やたらと派手な行動を繰り返しており、まるで諜報機関らしくない。
イェーツはオーティスと合流した時、「目立つなと言ったのに、なぜテントを張ってる?」と苛立ちを示す。だけど刺客を雇って保安官事務所を襲撃させたり、町を封鎖して大勢の手下を動かしたりしている時点で、充分すぎるほど目立っているだろ。

イェーツが使う手下の連中も、ボンクラ揃いだ。
最初の2人組は、ただの買い物客を装ったり道を尋ねるフリでもして近付けばマイクも警戒心を抱かなかっただろうに、わざわざナイフを取り出してから迫るから覚醒させてしまう。
クレインとラファは派手にマシンガンを乱射して保安官事務所を襲い、余計な犠牲者を出している。
クレインに至っては、マイクを呼び止めて手榴弾を投げるが、まだ爆発までの時間があるので投げ返されてしまう。

クラブにタフガイたちが乗り込んで来た時も、マイクはヘロヘロで苦戦し、フィービーに助けられている。
マイクは抱えられて脱出するし、外で待機している敵を倒すのもフィービーだ。
その後も、ラファに車をクラッシュさせられて閉じ込められるとか、火を付けられて車が爆発するとか、フィービーを連れ去られるとか、大怪我を負うとか、マイクの活躍できない状況が続く。
その後で敵の襲撃を受けた時も、合流したラセターに助けられている部分が大きい。

そうじゃなくて、敵との戦いに入ったら、ずっと強者であれよ。何のために、「普段はヘタレでボンクラな情けない男」という設定にしてあるんだよ。覚醒した時との落差を付けるためじゃないのか。
戦いに入っても強さを発揮できなかったら、設定が死ぬでしょうに。
「一度はフィービーの裏切りに幻滅して捨て鉢になったマイクだが、彼女が本気で自分を愛してくれていたと知り、奪還のために立ち上がる」という展開のために、マイクが敵にやられたり苦戦したりする様子を描いたのかもしれない。
だけど、「落胆したけど事情を知り、彼女を救うために立ち上がる」という手順なんて、マイクが強いままでも成立させられるのよ。

しかも、マイクがフィービーを救出するためスーパーへ乗り込むクライマックスの戦いでも、また彼は苦戦を強いられているのよ。何度も敵の攻撃を受け、大怪我を負っているのよ。
戦闘への意識に目覚めたのなら、もう絶対に苦戦なんかしちゃダメじゃん。
そこまでに苦戦してダメージを負う手順を踏んでいたことも、まるで意味が無くなるでしょ。
「本気になったら全く歯が立たない」という圧倒的な強さを見せてこそ、カタルシスに繋がるんじゃないかと。

後半に入ると、フィービーがCIA局員としてマイクを監視役を指示されていたことが判明する(ただし彼女は本気でマイクを愛したため、彼と暮らすことを選んだ)。それが判明した時、そこまでのフィービーの言動は色々と整合性が取れないことになっている。
空港でマイクが嘔吐した時、フィービーは「遅れちゃうよ」と漏らしているが、彼が町の外へ出られないようになっているのは知っているはず。だから旅行を持ち掛けられても、中止を促すべきじゃないかと。
マイクは何度も脱出に失敗しているようだから、「今回こそはと小さな期待を抱いて旅行を承諾した」ってことなのかもしれない。
ただ、そうだとしても、空港での反応は不自然さがある。

警察署での戦いの後、フィービーはマイクに「命を狙われたら、普通は逃げる。何なの?変になりそう。頭の中を整理したい」と語る。
しかしフィービーは刺客が襲って来た時点で、そこに隠された事情について何となく予想が付いているはずだ。なぜマイクが襲われたのかは分からないとしても、CIAが絡んでいることは容易に推測できるはずだ。
だから、そこでの反応は不可解だ。
マイクの前だからって、そこまでの芝居をする意味は無いはずだし。

(観賞日:2017年9月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会