『アリ』:2001、アメリカ

1964年2月24日、22歳のカシアス・クレイは、WBAヘヴィー級王者ソニー・リストンとの対戦に向けた計量を行った。カシアスは アンジェロ・ダンディーのジムで、トレーナーを申し出たドリュー・“バンディーニ”・ブラウンと共にトレーニングを積んで来た。彼は ソニーを口汚く罵った。記者会見では、スポーツ・キャスターのハワード・コーセルが鋭い質問を浴びせた。
街を出ていたマルコムXも、試合を観戦するため戻って来た。黒人イスラム教団体「ネーション・オブ・イスラム」の一員である彼と、 カシアスは親しくしていた。しかし団体内では対立が生じており、マルコムXは指導者イライジャ・モハメドから停職処分を宣告されて いた。サム・クックの歌が終わり、試合が開始された。カシアスはソニーを破り、新王者となった。
カシアスは祝福する人々の前で、ネーション・オブ・イスラムへの入信を発表した。彼はイライジャから、モハメド・アリの名を貰った。 そのことで、アリは父と険悪な関係になった。アフリカ旅行に出掛けたアリは、イライジャによって彼から引き離されていたマルコムと 再会した。しかしアリは「イライジャ師と口論すべきじゃなかった」と告げ、マルコムと別れた。
アリはクラブのバニーガールをしているソンジーと出会い、恋に落ちた。親友の写真家ハワード・ビンガムや、マネージャーのハーバート ・モハメドは、彼女との交際に反対する。しかしアリは、彼女との結婚を選んだ。マルコムが演説中に射殺され、それを知ったアリは車内 で涙を流した。厳重な警備の中で行われたソリーとの再戦で、アリは勝利を収めた。アリはソンジーの享楽的な生活に我慢できなくなり、 2人の関係は終焉を迎えた。
1966年、ヴェトナム戦争への徴兵を受けたアリは、それを拒否したために世間から非難を浴びた。彼は逮捕され、5年の禁固刑と1万ドル の罰金という刑を宣告された。タイトルもプロボクサー資格も剥奪され、上訴までの間は試合も出来ない状態となった。アリはベリンダと いう女性と出会い、結婚した。裁判費用でアリは破産し、ネーション・オブ・イスラムは彼と距離を置くようになった。
苦しい中でもアリはトレーニングを続けていたが、バンディーニは酒と麻薬に溺れ、チャンピオンベルトも安値で売り払っていた。アリを 心配したコーセルは、インタヴュー番組に彼を出演させた。アリは王者ジョー・フレイジャーに会い、「前哨戦に勝ったら自分と戦え」と 挑発した。バンディーニも堕落した生活と縁を切って戻り、アリは前哨戦のジェリー・クォーリーとの試合に勝利した。ネーション・オブ ・イスラムは「信仰生活の禁止を解く」と言って来るが、アリは「信仰をやめた覚えは無い」と反発した。
最高裁で無罪評決が出たことで、アリは晴れて自由の身となった。1971年3月、アリはフレイジャーと戦うが、判定負けを喫してしまう。 半年後の再戦が決まるが、そのフレイジャーがジョージ・フォアマンに敗れてタイトルを失った。プロモーターのドン・キングは、 ザイールのキンシャサで王者フォアマンにアリが挑戦するタイトルマッチを組み、記者発表を行った。
ベリンダは夫がハーバートやドン・キングに操られていると考え、そのことでアリと口論になった。病気の娘を看病するため、ベリンダは 後からキンシャサへ向かうことになった。ザイールに到着したアリは、人々の熱烈な歓迎を受けた。ファアマンがスパーリングで負傷した ため、試合は6週間延期されることになった。そんな中、アリはヴェロニカという女性と親密な関係になる…。

監督はマイケル・マン、原作はグレゴリー・アレン・ハワード、脚本はスティーヴン・J・リヴェル&クリストファー・ウィルキンソン& エリック・ロス&マイケル・マン、製作はジョン・ピーターズ&ジェームズ・ラシター&ポール・アーダジ&マイケル・マン&A・ キットマン・ホー、製作協力はマイケル・ワックスマン&ジョン・D・スコフィールド、製作総指揮はハワード・ビンガム&グレアム・ キング、撮影はエマニュエル・ルベツキ、編集はウィリアム・ゴールデンバーグ&スティーヴン・リヴキン&リンジー・クリングマン、 美術はジョン・マイヤー、衣装はマーリン・スチュワート、音楽はリサ・ジェラード&ピーター・バーク。
主演はウィル・スミス、共演はジェイミー・フォックス、ジョン・ヴォイト、マリオ・ヴァン・ピーブルズ、ロン・シルヴァー、 ジェフリー・ライト、ミケルティー・ウィリアムソン、ジェイダ・ピンケット=スミス、ノーナ・ゲイ、マイケル・ミシェル、ジョー・ モートン、ポール・ロドリゲス、ブルース・マッギル、バリー・シャバカ・ヘンリー、ジャンカルロ・エスポジート、ローレンス・ メイソン、レヴァー・バートン、アルバート・ホール、デヴィッド・キュービット他。


ボクシングの元世界ヘヴィー級王者、モハメド・アリの伝記映画。
彼が最初にタイトルを獲得してから、有名な「キンシャサの奇跡」でベルトを奪還するまでの話を描いている。
アリをウィル・スミス、バンディーニをジェイミー・フォックス、コーセルをジョン・ヴォイト、 マルコムをマリオ・ヴァン・ピーブルズ、アンジェロをロン・シルヴァー、ビンガムをジェフリー・ライト、ドン・キングをミケルティー ・ウィリアムソン、ソンジーをジェイダ・ピンケット=スミス、ベリンダをノーナ・ゲイ、ヴェロニカをマイケル・ミシェル、弁護士 エスクリッジをジョー・モートンが演じている。

伝記映画が陥りやすいダメなパターンに、この作品もハマっている。
色々なことを盛り込みすぎて、どのエピソードも上っ面をなぞるだけになってしまうというパターンだ。
伝記映画で重要なのは、エピソードの絞り込みだ。それをキッチリやっていないから、どういう角度から切り込んで、モハメド・アリを どういう人物として描きたいのかが、サッパリ分からない。
ネーション・オブ・イスラムやマルコムXとの関係、3人の妻との関係、徴兵拒否による裁判と世間の批判、ボクサーとしての姿、どれも これも描き、様々な角度から見たモハメド・アリを描こうとして、グッチャグチャになっている。
とどのつまり、「マイケル・マンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいモハメド・アリのすべてについて教えましょう」的 な作り方をしたのが間違いだったのではないか。

とにかくエピソードが全て断片的であり、どんどん先へと進んでいく。そのエピソード、そこにあるはずのドラマに入り込む余裕を全く 与えない。
あまりにも説明が無さすぎるために、1つ1つの出来事におけるアリの行動も、全てが薄っぺらく見える。そこに至る心の動きも、ドラマ も、全てが薄い。アリの態度も、無表情であることが多く、何を考えているのがサッパリ分からない。
徴兵拒否でタイトルもボクサー資格も剥奪され、長く苦しい戦いが始まったはずだが、そういう印象は薄い。
っていうか、時間経過の感覚が、ほとんど伝わって来ない。
キンシャサの試合直前から物語を開始して、「ここまで長かった」ということで回想に入り、そしてラストのジョージ・フォアマン戦に 移る流れにした方が良かったのではないか。

アリの苦悩や葛藤は、まるで描かれていない。
ただの女好きのハミ出し者ボクサーになっている。
アリが対戦相手を罵る理由について、ノーマン・メイラーはドキュメンタリー映画『モハメド・アリ かけがえのない日々』の中で「臆病 になっていたんだと思う。一人の時は自分が強くないと認識せざるを得なかった」という意見を述べているが、そこを突っ込みことは 無いので、ただ口が悪いだけになっている。

ネーション・オブ・イスラムや徴兵拒否について取り上げているが、一方で、それらに関わる時代背景や時代の移り変わりは全く描写 されていない。
それと「奪われたベルトをキンシャサで取り戻すまでの物語」との関連性も薄い。
モハメド・アリが時代に翻弄され、時代に立ち向かう話なのに、時代の移り変わりを描かないってのは、違うだろ。
時代背景が無いと、「なぜアリがキンシャサで人々の熱狂的な歓迎を受けるのか」ということが分からない。

裁判にしても、「上訴したら最高裁で無罪になりました」という淡々とした事実があるだけだ。
世間の厳しい批判を浴び、苦しく辛い時期が長く続いたというアリの孤独感や悲哀があってこそ、キンシャサで人々の熱烈な歓迎を受ける 展開にもグッと来るものが生じると思うんだが。
「淡々としたタッチの映像を表示し、そこにソウル・ミュージックを流しておく」というだけでは、MTV映画にもならない。
年表を辿るだけなら、劇映画としての意味が無い。もっとアリの中身に入り込んでくれよ。

この映画でウィル・スミスがオスカーにノミネートされたのは、納得がいかない。
そりゃ映画自体、マイケル・マンが演出を放棄したかのような状態になっているってのはあるよ。
でも、ウィル・スミスって、ほとんどのシーンで、ただ無表情なだけだぞ。
肉体改造したことの評価だけで、ノミネートされたのかねえ。
でもボクサーには見えても、ヘヴィー級には見えないけど。

(観賞日:2009年1月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会