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インド人消失事件
大正四年十一月三十日の夜、杉山は霊南坂の頭山満邸で頭山と対座していた。両者が話し合っていたのは、日本国外への退去を迫られているインドの革命運動家ラース・ビハーリー・ボースとヘーランバ・ラール・グプターの二人の救出策についてであった。深更に至り、頭山は内田良平をも屋敷に招き、頭山、杉山、内田という福岡が生んだ三巨頭による密議が交わされた。
 ボースは大正元年十二月に首都デリーで、イギリスのインド植民地政府の首脳であるハーディング総督爆殺未遂事件を起こし、さらに大正四年二月にはラホールでインド兵の叛乱を計画するなど、祖国の独立をめざす急進的革命運動に従事していた人物である。そのため植民地政府の官憲に追われ、大正四年六月にP・N・タゴールの偽名を使って日本に入国し、在日の同志とともに武器の調達などインドに残った革命運動家を支援する活動を行っていた。グプターもまたインド独立運動の活動家である。ボースより少し遅れて来日し、行動を共にした。
 しかしP・N・タゴールがボースの偽名であることは、十月にはイギリス政府の知るところとなり、外交ルートを通じてボースの逮捕が要求されることになる。日本政府はボース逮捕に難色を示していたが、イギリス側の強硬な姿勢に屈し、ついに十一月二十八日、ボースとグプターに対し国外退去命令を発した。退去期限は十二月二日であり、その間わずか五日である。しかも期限までに日本から海外へ渡る船は、イギリス政府の影響力が強い上海か、イギリス領の香港経由で欧州へ向かう便しかなかった。すなわち、ボースらはイギリス政府が待ちかまえる港に向かって日本を離れるしかない情況に追い込まれたのであった。
 ボースは日本で、中国革命の父と呼ばれる孫文に会っていた。当時孫文は、袁世凱との権力闘争に敗れて日本に滞在していたのである。孫文の紹介で頭山満とも面識があったボースは、この絶体絶命の危機に際会して、頭山を頼った。頭山は玄洋社や黒龍会のメンバーを使って外務省をはじめさまざまな方面に対し、米国への直航便がある十二月十五日まで退去期限を延長するなどの措置をはたらきかけたが、はかばかしい結果は得られなかった。手詰まりとなった頭山は杉山を招き、さらに深夜に至って内田良平をも自邸に招いた。そして頭山は、内田に対しボースらをどこかに匿うよう依頼し、杉山に対してはボースらを逃亡させるため杉山所有の自家用車を提供するよう要請した。杉山の自家用車は当時東京に何台もない最新の高速車であった。
 一方でボースらは、在京各新聞社を回って窮状を訴えていた。東京朝日新聞や読売新聞などがボースらに好意的な記事を掲載すると、世論も俄然ボースらに同情的となった。そうしたとき、頭山ともつながりのある中村弼と、新宿の菓子舗中村屋の主人相馬愛蔵との世間話がきっかけとなり、退去期限を翌日に控えた十二月一日、急遽ボースらを中村屋で匿うことが決まった。
 その夜、警察官に尾行されたボースとグプターは、暇乞いと称して頭山邸を訪れると、内田良平や宮川一貫らに誘導されてそのまま裏口から抜けだし、隣接する玄洋社員的野半介邸も通り抜けて、榎坂下に停車していた杉山の自家用車に乗って一路新宿へと逃亡したのである。頭山邸に入ったはずのインド人が忽然と消え失せた事件はたいへんな話題になったが、警察も外務省も、その名を怖れたのか、頭山に対して強圧的な捜査がなされることはなかった。
 こうしてボースらは新宿中村屋でほとぼりがさめるまで匿われ、やがてグプターはアメリカへ渡った。ボースは相馬愛蔵の娘俊子と結婚して日本に帰化するが、昭和二十年一月に死ぬまで、祖国の独立運動から手を引くことはなかった。
 このボースらの逃亡事件における杉山の役割は、公刊資料に記録されているところでは自家用車の提供以上のものはない。しかし政官界の隅々まで根を拡げた杉山の人脈を考えると、最後のさいごという段階で頭山が、自家用車の提供ごとき些末な用件だけで杉山を招いたとはとうてい考えられない。察するに、葛生能久や田鍋安之助ら玄洋社系の人物による外務省などへの運動とは別に、杉山も頭山の意を受けて裏面の政界工作に従事していたのであろう。しかしそれは成功しなかった。十一月三十日の夜、杉山から不首尾の報告を受けた頭山は実力行使を決意し、その実行役として深夜に内田良平を招いたと考えれば、頭山と杉山が会談している場に内田が呼ばれた意味が明瞭に理解できよう。ちなみに、ボースは昭和十七年に杉山の伝記刊行の動きがあったとき手記を寄せ、その中で「(頭山は)私の問題が勃発すると初めて杉山先生に電話を掛けて頂いて、当時は之を一つ完全に問題を処理するために杉山先生と相談し、後程内田良平先生とも相談して決めた」と記しており、不明瞭ながらも杉山が自家用車提供以上の役割を担っていたことを示唆している。

参考文献
●『中村屋のボース』中島岳志・白水社・2005
●『東亜先覚志士記伝(中巻)』黒龍会・原書房・1966
●『人間杉山茂丸翁を語る(筆記原稿)』R・B・ボース・福岡県立図書館杉山文庫所蔵「杉山茂丸関係資料No.76」
●『黙移』相馬黒光・平凡社ライブラリー・1999