住所と電話番号を聞き取ったヘンリーは、バッキンガム宮殿を見に行きたいというレニーと子供を残し、タクシーに乗って郊外の農場へと向かった。 農場主は腹の突き出た、気のいい五十男だった。彼はわざわざ自分の車にヘンリーを乗せて、発見場所まで連れていってくれた。 そこは山道をかなり分け入ったところで、森林の中にぽっかりと平坦な土地が開けている、耕地としては悪くない場所だった。 車を降りると、農場主はヘンリーを案内して、藪の中に入っていった。 「見つけたのは、まったくの偶然でした。三人の農夫を耕地に行かせて、私は車の中で何を植えようか検討していました。すると一人が大慌てで駈けてきたんです。骨が出た! 奴はそう叫んだじゃありませんか。驚いて見に行ったら──ってわけなんです」 「そうでしたか……。知らせてくださってありがとうございます」 「いやいや、礼なら、アイツに言ってやってください。発見したのはあの男なんです。おーい!」 農場主は、だみ声を張り上げて、一人の農夫を呼んだ。もうかなり年輩らしく、まばらな髪の毛で、しかも片足を引きずるようにしていた。 「コイツですよ、旦那」 農場主はにこやかに紹介すると、彼に向かって、 「おい、旦那を骨の出た場所に連れてってさしあげろ。もしかしたらまだ何か遺品が出てくるかもしれん」 そう言うと農夫の尻を叩いた。農夫は腰をかがめて、ヘイと応えると、背中を向けて農地のはずれへと歩きだした。ヘンリーは農場主に頭を下げると、農夫のあとを追った。 発見場所というのは、すぐ近くだった。それにしても周囲にはたくさんの樹木が茂っていて見通しは悪く、これは確かに運がよかったなと、ヘンリーは強く思った。 「ここでがす、旦那」 しゃがれ声の農夫の指し示すあたり、そこには深い穴がポッカリと口を開けていた。警察が掘り起こした跡に違いない。ヘンリーは片膝をついて、掘り返された土を手の平にのせた。 こんなところに長い間、眠っていたなんて。 「君、君が骨を発見してくれたんだってね。ありがとう。礼を言うよ」 穴の奥を見つめながら、ヘンリーは農夫に話しかけた。 「とんでもございやせん。あっしも見つけた時ゃ、おっかなびっくりでございまして」 農夫はそう応えた。 ヘンリーは顔を上げると、左右に目を走らせた。農場主は車に乗って待ってくれており、周囲には他に誰もいなかった。 「──私に撃たれた足、いまも痛みますか?」 ヘンリーはゆっくりと訊ねた。 返事はすぐに返ってきた。しかもその声は少しもしゃがれてはいなかった。 「君の方こそ、名物メニューは増えたのかい?」 ヘンリーは振り向かずに言葉を続けた。 「父母の遺骨は、無事に姉と一緒に葬ることができました」 「それはなにより。苦労して探した甲斐(かい)があった」 「……ロンドンには、妻と二人の子を連れてきています。明日にはニューヨークに帰るつもりです。よかったら、妻に会ってやってくれませんか?」 「いや、私にはまだやらねばならないことがある。──どこかでまた逢おう」 八年前に聞いたのと同じ台詞と同じ口調だった。 それっきり、農夫の声はしなくなった。 振り向くと、農夫のいたあたりに一本の樹が立っていた。樹は途中で二股に枝分かれしており、ヘンリーはその懐かしい形に思わず近寄った。 枝の先に、鈍く光るものが掛かっていた。ヘンリーにはそれが何なのか、すぐに判った。 それは姉の形見の、銀のペンダントだった。 |
《終わり》
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