We're alive
No.1

プロローグ 1

 鈍い衝撃を背中に受け、ヘンリーは目覚めた。
 途端にひどい頭痛に襲われ、うめき声をあげた。
「つつつ」
 顔をしかめながら、瞼を開いてみた。
 眼には何も映らない。
 周囲には漆黒の闇が広がっている。
 絶え間なく左右の耳を打つ、ゴーッという騒音。
 ──どこだ、ここは?
 そう思って身を起こそうとした瞬間、バランスが崩れ、彼を取り巻く流れに危うく飲み込まれそうになった。あわてて伸ばした腕が何かをつかみ、どうにか体勢を立て直すことができた。
 ──“流れ”?
 暗がりの中に目を透かしてみても、やはり何も見えない。
 彼は両足と左手で体を支えると、おそるおそる右手を伸ばしてみた。驚いたことに、 ザザッとさざ波を蹴立てる音と共に、手のひらが弾き飛ばされたではないか。
 水流に取り囲まれている!
 彼の胸から下は水に浸かっていて、まるで船の舳先のように、背中の方向から流れてくる水の圧力によって、何かに押し付けられていた。
 ──何なんだここは。
 ──地獄にでも堕ちたのか?
 ──それともまだ夢を見ているのか?
 ──どうして何も見えないんだ、眼がイカれちまったのか!
 彼が極度のパニックに襲われた、そのとき──。

 雲のあいだから月が顔を出した。
 舞台は黄色いライトで照らされ、周囲の景色が光の中に燦然と浮かび上がった。

 川のど真ん中。
 それが彼のいる場所だった。
 背後から押し寄せる水流は、彼の背中を洗いながら脇をすり抜け、前方へとうとうと去っていく。
 川幅は七、八十メートルほどか。月の光をバックに浮かび上がる左岸には、繁茂する植物が風に揺れているのが見てとれた。
 彼が両手で抱きしめていたのは、大振りの樹の幹だった。樹は水の中から垂直にそそり立っている。
 彼は右岸を見ようとして、ぎょっと息を飲んだ。彼がつかまっているのと同じような木々が、何本も川の上にグロテスクな格好で突き立っていた。
 水の流れに翻弄される木々は、さながら悪魔の使者たちがせせら笑っているようにも見え、彼は思わず身震いした。
「なんだ、ここは……」
 うめくように呟きが漏れたが、急流の奏でる轟音にかき消された。

[次回]

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