偽札とラブレター
その4


「というと?」
「作文なんかより、もっと直接、ラブレターを書こうかなって」
「……名文のラブレターをかい?」
「──はい」
 純平は大きくうなずいた。懐中電灯の明かりも動作にあわせて上下する。
「そりゃいい。相手の意表をついてる。きっと京子ちゃん、びっくりして君に惚れ直すぞ」
「そううまくいけばいいんだけど」
「まさにキョンキョンだな。恋文京子──こいずみきょうこ、なんちて」
 慎一がポカーンという顔をしている。
「古いギャグだ。忘れてくれ……。でも、どうしてまた『うつくしい日本語』なんだい? ラブレターを書くなら直接見本になるようなハウツー本、世の中にたくさんあるんじゃないかい? 何も最初から最後まで美しい名文をつないで文章を作ろうなんて、むちゃな話に思えるけど。『彼女をその気にさせるひと言』だの『彼女のハートを射止める名ラブレター集』だのってタイトルの本、ありそうじゃないか。そっちを参考にする方が早いし、君にとっても楽なんじゃないの?」
 すると慎一はまたムキになった顔を純平に向けた。
「ダメなんです。そんなんじゃ!」
「どうして」
「彼女が言うんです。誰かの書いた文章のコピーなんか、お断りしますって。必ず、自分で考えた言葉で書いてほしいって」
「……なんとハイレベルな要求だな」
「ええ。それであの本はあくまで参考にするだけで、毎日文章を考え続けてたんです。それでちょっとぼくの頭は疲れてたんでしょう。今日が本の貸し出し最終日って気づいて、あわてて返しに来たんですけど──」
 慎一が意味深な言葉の切り方をした。
「ん?」
 純平が首を傾げると、慎一のモジモジ度が最高潮に達した。
「じつは、途中まで書いたラブレターを、本にはさんだまま返却しちゃったんです」
 ──なるほど。
 純平は慎一の行動の理由がようやく理解できた。そりゃ、忍び込んでも取り返そうとするわな。
 ……でも待てよ。てことは我々の行動原理はまったく同じというわけだ。純平は思わず苦笑した。
「じゃあ、絶対に見つけないといけないな。その本」
「はい」
「よし、気合い入れて探そうじゃないか」

 さらに四十分が経過し、純平はついに発見の声をあげた。
「おい慎一君、これじゃないか、『うつくしい日本語』というのは」
 すると慎一も同時に声を上げた。
「あっ──純平さんの本、『賢いお金の使い方』ってこれじゃありませんか」
 互いに自分の見つけた本を相手にかざした。そして互いが間違いなく目的の本であることを認めた。
「やったな、慎一君」
「ありがとうございます、純平さん」
 カッ。
 突然、広い開架室がまばゆい光に満たされた。
「誰だ、そこにいるのは!」
 警備員の声が高らかに響き渡った。
「しまった! 見つかった」
 本を探すのに没頭するあまり、話し声が大きくなっていたのかもしれない。純平は悔やんだがもう遅い。
「ど、どうしましょう」
 純平は、震える慎一の袖口をつかんで引っぱると、彼の耳に口を寄せて言った。
「警備員はおそらく一人っきりだ。俺が奴を引きつける。その間に君は、入ってきたトイレの窓から逃げるんだ」
「で、で、でも純平さんは?」
「俺か──」
 純平は本をベルトと腹の間につっこんで立ち上がった。
「俺は大丈夫だ。だから君も捕まったりするな。無事に脱出して、いいラブレター書けよ」
 それだけ言うと、カウンターの上をひらりと飛び越え、ロビーの方へと駆けだした。
「いたな、こら待て!」
 警報が鳴り出した。そしてしばらくの間、図書館には二人のおとなの派手な足音がこだまし続けた。

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