偽札とラブレター |
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「というと?」 「作文なんかより、もっと直接、ラブレターを書こうかなって」 「……名文のラブレターをかい?」 「──はい」 純平は大きくうなずいた。懐中電灯の明かりも動作にあわせて上下する。 「そりゃいい。相手の意表をついてる。きっと京子ちゃん、びっくりして君に惚れ直すぞ」 「そううまくいけばいいんだけど」 「まさにキョンキョンだな。恋文京子──こいずみきょうこ、なんちて」 慎一がポカーンという顔をしている。 「古いギャグだ。忘れてくれ……。でも、どうしてまた『うつくしい日本語』なんだい? ラブレターを書くなら直接見本になるようなハウツー本、世の中にたくさんあるんじゃないかい? 何も最初から最後まで美しい名文をつないで文章を作ろうなんて、むちゃな話に思えるけど。『彼女をその気にさせるひと言』だの『彼女のハートを射止める名ラブレター集』だのってタイトルの本、ありそうじゃないか。そっちを参考にする方が早いし、君にとっても楽なんじゃないの?」 すると慎一はまたムキになった顔を純平に向けた。 「ダメなんです。そんなんじゃ!」 「どうして」 「彼女が言うんです。誰かの書いた文章のコピーなんか、お断りしますって。必ず、自分で考えた言葉で書いてほしいって」 「……なんとハイレベルな要求だな」 「ええ。それであの本はあくまで参考にするだけで、毎日文章を考え続けてたんです。それでちょっとぼくの頭は疲れてたんでしょう。今日が本の貸し出し最終日って気づいて、あわてて返しに来たんですけど──」 慎一が意味深な言葉の切り方をした。 「ん?」 純平が首を傾げると、慎一のモジモジ度が最高潮に達した。 「じつは、途中まで書いたラブレターを、本にはさんだまま返却しちゃったんです」 ──なるほど。 純平は慎一の行動の理由がようやく理解できた。そりゃ、忍び込んでも取り返そうとするわな。 ……でも待てよ。てことは我々の行動原理はまったく同じというわけだ。純平は思わず苦笑した。 「じゃあ、絶対に見つけないといけないな。その本」 「はい」 「よし、気合い入れて探そうじゃないか」 さらに四十分が経過し、純平はついに発見の声をあげた。 「おい慎一君、これじゃないか、『うつくしい日本語』というのは」 すると慎一も同時に声を上げた。 「あっ──純平さんの本、『賢いお金の使い方』ってこれじゃありませんか」 互いに自分の見つけた本を相手にかざした。そして互いが間違いなく目的の本であることを認めた。 「やったな、慎一君」 「ありがとうございます、純平さん」 カッ。 突然、広い開架室がまばゆい光に満たされた。 「誰だ、そこにいるのは!」 警備員の声が高らかに響き渡った。 「しまった! 見つかった」 本を探すのに没頭するあまり、話し声が大きくなっていたのかもしれない。純平は悔やんだがもう遅い。 「ど、どうしましょう」 純平は、震える慎一の袖口をつかんで引っぱると、彼の耳に口を寄せて言った。 「警備員はおそらく一人っきりだ。俺が奴を引きつける。その間に君は、入ってきたトイレの窓から逃げるんだ」 「で、で、でも純平さんは?」 「俺か──」 純平は本をベルトと腹の間につっこんで立ち上がった。 「俺は大丈夫だ。だから君も捕まったりするな。無事に脱出して、いいラブレター書けよ」 それだけ言うと、カウンターの上をひらりと飛び越え、ロビーの方へと駆けだした。 「いたな、こら待て!」 警報が鳴り出した。そしてしばらくの間、図書館には二人のおとなの派手な足音がこだまし続けた。 |
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