|
右も左も真っ暗なのに、ミサイルが接近してくるのが肌に焼き付くような感触をともなって伝わってきた。 雷のように空気を切り裂き、猛スピードで飛来する最終兵器。 (そんなものを受け止めるやなんてムチャクチャやわ) 萠黄は苦笑すると、すぐにその口許を引き締めた。 落下速度をさらに上げる。風切り音で耳が痛い。 ハジメと清香が離れていった。炎少年もつないでいた手を解いた。彼にとっては初めての飛行だった。それでも一生懸命にリアルパワーを発しながら、萠黄たちに遅れまいと懸命に泳いでいる。 核ミサイルは、四人が作る輪の中に、徐行運転の電車のように緩い速度で舞い降りてきた。 いま、おそらく一秒が数百倍に引き延ばされているはずだ。萠黄は胸に銃弾を浴びた時のことを思い出した。核ミサイル。巨大な銃弾。それがWIBA目がけて真っ逆さまに落ちていく。 四人の張ったエアクッションがミサイルの先端を包み込んだ。萠黄の身体がぐいっと引っ張られる。明らかに力負けしている。落下を食い止めるには百人分のリアルパワーが必要だ。 野球のボールを受け止めるようにはいかない。それは最初から承知していた。萠黄はエアクッションを渾身の力で手前に引っ張った。離れたところで炎少年も同じことを試みていた。陰になって見えないが、ハジメと清香は自分たちと逆に、クッションを力いっぱい押しているはずだ。 『方向を変えればいいんだ』 ハジメは雑作もないという口振りでそう言った。それならできるかもしれないと思ったからこそ萠黄は賛成した。ミサイルの侵入角度を、ほんの少し傾けるだけでいい。そうすればWIBAには命中しない。 『もし起爆装置にタイマーや高度が設定されていたら、まったく意味ないけどな』 不安と緊張がいやが上にも高まる。それに連れてパワーが下がっていく。萠黄はあわててパワーコントロールに神経を集中した。不安や緊張はパワーの大敵なのだ。 湖面が迫ってくる。WIBAはどこ? 目を走らせる。 あった! この距離だとごつごつした岩にしか見えないが、進行方向からは、わずかにズレている。 成功だ! それでも気を抜くことなくさらにパワーを注ぎ込む。今やミサイルはカーブを描きつつあった。 命中するのか? 逸れるのか? 残された者たちは、排気筒の縁に両手を支えながら、ずっと空に視線を注いでいた。 「来た!」 シュウが叫ぶのと、ミサイルが落下するのが、ほぼ同時だった。 さざ波の一つひとつまで、はっきり見える──頭の隅でそう思った瞬間、衝撃と共に、萠黄の周囲が湖水で満ち満ちた。 気泡が月の光を星屑のように乱反射させた。 ミサイルはWIBAを外れたが、依然として水中を突き進んでいる。タイマーも高度も設定されていなかったらしいが、このまま湖底や岸壁に激突すれば、やはり爆発は起こるだろう。それがどのくらいの規模なのか、どれくらいの被害を出すのか、萠黄には見当もつかなかった。 引き攣るような悲鳴がアンテナにかかった。顔を左に向けると、そこにいた炎少年の姿がない。流されたのだ。 (清香さん、お願い、炎君を! それからWIBAのみんなを!) 了解と応える声が萠黄の脳内に響き、清香が離れていくのが判った。清香のパワーは、着水直後に比べ、がくんと落ちていた。恐怖がパワーの出口を塞いでしまったらしい。 そうだ。こんなこと、普通は怖がって当然だ。 (わたしはコワないんやろか) 頬を水が打った。集中力に隙ができたせいだ。萠黄は頭の中から邪念を振り払った。そしてハジメのいるほうへと、ミサイルの上を移動し始めた。 ハジメはセミのようにミサイルの曲面にしがみついていた。彼の集中力も底を尽きかけていた。 「もう一度──空中へ」 ハジメは轟音の中、唇を大げさに動かして、自分の考えを伝えようとした。しかし萠黄は彼の思考を直接読むことができる。彼女はハジメの意図を瞬時にして、しかも完全に理解した。 右手指でOKの印を示す。 ふたりはリアルパワーの有効範囲を、弾頭全体から下側へと移動させ、さらに焦点を胴体の一点に集中させた。 ミサイルは再び上昇を始めた。 ザッという音と共に、周囲から水が消えた。するとすぐ目の前に白くそびえ立つものが立ち塞がった。間一髪で萠黄はパワーを操り、ミサイルの衝突を回避した。 振り返ってみると、それは海岸ベリに建てられたホテルかマンションらしかった。ほっと胸を撫で下ろす。 ミサイルはどんどん空を駆け上っていく。 下界を見下ろすと琵琶湖大橋が横たわっていた。点々と灯されたライトが飛ぶように遠ざかっていく。 「南のほうに出たみたいやね!」 萠黄が叫ぶと、ハジメは疲れた顔を向けた。 「少しだけ左に! 名古屋港は南東だからな」 「違う違う。この世界では南東は右やで」 「そうだった」 パワーを調節し、弾頭の向きを右へと修正する。 眼下を黒々とした山並みが次々と過ぎていった。 ハジメの計画。それは、撃った当人にミサイルを返そうというものだった。WIBAでカバ松が米兵から聞き出したところによれば、発射したイージス艦は名古屋港の沖合いに停泊中だという。 それでは報復攻撃になってしまう。萠黄は異を唱えかけたが、ハジメの考えを百パーセント読み取った後、賛成するしかないと判断した。 (最初の一撃が我々によって妨害されたと知ったら、敵は必ず二発目、三発目を撃ってくる。ヴァーチャルたちを救うには、おおもとのイージス艦を沈黙させるしかない) 萠黄はしばし考えた後、これ以上ない真剣な顔をハジメに向けた。 「なあ、お願いなんやけど」 街明かりが見えた。萠黄は頭の中で日本地図をひっくり返した。間違いない、名古屋だ。 ふたりは沖合いの明かりをリアル・アイで探索した。燃料が切れたらしく、すでにミサイルの推進力は失われており、慣性とリアルパワーによってここまで運ばれていた。 「あれじゃないか?」 ハジメが指さした。まだ遥か遠くだが、目を凝らすと、暗い中に横たわる船に混じって、船体に米兵から聞いた名前の書かれた船があった。 「おっと、迎撃してくるぞ」 イージス艦の前甲板にある砲塔がこちらを向いた。続いてドンと発砲音。しかしリアルパワーの敵ではない。攻撃を跳ね返してミサイルは突き進む。 萠黄のアンテナを通して、イージス艦の混乱する様子が伝わってきた。まさかリアルが核ミサイルを手土産に訪問してくるとは想像もしていなかったろうから。 「いいか?」ハジメがたずねる。 「ええよ」萠黄は答えた。 核ミサイルは、まっしぐらにイージス艦に向かって突入した。 |
|