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「──貴様、リアルの一味じゃないか」 シュウは、横に並んだ男がハジメであることにようやく気づいた。生き残りの部下とでも思っていたらしい。 「ここで何をしてる!?」 ハジメは答えず、目の前の異様な光景を指さし、 「このデッカい布団みたいなのは何なんだ! まさか生きてるんじゃないだろうな?」 「生き物だ。真崎隊長代理の成れの果てだ」 「真崎? あのクソったれの!?」 「隊長代理も──リアルだったんだ」 ハジメは目を丸くした。 シュウの拳銃が怪物に向けて火を噴く。銃弾はボスボスとめり込むばかりで、全く打撃を与えられない。 怪物の地肌の一部が、スルスルと天井に向かって伸び上がった。伸びた先端が見る見るうちに鎌のような形へと変わっていく。 「気をつけろ、攻撃してくるぞ!」 シュウが言うや、鎌が風を切ってふたりに襲いかかった。シュウは床に身を投げてこれをかわした。 ハジメは身軽にジャンプし、長細い鎌首に足を絡めた。すかさずリアルパワーを込めた手刀を落とす。しかし鎌首はぐにゃりとへこんだだけで手応えはなく、逆に振り落とされてしまった。 チッ。三たび舌打ちすると、姿勢を低くし、客席のあいだをダッシュで駆け抜けた。怪物と床の隙間から中へ突入しようと考えたのだ。ところがどこに目が付いているのか、ハジメの行く手は、垂れ下がってきた怪物のひだのような身体によって遮られた。別の場所からの侵入をと周囲を見回したが、すでにほとんどの座席は剥ぎ取られて、這い込む隙間はなかった。 いま、萠黄と清香がいた辺りだけがふっくらと盛り上がっている。それもさっきよりは小さく、しかもタオルを絞るように捩じれ始めている。 「ふたりを圧殺するつもりだ!」 シュウが後ろから叫んだ。ハジメも同感だった。怪物が真崎だというのは理解を超えていたが、ふたりを潰そうとしていることだけは確かだ。 何か策は? 焦ったハジメは、周囲に目を走らせた。流れ落ちる滝の向こうに黒い立体が左右に揺れている。その上に齋藤がいるのを発見した。他にもいくつか見覚えのある顔が、落とされまいとしがみついている。他には客席の離れたところに見知らぬ男たちがかたまっているくらいで、加勢を頼めそうにもない。 ふと、ズボンの後ろポケットに突っ込んだままの銃を思い出し、引き抜いてみた。囚われていた部屋から逃げる時に持ち出したものだ。銃身が太いくせに銃口はやたらと小さく、まるでSF映画に出てくるような、妙な形をしている。ひいき目にも、女性の護身用にしか見えない。 鎌首は依然、ふたりを狙っている。じっと立ち止まっていてはやられる。 「その銃をどうした?」 シュウが攻撃をかいくぐってハジメに駆け寄った。 「勝手に拝借した」 「それは、野宮博士の作った銃だぞ」 ハジメは博士の容貌を思い出した。 (あのでっぷりとふんぞりかえった奴の?) 目を近づける。銃把に、Made by K.NOMIYAと彫られている。 (オモチャじゃないだろうな) ハジメは試しに空に向かって撃ってみた。ところが銃弾は出てこず、煙のように黒いものが発射されただけだ。それを見て、ハジメの口の中に苦い唾液が込み上げてきた。黒い煙には見覚えがあったのだ。 「俺を動けなくした銃か──」 正確には小型化したものだった。野宮が彼を倒した銃はもっと大きな造りをしていた。 呆然とするハジメに鎌首が鋭く落ちてきた。ハジメはためらうことなく、野宮の銃を向けて撃った。 効果はてきめんだった。煙のような黒い光を浴びた鎌首は苦しげにもだえ始めた。そして突然電気が切れたように床に落下すると、そのままのびてしまった。 「使い方に注意しろ。使い方に注意しろ。その中に内蔵されてるプラズマをちょっとでも身体に浴びたら、あの世行きだぞ」 「言われなくても──」 ハジメは両手を添えると、怪物の膨らんだ部分から離れた、縁の部分に向けて光線を照射した。萠黄たちに当ててしまっては本末転倒だ。 ウオオーーーッ。 怪物の悲鳴が、雄叫びのように競技場に響いた。 ハジメは引き金を引き続ける。怪物はたまらず逃走し始めた。 怪物の下から、萠黄たちが転がり出てきた。 「ふたりは俺にまかせろ」 シュウが言うと、ハジメはジロリと鋭い視線を投げつけた。 「アンタ、迷彩服だろ。どっちの味方だ?」 シュウは一瞬目を泳がせたが、きっぱりと答えた。 「少なくとも、怪物に味方するつもりはない」 清香が喉を押さえながら激しく咽せていた。その横で萠黄は口を開いたままピクリとも動かない。シュウは介抱すべく腰を落としたが、ハジメが動こうとしないので、何も言わずに、持っていた銃を遠くに放り投げた。 それでもハジメは、 「──彼女らに何かしたら、お前を砂に変えてやるからな」 そう言ってから踵を返し、逃げていった怪物の後を追った。 シュウは清香の頬を手の甲で叩いた。彼女の目が開いたのを確かめてから、萠黄の上にかがみ込んだ。 「う……」 さすがのシュウも、Tシャツの袖から覗く萠黄の腕を見ると、ため息をつかずにはいられなかった。 「かわいそうに」 幸い、萠黄にも息があった。 むんの遺品であるTシャツとジーンズはあちこちが破れ、吹き出た脂汗が萠黄の全身をくまなく濡らしていた。 「萠黄さん」 肘をついて上体を起こした清香は、手を伸ばして萠黄の顔に張りついた髪をどけてやった。 「心配するな。彼女は生きてる。俺が運んでいってやるよ」 そう言って、シュウは萠黄を両手で抱き上げた。 「運ぶって、どこへ?」 「真佐吉──いや、PAIが言ってたろ。天井から吊り下がったあの黒い立体が転送装置なんじゃないか。君たちリアルは、あれに乗って元の世界に帰ってほしい。そして、それを手伝うのが、俺の最後の仕事だ」 |
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