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-292- 第21章 エンジェルフォール (9) |
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真崎はチッと舌打ちして銃を持ち直すと、すぐまた少年の上に照準を定めた。 「待ってください!」 シュウは青ざめた顔で横ざまから真崎の腕をつかむと、引き金に指をかけた銃ごと無理矢理上向かせた。 真崎は無言のまま、そんなシュウの胸をドンと押した。 シュウの身体はまるで爆発シーンで飛ばされるスタントマンのように空中を飛翔し、背中から反対側の壁に激突した。 誰もが驚愕した。すっとひと突きで人間が軽々と飛んだのだ。 だが、シュウも優れた傭兵のひとり。後頭部を庇ってうまく受け身をとると、起き上がりざま、真崎に対して腰から抜いた銃を構えた。 それに対し、真崎は腕を垂れ、肩から力を抜いてみせた。 シュウは油断なく相手を見据えながら、 「あなたは、本当に隊長代理の真崎さんですか?」 「他の誰だというんだ?」 「………」 むんはタイミングをはかって、倒れた炎の母親のそばにひざまずいた。 「おばさん!」 「……ほの……」 床に横たわった母親は、かすかに唇をわななかせた。 『くそっ! なんでだよ! なんでこうなっちまうんだよ!』炎の怒声がスピーカーを激しく震わせる。『おい、そこの姉さん、リアルはどっかにいないか? リアルパワーがあれば助かるんだろ!?』 呼ばれてむんは伊里江を探したが、その姿はどこにも見えなかった。先を急いだむんたちについてくることができなかったのだろう。 『くそー、ここにいるリアルは俺だけかよ。どうすんだよ、俺!』 炎は喚き声をあげるが、車椅子に乗った身体はいつものように静かに座ったままだ。ぴくりとも動かない。 むんはなんとかしようと頭を目まぐるしく回転させた。 「隊長代理さん」むんは真崎に顔を向けた。「この子が言うたように、あなたは本当にリアルなの?」 「ああ、そうだ」 真崎はあっさりと認めた。 「だったら助けてあげて。事情なんてどうでもいいからこのお母さんを救ってあげて」 「そんな気はさらさらない」真崎は冷たく言い放った。「どうせここにいる全員は死ぬ運命だからな」 「なぜだ」シュウが銃を向けたまま問いかけた。「なぜリアルであることを隠していた?」 真崎は呆然としている隊員たちをひと渡り眺めると、また視線をシュウに戻して、 「話してやろう。理由は簡単だ。リアルキラーズの一員がリアルだなんてことがバレたらどうなると思う? 除名どころか、消されるのがオチだろう。 俺はあの日、つまりこのヴァーチャル世界が誕生した日の朝、自分がリアルであることを知った。確率から考えて、まさか自分がそうなるとは想像もしていなかったが、そのまさかが起こった時には正直、動転した」 「それはそうでしょう」シュウが相づちを打つ。 「俺は考えた。この裏返った世界でどう行動すべきかとね。その結果、リアルキラーズに残ることを決心した。残れば組織としての人脈、あらゆる装備、あらゆるネットワークを駆使することができる。俺以外のリアルを発見することも容易だろう。俺がリアルであることを活かせる場面があるかも知れない。そう判断したのだ。さらに加えて、この身の保証を得るために隊長を罷免した。俺がトップに立てば、ヴァーチャルのフリが困難な仕事は全て部下に命じられるからな」 「そんなことのために隊長を……」 シュウは割り切れない思いを抱きつつ、さらに問う。 「しかしリアルがヴァーチャルになりきるなんてことが、そう簡単に──」 「無理だと思うだろう。それが当然だ。だが俺には持って生まれた特技があった。まあ特技といっていいだろう。俺は両利きだったんだ。右でも左でも同じことができた。もちろん文字を書く面でもだ。左手では鏡文字さえ書くことができた。スゴくないか? ハハハ」 「俺はまだ信じられない──。だいいちその顔だ」 「これか」 真崎は自分の顔に手を触れた。左目の上を額から頬にかけて走っている裂傷。彼の戦歴を表すとともに、相手に凄みを与えるための道具でもある。 シュウは遠い目をして続ける。 「俺はアンタが戦場でその傷を負った時、そばにいた。もう十年も前のことだ。だから傷がヴァーチャル世界誕生以前からそこにあることを知っている。もしもアンタがリアルなら、俺から見て傷はその日を境に反対に、右目を覆う場所にできたはずだ。これはどう説明する?」 真崎は含み笑いをしながら、それが一番の問題だったんだよとつぶやき、突然カッと目を見開いた。 シュウもむんも気圧されたようにその顔を見つめていると、やがて不可解なことが起こった。目の上に走る傷がムクムクと動き出したではないか。 「──!」 むんは驚愕とともに吐き気に襲われた。 傷口の微動は全体が波打つほどになると、ゆっくりと移動を始めた。左目の上からはずれ、小鼻をよぎり、とうとう顔の中央に達した。 眉間から鼻筋を通り、唇の真ん中を横断している傷。 それでも動きは止まらない。まるで時間を短縮して、地殻の動きを観察しているような気分をシュウやむんに与えた。 傷はいつしか右目の端に差しかかった。真崎はムッと顔に力を込めた。移動スピードはさらに拍車がかかり、裂傷はついに右目の上にたどり着いて止まった。 「ふう」大きく息を吐きながら真崎はにこやかに両手を広げた。「これが俺の新しい特技さ」 「……そんな……何なんだ、それは?」 『リアルパワーだ』黙っていた炎少年が叫んだ。『空気を自在に操るのと同じ理屈で、そいつは自分の肉体を操るコツを身につけたんだ!』 真崎はすべすべになった左頬をさすりながら鷹揚に頷いた。 「その小賢しいガキの言うとおりだ。俺は身体を自在に変化させることができる。なんならもっとスゴいのを見せてやろうか?」 真崎は両腕を上げかけたが、むんが「待って!」と手の平を向けた。まだ訊いておくことがある。 「あなたもリアルでしょう? どうして他のリアルを殺そうとすんのよ」 すると真崎は苛立たしげに、 「知れたことだ。俺がリアルになろうがヴァーチャルのままだろうが、俺自身の目的は変わらん。『真佐吉の野望を粉砕する』、これだけだ!」 「………」 「そういうことなんだよ。リアルが真佐吉の野望にとって必要欠くべからざるものならば、ヤツの手中に収まる前に殺せばいい。これまではリアルキラーズであることを利用するためにじっと我慢していたが、ここまでくればもう必要はない。時間も切迫している。だから地上の部隊から五十嵐が現れたという連絡を受けた時、確実に仕留めてやろうと出張っていったのだ!」 「そのためには、仲間を圧死させてもいいと?」 「小を捨てて大に就く、だ。明日の正午になれば、米軍が最終攻撃をかけてくるんだぞ。手段を選んでいる場合か!」 言い放つと同時に、真崎の身体はむくむくと膨らみ始めた。迷彩服のボタンやファスナーが弾け飛ぶ。身体はますます膨らみ続け、スノーマンかゴーストバスターズのお化けのように巨大化していく。 (こ、これがシロヘビの正体──) むんは逃げることも忘れ、原型をなくした真崎を見上げていた。 |
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