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-285- 第21章 エンジェルフォール (2) |
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むんはWIBAの入口ゲートをはいってすぐにある、第一広場にいた。いたるところにリアルキラーズ隊員の亡骸が転がっている。そのほとんどは既に砂状化が進み、人の形を遺しているものは少なかった。 (ヴァーチャルの世界のほうが、死は美しい──) 身体をねじると、地面に横たわった五十嵐が見える。リアルは死んでも砂になることはない。砂になることはできない。だからこそつらい悲しみが尾を引く。 いま彼の信奉者たちが輪になって囲み、その死を悼んでいる。もちろんむんも悲しかった。むんが駆け寄った時、五十嵐はいまわの際にむんの顔を見上げた。その目は両方とも濁ってはいたが、覆っていた銀色の影は微塵もなかった。 ──萠黄さんよ、ひとつ判ったことがある。この世界のことだ。 五十嵐は苦しい息の下で言った。むんを萠黄と思い込んで。 ──この世界は悪い科学者が自分の欲望を満たすために作った、忌まわしい世界だと思っておったが、そうではない。宇宙には必要ではないものなど、ひとつとして存在しないのだ。この世界もしかり。 むんは徐々に小さくなる老人の口許に耳を寄せた。 ──私らがリアルに選ばれたのも偶然ではないだろう。きっとそれなりの役割が……。 むんの手を握りながら、五十嵐寛寿郎はうっすらと微笑みを浮かべた顔で息を引き取った。最後に彼の脳裏に浮かんだのは、孫の寛之の元気に走り回る姿だったに違いない。 「むんさん」背後から雛田の声が呼んだ。「先にひとりで行っちゃわないでくださいよ。何が隠れているか、知れたもんじゃありませんから」 「あのシロヘビの親玉のこと?」 「それもありますが、迷彩服の連中だって、奥にはゴロゴロいるって話ですよ」 ここで守備の任についていたリアルキラーズは、半数が五十嵐に倒され、生き残った者も、シロヘビの下敷きになるなどして重軽傷を負って、あとから砂状化し、その姿は土に帰った。無事なのはシュウという副長ほか数えるほどだった。 「中村さんがリアルキラーズの武器を集めてます」 「あの人たち、五十嵐さんが亡くなって、どうしはるんやろ」 「それがね」雛田は口の横に手を当てて、「どうやら新しい教祖様を見つけたようですよ」 教祖? むんは不審気な表情で崩れたゲートのあいだから桟橋のほうを眺めた。 若者たちが一カ所に固まっているのが見えた。中心にいるのは、炎少年だった。 「まさか、あのコ?」 「そうらしいんだ」雛田は首に人差し指を差し込んでネクタイを緩めると、「彼がリアルであると知ると、五十嵐さんの亡き意志を継げるのは君だけだと、奴ら、目の色を変えてね」 「はー」 「まあ、あのビジュアルだから、多少、神がかり的ではあるけど」 すると、どう話がついたのか、動き出した炎少年の車椅子に付き従うように、若者たちはゾロゾロとこちらに向かって歩き出した。 むんは首を左右に振り、リアルキラーズの作戦室だった建物に向かった。といっても建物はシロヘビによって破壊され、瓦礫と化していた。むんは残骸にもたれているシュウのそばによると、腰を屈めて話しかけた。 「あなたたちの本隊は、いまどこにいるんですか?」 シュウは擦りむいた顔を上げると、むんに鋭い視線を浴びせた。 「聞いてどうする?」 「わたしたちは真佐吉に会いたいんです」 「ははは、真佐吉か」シュウは鼻で笑うと、「もう少しで我が隊は地下の全フロアを占領する。そうすればイヤでも真佐吉の顔が拝める。もっとも生きたままという保証はできかねるが」 むんはアゴに手をやって、ひとしきり考えると、 「シュウさん、でしたね」 「ああ。シュウ・クワン・リーだ」 「わたしたちを地下に連れていってくれませんか?」 「……なぜそんなことをしなければならん」 「だって、ここを守ろうにも隊員さんは少ないし、さっきのシロヘビの件もあるし」」 「首長竜か」シュウは自嘲気味に笑いながら、自分のレシーバーを示した。「たった今、本隊に連絡を入れたよ。白くて長ーい怪物が出たぞ。気をつけろってな。一笑に付されちまったぜ。寝ぼけるなってね」 「わたしが追いかけた時、ほらあそこ」と言って、メインストリート脇の大きなスロープを指さした。大型トレーラーさえ入れる地下駐車場へと続く道だ。「白い頭があそこに消えていくのをチラッと見たんです」 「………」 「あんなのがウヨウヨしてるとしたら、地下にいるお仲間が危険じゃありませんか? 彼らが信用しないのなら、あなたが行って助けてあげなきゃ」 「君の最終目的は?」 シュウのまなざしから嘲笑の色が消えた。むんはここぞとばかり身を乗り出し、 「わたしは、ただ真佐吉に会って、転送装置を借り受けたいだけです。友達のために」 「萠黄さんか──」 「知ってはるの?」 その時だった。地面が僅かに横揺れした。 「何ごとだ?」雛田が両手を広げて腰を落とした。 「あ、アレを見て!」 むんが指差す方向、そこには自分たちが渡ってきた桟橋があり、いまだ数多くの群衆がいた。 その桟橋がゆっくりと斜めに動き始めた。 「動いてる! WIBAが動き始めたんだ!」 叫んでいるあいだに、桟橋はねじれるようにして千切れ、人々は海の中に放り出された。 徐々に陸地が離れていくのが判る。手前で母親に押されて逃げてくる炎少年の姿があった。 むんは拳を握りしめ、キッとWIBAを振り返った。 「これで全ての駒が揃ったって言いたいんやね!」 |
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