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-284- 第21章 エンジェルフォール (1) |
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《とびきり面白い活劇ショーの始まりだ》 倉庫代わりの小さな部屋。 萠黄が真佐吉の差し向けた男たちに追われ、隠れる場所はないかと手近なドアを開いた時、ここなら簡単には見つかるまいと当たりをつけ、迷うことなく飛び込んだのだった。 直後に男たちの足音が廊下を駆け抜けていった。萠黄は幾度目かのピンチを脱したことを知ってホッとすると、気が抜けたのか、そばにあった段ボール箱に寄りかかり、倒れるようにして気を失った。 揺り起こしたのが、冒頭の真佐吉の声だった。ひどくうれしげに笑いながら。 段ボールにもたれて床に座っている萠黄のちょうど真向かいの壁、そこに四角い画面が浮かんでいた。ここにも液晶パネルが嵌め込まれていたのだ。 『活劇ショー』として見せられたのは、五十嵐と迷彩服の一騎打ちだった。 《入口ゲートのモニュメントには、独立した監視カメラを仕組んである。おかげでこうして観戦することができたよ。まあゆっくりくつろいで、試合の模様を楽しもうじゃないか》 真佐吉はリアルの五十嵐が勝利するものと確信していたはずだ。じっさい迷彩服側が押す形になっても、そのうち挽回するさと軽口を叩いていた。 そして終盤。五十嵐は狂気に駆られたように、次々と迷彩服たちをサーベルの下に沈めていった時は、拍手する音さえ響かせた。 ところが、である。土壇場で状況は一変した。ふいに画面に得体の知れない白いものが登場すると、五十嵐老人を口らしき部分でガブリとくわえてしまった。萠黄は思わずスピルバーグの恐竜映画を思い出していた。その中で人間がT─REXの餌食になったシーンにそっくりだったからだ。 萠黄の肌は粟立った。怪物が登場して、画面はリアリティを失った。時代劇の中にゴジラが乱入したような、いやそれ以上の不可解さ、不自然さがあって、そのわけの判らなさに萠黄は寒いものを感じたのだ。 五十嵐は白い怪物にさんざんいたぶられたあげく、最後は地面に叩きつけられ、動かなくなった。 怪物は役目を終えたと言わんばかりに、ズズズと巨大な図体を引きずりながら、画面の外に消えていった。 「何なん? コレ」 萠黄の口がひとりでにつぶやいていた。五十嵐が倒された、おそらくは生きていても瀕死の重傷であろうことは容易に想像がつく。だがその悔しさ以上に、最後に現れた正体不明の怪物の所業は、あらゆる意味で萠黄には許せなかった。 「あんな怪物がWIBAに棲みついてたやなんて──真佐吉さん! あなたが飼い主なん? あなたがけしかけたん!?」 燃える目で天井を見据える。しかし真佐吉が返事をよこすまで、しばらくの間があった。 《私は知らない。私の知る限りでは、WIBAにはあのような生物は棲息していない》 「でも、現におったやんか。あなたはこの湖上都市の機能を完全に支配下に置いてたんでしょ? あなた以外に誰が──」 《何だと思うね、正体は》 唐突に真佐吉は質問してきた。 「何って──琵琶湖の底に昔からおった恐竜ビワゴンとか……。ゲームやなんて言いながら、あんなもの凄い隠れキャラを秘密にしてたんやったら、卑怯やよ」 ため息の音が聞こえた。 《君はいると思っているのかね。琵琶湖にそんなUMA(ユーマ)など》 UMAとは、謎の未確認生物を表す俗語である。 「だって──そしたら──」 萠黄は言葉が続かなくなった。 《もう一度言う。私は、知らない。だいいち、リアルを屠ってもメリットがないじゃないか》 その通りである。真佐吉はリアルを生きたまま集める必要があるのだ。 沈黙が降りた。萠黄はもっと問い詰めてやろうと前のめりになったが、言うべき文句が思いつかなかった。 《調べてみる──》 言ったきり、真佐吉は会話を断った。真佐吉の気配が部屋から消えた。 「ちょっとぉ……もう! 無責任な」 萠黄は腹を立てながら、目を画面に戻した。中継はまだ継続している。倒れた五十嵐に濃紺のTシャツに青のジーンズをはいた女性が近づいていく。 「むんっ」 その時、まるでシャボン玉が消えるように、壁の上から映像が消えた。壁はただの壁に戻った。 (………) 萠黄は中味の詰まった段ボール箱のひとつに腰かけた。今見たもの、聞いたことを整理したかったのだ。 一方的に映像。あれは本当の出来事だったんだろうか。 瞼の裏に五十嵐の血まみれの姿がくっきりと焼き付いていた。そして五十嵐をパクリとくわえた怪物の、のっぺりとした白い皮膚も。そう、怪物の皮膚は恐竜のようなイガイガでもなく、魚のようなウロコでもなく、ひたすらのっぺりしていた。他に表現のしようがなかった。 『私は、知らない』 真佐吉の言い分を鵜呑みに信用することはできない。それにしては「知らない」と言った声はいやに真に迫っていた。演技かも知れないが。 靴音がした。思考は中断された。 『──この部屋はまだ調べてなかったぞ』 ドアのすぐ外で、男の声が言った。萠黄はすぐに頭を巡らせて逃げ道を探した。それはドアの真向かいの壁にあった。萠黄は急いでそちらに向かい、ドアをそっと開けた。また別の廊下があった。人影はない。すっと身体を滑らせ、後ろ手にドアを閉める。すぐ左手に下り階段がある。 (また下り……) ここに至るまで、数度に渡って階段を降りている。表示がないので、いま自分は何階にいるのか判らない。 とにかくここにいては危ない。萠黄はドアを離れた。 |
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