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-283- 第20章 最後の対決 (14) |
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入口ゲートの両側に配置された液晶掲示板は、寛之少年に関する一部始終を、途中で切れることなく最後まで映していた。それは真佐吉の意思だった。彼が欲しいのはリアルの身体。リアルが真佐吉に会いたいと思うなら、その障害を取り除くことはもちろん真佐吉の利益につながる。ゆえに真佐吉は、大型画面に寛之少年の横顔を映してみせた。 今や数千人に増えた群衆は、誰もが五十嵐に同情を示していた。これだけの人々で押し寄せれば、あるいはリアルキラーズを圧倒することができるかも知れない。ましてやマスコミも味方につけた。むんは前方に光を見つけた思いがした。 「五十嵐さん、よかったね」 むんは前にまわって、うつむいた老人の手を取った。 パシッ。その手を皺寄った手がはねつけた。 「………?」 五十嵐はまるでロボットのような、ゆったりとした動作で身体を真っ直ぐに起こした。 ライトが照らした瞳が、銀色にきらめいた。 「──ヨクモカワイイマゴヲテニカケヨウトシタナ」 むんは五十嵐の無機質な言葉を最後まで聞くことはできなかった。突然に風が舞い、五十嵐が煙のように消えたからだ。 彼女はしまったと口走り、かすかに白み始めた空に目を走らせた。 (一線を越えてしもたっ!) ガハッと息の漏れる音がした。むんの目は桟橋の尽きた場所に吸い寄せられた。 五十嵐と曽我部が重なって見えた。 老人はサーベルを振り下ろした姿勢で止まっている。曽我部は目を丸く剥き出して、真横を見据えている。 ツツッと視覚がズレた。そこだけハサミで切り取ったように。ズレはさらに広がっていき、曽我部の首はボールのように橋の上に落ちたが、ボールほど弾まなかった。 群衆は凍りついた。 五十嵐によって強引に再開した勝負は、呆気なく決まった。しかしそれは人々の思い描いていたような、感動のエンディングではなかった。 さらに群衆は数瞬の後、自分たちの思い込みを後悔することになる。なぜなら──。 「五十嵐さん、待って!」 追おうとしたむんを、雛田が抱き止めた。 「もう止められない!」 むんはわななく口を開いたまま、老人の残像を網膜に焼き付けるしかなかった。 五十嵐の動きはもはや人間のものではなかった。シュウの号令一下、発射された銃弾の雨をくぐり、はじき返し、迷彩服を手近な場所にいる者から、そのサーベルの餌食にしていった。 「貸せっ」 シュウは部下から奪ったマシンガンで、自ら仕留めようと狙いをつけた。しかし、あまりの速さに標的の姿がブレて見え、照準を合わせることができない。 そうしているあいだにも、隊員たちは胴を斬られ、腕を断たれて倒れていく。未来都市WIBAの正面ゲートは、真っ赤な砂の飛び散る異空間へと変貌した。 「そうだ、アレを使えば──」 シュウは二階の作戦室へと駆け戻った。 プラズマ放射装置。リアルに対抗する最終兵器。 マシンガンの体裁に改造された装置は、通常のマシンガンの三倍の重量を持つ。シュウは担ぐようにして持ち上げると、急いで外に出た。 隊員たちの発する重火器の光は、すでに半分に減っていた。全滅は目前だ。 「五十嵐ィーーーッ! 俺だァ、貴様の孫を殺せと命じたのは俺だぞーーーッ!」 もちろんでたらめである。東京に待機させてある隊員を動かしたのは、曽我部の独断だ。耳にしていれば反対しただろう。あくまでも政府の意向で動いている我々が、卑劣な手段に手を染めることは許されない。少なくとも表立っては。 だが今回のようにテレビ中継で全国放送されてしまえば、それもお終いだ。この世界が今後も続くなら、政府は責任を取らざるを得ないだろう。 (続くならだが──) 五十嵐の動きが変化した。こちらへと向きを変えたのがハッキリと判った。シュウはレシーバーに叫んだ。 「全員に告ぐ。発砲を中止せよ!」 ライトが音を立てて砕けた。続いて二番目、三番目と壊され、消えていく。まるで猛獣が接近してくるような戦慄をシュウは覚えた。 (勝負のチャンスは一度だ) プラズマ銃を構える。 暗視スコープが五十嵐を捕捉した瞬間、シュウは引き金を引いた。 わずかな反動があり、黒い光線が照射された。 (やった──) 手応えを感じた。 彼はスコープから顔を外した。その途端、わけの判らない悪寒が全身を貫いた。降り注ぐ害意。 シュウは空を見た。 覆い被さった雲の下に、黒く浮かんでいるのは──。 ドンッと作戦室のある建物全体が揺れた。 シュウは驚愕した。五十嵐の顔が鼻先にあった。 「天ニ代ワリテ不義ヲ討ツ──」 つぶやいた口は大きく開き、両目はほとんど飛び出している。肌はどす黒く、髪はほとんど抜け落ちていた。 「リ、リアルパワーの成れの果て……」 シュウはかつて味わったことのない恐怖に全身を絡めとられていた。五十嵐が醜く歪んだ腕でサーベルを振り上げても、身動きすらできなかった。 身体から力がすうっと抜けていく。 しかし無慈悲にもサーベルはシュウの首筋へと振り下ろされた。 衝撃がシュウを打った。彼は空中に飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられた。 背中の痛みに耐えながら、あわてて首筋をまさぐる。 (まだくっついてる) シュウはようやく襲ってきた震えに身体をおののかせながら、周囲に五十嵐の姿を探し求めた。 その目に異形の物体、いや生物がのしかかってきた。 彼は幼少の頃、映画で見た恐竜を連想した。 真っ白な首長竜がそこにいた。 首長竜だと思った理由は、先端に顔らしきものがあったからだ。そして両アゴは人をくわえている。 悲鳴が谺し、くわえられた人間の手から何かが落ちた。 サーベルだった。 シュウは我が目の見ている光景が夢なのか現実なのか判らなかった。幸運にもつながっていた首を巡らせると、桟橋の上は押し合いへし合い、我先に逃げようとする群衆で満ちていた。一番前で腰を抜かしているのは舞風むんか。 首長竜は、散々にもてあそんだ五十嵐を地面に落とすと、WIBAのビル群に吸い込まれるように帰っていった。 辺りは静かになった。それでもシュウは立てずにいた。 隊員のひとりが駆け寄ってくる。 「副長、大丈夫ですか?」 「──お前、今の、見たか?」 「ろくろ首ですかい?」 (首?) シュウは初めて気がついた。 首長竜に胴体がなかったことに。 |
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