Jamais Vu
-280-

第20章
最後の対決
(11)

 監視カメラに映った人影が五十嵐だと判ると、曽我部は思わず口笛を吹いた。
「向こうから会いにきてくれたぜ。ヒァーッ、ヒァッヒァッヒァッ」
 彼は引き笑いを発すると、喜々として待機所を飛び出した。その際ロッカーの中にあった、ある物をつかんで。
 表に出ると、五十嵐の姿は肉眼でも確認できた。曽我部は笑みながら後ろを振り返り、二階の作戦室から出てこようとする隊員たちを制止した。
「お前らァ、手を出すなよ」
 隊員たちは呆気にとられて曽我部を見おろした。シュウも出てきたが、どういうことだと問う顔をしている。
「あの獲物は俺がいただいた!」
 曽我部は同僚にVサインを送った。いつも以上にテンションが高いのは、逸る気持ちを抑えきれないためだ。
(コイツの役立つ時が来た!)
 彼は右手に持った長物をグッと握った。

 隊員がシュウに訊ねた。
「あの長いのは何ですか? まさか……」
「そのまさかだ」
「えっ、じゃあ本物の──!?」

 WIBAの入口ゲートを抜けると、真っ白な桟橋が陸地まで伸びている。五十嵐はすでに橋の中央までやってきていた。
 曽我部は桟橋のたもとに仁王立ちして五十嵐を出迎えた。五十嵐らのほうでも曽我部に気づいたらしく歩みが止まった。
「ご老体!」曽我部の声が、夜明け前の海岸に響き渡った。「この橋を渡りたければ、俺を倒してから行け!」
 曽我部は両手を高々と差し上げた。そして右手につかんだ鞘を引くと、ぎらりと鈍く光る日本刀の抜き身が現れた。
 実況を続けていた女性レポーターが短い悲鳴を上げた。
 するとそれが引き金となって、先頭を行進していた五十嵐の信奉者たちの隊列が乱れた。ある者は腰を抜かしさえした。
 曽我部は鞘を足許に置くと、刀の切先を前に向けた。
 マスコミ陣は声をひそめた。誰もが立ちすくんでいた。
 そんな混乱をよそに、五十嵐は歩調を落とさず進む。それを待ち受ける曽我部。
 やがて互いのまばたきが見える距離になると、五十嵐は爪先を揃えて立ち止まった。
 対峙するふたりを、WIBAのライトが照らしている。
 曽我部は舌を出して唇をぺろりと舐めると、短く言い放った。
「行くぞっ」
 曽我部の身体が前に倒れたと見えた瞬間、ふっとその姿が消えた。五十嵐は左足を後ろに下げ、素早くサーベルの柄を握ると、抜き手も見せずに頭上を一閃した。
 キンッ。
 刃の触れ合う音が響き、曽我部は五十嵐の背後に着地した。と、振り向きざまに刀を横に払った。これを五十嵐は跳ね返し、ふたりは欄干を背負う形で左右に分かれた。
「ふう」曽我部は息をつき、「外見は老人でもリアルだけのことはある。俺の初太刀を難なくかわすヤツなんざ、この十年、お目にかかったことはない」
 曽我部は本心ともからかいともつかない口調で言うと、刀を上段に構え直した。
 五十嵐は動かない。
 曽我部はじりじりと足を滑らせて間合いをせばめていく。
 五十嵐はそんな相手に対してサーベルを降ろすと、
「君の名前は?」と質問した。「私は──」
「五十嵐寛寿郎だろ? アンタのことは全て調べた」
「ほう」五十嵐はヒゲに手をやった。
「俺の名は曽我部マサルだ。リアルキラーズの第三中隊を率いている」
「曽我部君。私は先を急いでいる。益のない争いはやめようではないか」
「ご老体」曽我部は乾いた唇をひと舐めし、「俺はアンタとこうして相見えるのを楽しみにしてたんだよ。アンタは俺の部下の一個小隊を全滅させてくれた。よもや忘れたとは言わせんぞ」
「記念館のことを言うとるのか。あれはしかたのないことだった」
「しかたがないじゃ済まん。……まあそれはどうでもいい。俺はリアルキラーズだ。リアルを発見次第、討ち取るのが俺の仕事だ」
「敵を間違えておるぞ。討ち取るべきは伊里江真佐吉だ。人類の敵ともいうべき真佐吉退治に、同じ日本人同士、協力せんか?」
 そうだそうだという声が五十嵐信奉者のあいだから巻き起こった。テレビカメラはその様子を含めて、両者の戦いを撮り続けている。曽我部はチラッと見て、
「マスコミと結託したか。全国に中継して俺たちを悪者に仕立て上げようという腹か? 姑息な手段を使ってくれるじゃないか。伊達に歳は食ってないようだ」
「構うな。この人たちは無関係だ。WIBAに渡るのは私ひとりでいい。どうか通してくれんかな」
 五十嵐は言葉尻を和らげて話しかけた。闘う意志のないことを伝えたかったのだ。
 しかし相手は耳を貸さず、さらに間合いを詰めてくる。
 五十嵐は首を左右に振ると、サーベルを握りしめたまま、WIBAへと歩き出した。
「待てっ」
 曽我部は五十嵐を呼び止め、同時に身体を横に滑らせ、あらぬ方向に刀を走らせた。
 ぎゃっと悲鳴が上がった。
 斬られたのは信奉者のひとりだった。首筋から赤い砂を噴き上げて仲間の腕の中にどうっと倒れた。
 五十嵐は血相を変えて駆け戻った。
「貴様っ!」
 空気が一瞬にして緊迫した。
 曽我部は刀に付着した砂を無造作に払うと、待ってましたとばかり、正面から刀を振り下ろした。
 避けようとして五十嵐はバランスを崩した。だが倒れながらもサーベルで曽我部の足を払った。
「うっ」
 左腕に激痛が走る。橋の上にナイフが突き立った。右腕から血が飛び散る。寸でのところでかすめたようだ。傷の深さを確認する余裕はない。
 軽々と宙に飛んで五十嵐の太刀をかわした曽我部は、着地するやすぐに殺到してくる。
 五十嵐は、シャアッと掛け声もろとも、左手一本で曽我部の胴斬りを狙った。
「おおっ」
 誰もが勝負あったと思った。しかし僅かの差で曽我部は身体を反らせ、鋭い切先をかわしていた。
 曽我部にとっては間一髪だった。体勢を整えた彼の胸は横真一文字に切り裂かれ、肌があらわになっていた。
 息詰まる死闘だった。
 見つめる五十嵐の仲間たちやマスコミ陣、そして対岸で遠巻きにしている迷彩服たちも、声を出せないまま、成り行きを見守っていた。

《なんてこった。イガカンのジイさん、迷彩服とサシで闘ってるぞ》
 カバ松が報告すると、雛田は目が飛び出さんばかりに驚いた。
「な、なんでサシなんだ?」
《よく見えん。もちっと右に寄ってくれ》
 雛田は背伸びしたまま、携帯を持つ手を人垣の低いほうへとズラした。頭の上から《もっと右、いやチョイ左だ。フラフラするなよ、酔うじゃないか》とエラそうな指図が落ちてくる。
 雛田は頑張って腕を伸ばし続ける。そんな彼の肩を後ろからむんが叩いた。
「無理せんでも、携帯テレビに映ってんで」
「えっ」
 雛田の足がもつれて、携帯もろとも路上にデンとひっくり返った。



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