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-278- 第20章 最後の対決 (9) |
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「シュウ、いるか? シュウ・クワン・リー!」 フルネームを呼ばれてシュウは我に返った。 声の主は作戦室の入口で手を挙げていた。シュウは五分刈りの白髪頭を認めると、拳を額に当てて嘆息した。疲れた時にあまり話したくない相手だった。 「シュウよ、隊長の様子はどうだ。まだ応援の要請は来ないのか?」 大声が大股の足取りで近づいてくる。 曽我部マサル。見た目は老けているがシュウより三つ四つ若い。彼は真崎のもと、シュウと競う形で世界各地を転戦してきた傭兵仲間だ。雑多に集められたリアルキラーズの中でも数少ない同志である。このリアルキラーズ編成にしても、真っ先に馳せ参じた真崎信奉者のひとりでもある。もちろん傭兵としての腕は一流だ。だが、シュウはこの男があまり好きではない。 「デカい声でしゃべるな。頭に響く」 シュウはうんざりした声で返したが、曽我部は気にする様子もなく近づいてきた。 「よう、隊長だよ隊長」 「隊長代理だ」 「チッ、どっちでもいいじゃないか」曽我部は机の上に両肘をつくと、シュウにその暑苦しい顔を寄せた。「なあ、どうなんだ?」 曽我部はここ数日抱いていた危惧をシュウにぶつけていた。真崎がいつもの真崎らしくないというのだ。シュウもその意見には賛成せざるを得なかった。 ひと言で言うと、なま温さが目立つのだ。 シュウのよく知る真崎なら、リアルなど発見次第、ただちにその命を奪っていただろう。リアル抹殺を標榜して集まった集団である。そうでなくては意味がない。しかしながら、京都工大では元の世界に送り返すという大学側の意向に唯々諾々と従った。 リアルは正面からの攻撃を跳ね返すことはできるが、予想不可能な攻撃には身を守ることができない。だから、闘う術を知らない一般人の彼らを抹殺する機会はいくらでもあったはずだ。 曽我部はそこを疑問視している。 「俺の知ってる真崎さんは、あんな人じゃない。俺は今の真崎さんの腹の内が理解できんのだ。大学で一気に殲滅しておけば、味方を失わずに済んだのに」 WIBA記念館で起きたリアルキラーズ全滅事件。犯人はたったひとりの老人だった。あの事件が自分たちに与えた影響は大きい。真崎のやり方に不満を持ち、袂を分かった仲間もいるほどだ。 数時間前、目と鼻の先の小学校で若い隊員数名が倒れているのが発見された。聞けば利根崎にそそのかされ、別行動をとっていたという。さらに利根崎はリアルである柊と手を結び、リアルの五十嵐や伊里江真佐夫を虜にしていたというのだ。事を聞くに及んで、シュウは我が耳を疑った。 (リアルキラーズは崩壊した) カリスマと仰がれたリーダーが迷走しているようでは、所期の目的を成し遂げることは到底不可能。 そんな思いが頂点に達し、副長クラスが真崎に詰め寄ったのはその直後のことだった。 真崎は熟考の末、お前たちの言い分はもっともだと、意外なほど素直に自らの至らなさを謝罪した。 「野宮助教授の作戦が万が一失敗に終われば、その時こそ我々の出番だ。真佐吉がいると思われる中枢に向けて、一気に殴り込め!」 その言葉は、シュウの胸のつかえを取り除いた。曽我部もその時は納得の表情を浮かべた。 ところが、である。野宮の作戦が文字どおり水泡に帰したことで、自動的に地下侵攻作戦が発動するや、シュウも曽我部も作戦から外されてしまったのだ。 「WIBAの内部だけに照準を合わせるのは危険だ。まだ外にいるリアルは真佐吉の転送装置を狙って、WIBA包囲網を突破しようと試みるに違いない。我々の地下侵攻が彼らに邪魔されぬよう、お前たちは外壕を見張るんだ」 そう言い残すと、真崎隊長代理は陣頭に立って、地下へと階段を降りていった。 当然、曽我部は不満をあらわにした。 伊里江真佐吉の首には莫大な懸賞金がかかっている。真崎は作戦が成功したあかつきには、それを等分に分けることを約束している。だが曽我部は功名心の塊のような男だ。かつて一度、彼はあるオペレーションの中で独断専行し、真崎やシュウを危地に追い込んだことがある。 真佐吉をその手で挙げれば、傭兵としての値打ちは真崎を超える。曽我部はそう信じているようだ。 真崎がそんな曽我部を外したのは判らないでもない。シュウまでも後方に置いたのは、バランスをとるためだろう。シュウは長年の同志でもある真崎の心中をそう理解した。 しかし、曽我部である。 彼は真崎に対して過剰に心酔するあまり、面と向かって意見を述べることができない。少々屈折した性格の持ち主なのだった。 「まだ言ってこないか? 俺抜きじゃやっぱり無理なんじゃないか? 一度連絡をとってくれよ」 「何度も鬱陶しい奴だな。いい加減にしないと、持ち場を離れたことを報告するぞ」 曽我部は肩をすくめると、シュウの背後に目をやった。シュウもぐるりと椅子を回す。 ホワイトボードに並んだ札には、リアルの名前がひとりひとり書かれている。『光嶋萠黄』だけが離されているのは、現時点で確実にWIBAにいるからだ。 そして『小田切ハジメ』。彼は野宮の遺産であるプラズマ放射装置によって、動けないまま幽閉されている。 「俺の部下を皆殺しにした五十嵐って年寄りはまだ外にいるんだな。コイツだけは俺がこの手で仕留めてやる」 曽我部はそう言って唇をねじ曲げた。 シュウは顔を背けた。シュウが曽我部を生理的に嫌う理由は、彼の嗜虐性だ。 曽我部の闘いかたの特徴は、必要以上に残酷なことだった。この二十一世紀の時代に、まるで未開の民族がするように、相手の身体の一部を勝利の印として持ち帰るのだ。その顕著な例が、先週の東北での対リアル戦だ。彼は自ら立てた作戦でリアルの青年を窮地に追い込み、自爆させた。曽我部はその青年の指を土産とし、シュウたちの面前で自慢げに披露した。 曽我部はナイフの達人だが、精神的に相手を追いつめることを無上の歓びとする。 シュウはそんな男と同じ空気を吸っていることに耐えられなくなり、 「用もないのにこちらから連絡できるか。何か動きがあればすぐに教えてやる。だから早く持ち場に戻れ」 「あいあい。邪魔したな」 曽我部は粘っこい一瞥を残して帰っていった。 シュウは空気を入れ替えようと、立っていって換気扇のスイッチを入れた。その目が『光嶋萠黄』の札を捉えた。 彼はホワイトボードに近寄ると、札の文字を指でなぞった。 (いやいや、思い出してみれば、妙な娘だったな。引っ込み思案なようでいて、人と溶け込む術を心得ている。突っ張ってるかと思うと、自分を責めて落ち込む。まるでサイコロのように表情が変化したっけ──。なんとか彼女だけでも、元の世界に送り返してやりたいもんだ) |
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