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-276- 第20章 最後の対決 (7) |
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管理所に明かりがともった。和久井の短い悲鳴が聞こえた。やがて突入した男の片割れが出てくると、 「いたのはひとりだけ、しかも女だ」 と怒鳴った。それに対してリーダー格の男は顔をしかめて叱咤した。 「大きな声を出すな」 自分が最初に撃った銃声のことは棚に上げている。 久保田は動くに動けず、じっと相手の隙をうかがうしかなかった。そんな久保田に男は銃の筒先を揺らし、 「早く逃げなよ。任務とはいえ、俺たちも少しは楽しみたいからさぁ」 「楽しみだと?」 「だから処刑ごっこ。判りやすくいうと〈狩り〉だよ。ずっと地下にいるとストレスがたまっちゃってね」 「………」 「長野から呼び出されてこのかた、ずーっと太陽を拝んでなかったし──といってもすっかり陽が暮れたけどな。お前たちに打撃を与えるということで、ようやっと、まさきっつぁんの外出許可が下りたんだ」 (まさきっつぁん──真佐吉のことか) 「そんなことより、早く逃げろよ。逃げ切れたら命が助かるんだからさ。おっと、仲間に連絡しようなんて考えるなよ」 そう言って釘を刺すと、男は管理所に目をやった。ふたりの仲間が和久井を連れ出そうとしているところだった。和久井は抵抗をあきらめて、ぐったりとしている。 久保田は激しく後悔した。服を奪った時、いっしょに銃も取り上げていたのだ。だがまさか使うことになるとは思いもしなかったため、パソコンといっしょにリュックに入れたままだ。 「さあ始めるぞ。五つ数えたら撃つからな。いーち」 (一か八か組み付いてやるか? しかし仲間がいる) 「にーい」 (逃げようにも、この怪我では走るのは不可能だ) 「さーん、しーい」 久保田の手が地面をまさぐった。 男は引き金の指に力を入れる。 「ご──」 久保田は素早く身体を反転させると、握りしめた石を相手の顔に投げつけた。男との相撃ちを狙ったのだ。 (当たったか!?) 久保田の回転する視界の中で、相手の男は両腕を上げてのけぞると、音を立てて背中から地面に倒れた。 「おい、どうした!」 男の仲間が和久井助手を放り捨て、胴間声を上げながら駆けてくる。久保田は倒れて動かない男に這い寄った。男の銃を奪えば形勢は少なくとも五分になる。そう踏んだのだ。 だが男に近づいた久保田は仰天した。相手の胸が赤く染まっていたからだ。 (どういうことだ?) 久保田の身体が一瞬強張り、わずかの間があいた。それが久保田に不利に働いた。 ふたりの男は腰から銃を抜いた。 久保田はようやく銃に手が触れたが、とても間に合いそうにない。 (ここまでかっ) 絶望を感じた時、耳のそばでプシュッ、プシュッという圧搾音が鳴った。するとふたりの男が相次いで倒れたではないか。男たちはそのまま起き上がる気配はなかった。 久保田は何が起きたのか理解できなかった。呆然と目を彷徨わせていると、 「怪我はないか?」 後ろから駆けてきた男に背中を支えられた。迷彩服だった。また別の男がそばを通り過ぎた。彼は銃を持ったまま、倒れた三人に近づいて様子をうかがっている。 「足の裏をやられたな。少し砂になってるが、かすり傷だ。もう止まってるよ」 「ああ……ありがとう」 久保田は正体を悟られないよう、顔をそらした。 点検を終えた迷彩服はこちらを向くと顔を左右に振った。どうやら死んでいるらしい。銃を腰に戻すと、管理所の横で腰を抜かしている和久井助手のほうへと近づいていった。 「もしかしてあの管理所にいたの、アンタか? さっき車でそこの道を通ったんだが、戻ってきてよかった」 「どうして──」 「ん? 知らないのか? 管理所の建物は不法侵入者に対して、屋根の先端に取り付けられたライトが点灯する仕組みになってる」 「へ……」 「くせ者が忍び込んだと睨んで、こっそり戻ってきたんだよ」 久保田は背中を叩かれて、やっと現実に引き戻された。 屋根の上を見上げると、確かに小さな緑のライトがともっている。久保田は改めてため息をついた。 しかし一難さってまた一難、今度は迷彩服に発見されてしまった。この状況をどう切り抜ければいい? さいわい同じ服装のため相手は気づいていない。このままだましおおせればいいが──。 倒された三人の身体から、砂が風に乗って舞い上がっていく。 「コイツら、何者だったんだろう」 迷彩服がつぶやく。久保田は敵ながら助けてくれた男たちに好感を抱いた。 「自分たちのことを、長野防衛隊と名乗っていた」 「ナニ? 長野?」迷彩服は虚をつかれたように驚きの声を上げた。「長野防衛隊……清香さんを苦しめた連中か」 久保田はハッと眉を上げて、初めて相手の顔をしげしげと見た。 「アンタとは、どこかで会ったか?」 「ン?……まあ俺って知る人ぞ知る存在だから──」 「違う。和歌山のホテルで」 「和歌山? ……ああ! アンタあの時の板前さんじゃないか!」 「揣摩太郎──さんだったよな?」 揣摩は頷くと、女性ファンなら失神しそうな満面の笑みを浮かべた。 「そうか、アンタは萠黄さんらを車に乗せて、奈良に向かったんだったよね」 「いやあ、こんなところで会えるとは」そう言ってから久保田は声を落とした。「あちらの人は?」と和久井を抱き起こしている迷彩服を指さした。 「マネージャーの柳瀬。俺は心のバランスを崩してしまい、彼といっしょに和歌山に残ったんだ。でも」揣摩は頭を掻いた。「ずっと萠黄さんたちのことが気になっていた。だから迷彩服が隊員の追加募集をしていることを知って、彼とふたりで入隊したんだ。もともと俺は体力も体術も自信があったし、柳瀬はヒーロー特撮物の出演がらみで、本物の銃の扱いに長けてたしね」 久保田はもう一度、長野防衛隊の男たちの亡骸を見た。百発百中である。まさに久保田にとって彼らは命の恩人だった。 柳瀬は和久井をお嬢さんだっこして帰ってくると、 「タロちゃん、このかた無事よ、怪我してないワ」 久保田はあらためて柳瀬に礼を述べ、互いの無事を歓び合った。 「ところで久保田さん」揣摩は言葉を改めて話しかけた。「萠黄さんやむんさんはどこに? それに久保田さんはここで何してるの?」 久保田はこれまでの話を語って聞かせた。 揣摩は萠黄が地下に連れ去られ、むんが迷彩服側に拉致されたことを知ると顔色を変えた。 「助けないと! そのために俺はやってきたんだ!」揣摩は両拳を握りしめた。「しかし──地下に降りる階段は、すべてリアルキラーズに押さえられ、見張られている。俺と柳瀬は通れるとしても、アンタたちは無理だ。出入りは厳重にチェックされてるからね」 一同は腕を組んで考え込んだ。 「あそこはどうかな?」 久保田は排気筒を指さした。揣摩はポンと手を叩き、 「──なるほど、長野の連中が出てきた秘密の通路か。あれならかなりのところまで行けるかも知れない」 むんのことは気にはかかるが、現状ではWIBAの外に出るのは無理だった。 「よし、第一目標は、萠黄さんの救出だ。アンタたちがいてくれるんで勇気百倍だよ」 久保田は高らかに宣言した。 「でも、その足で歩けますか?」 揣摩が気遣った。久保田は立ち上がってみせた。痛みは走るが、そんなことを言ってる場合ではない。 「いざとなれば逆立ちしてでも進むさ」 四人は揃って、排気筒から突入することを決めた。一番気合いが入っているのは、柳瀬忠夫三十八歳だった。 「いよいよ敵のアジトに潜入するのネ。血湧き肉踊るワ。待ってろ、ショッカー!!」 気勢が全員に伝わり──和久井助手でさえ、まなじりを決して──いざ、排気筒に登ろうとした時、 「スマン、忘れ物だ!」 久保田が手を挙げて制止を求めた。 「すぐに戻る」 頭を下げつつ、久保田はトイレに駆け込んだ。 |
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