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-275- 第20章 最後の対決 (6) |
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夜の闇が濃さを増しつつある。 セントラルタワーから三ブロックほど南にある小さな公園。いま一台のジープがその横を走り抜けていった。そのテールランプをじっと見つめる二組の目が、入口脇の公園管理所の中にあった。 「行ったみたいですね」 小さいほうの影、和久井助手がささやくと、 「これはまだまだ使えるな」 と大きな影、久保田がつぶやいた。彼はパソコンの画面を覗き込んでいた。萠黄が連れ去られた時の彼女の置き土産だ。画面には以前と同じように、迷彩服たちの位置がWIBA地図上にしっかりプロットされている。今しがた通り過ぎたジープに乗っている隊員の数まできっちりと示していた。 室内の机の引き出しに誰かが買い置きしたカップラーメンが入っていたので、久保田と和久井は生のままポリポリとかじった。巨体の久保田の空腹を満たすには到底足りなかったが。 (おかげでズボンが楽々入っちまった) 久保田は上下ともすっぽりと迷彩服を着込んでいる。利根崎が連れてきた子分格のふたりから奪い取ったものだ。体格の大きいほうを久保田が、もう一方を和久井が身につけた。それでも久保田の着た迷彩服は丈が合わず、いささか不格好だったが、和久井は器用に迷彩服を着こなした。おかっぱ頭に帽子を乗せた姿は、遠目に見ればいっぱしの隊員に見えるに違いない。 (アイツ──利根崎はどうしたろうか) 気絶したものと思い込んで床に放り出しておいたのが、外から装甲車の音が近づいてくるとむっくりと起き上がり、「ちくしょー」と一声叫んで駆け出していった。 仲間を引き連れて戻ってくることを恐れた久保田は、すでに身ぐるみ剥いでいたふたりの子分を空き部屋の一室に閉じ込めると、萠黄のリュックを肩にかけ、和久井を連れて別の入口から百貨店を脱出した。 無人街をわずかな路地伝いに逃げ、この管理所に落ち着いてからパソコンでチェックすると、驚いたことに利根崎は死亡者リストに入れられていた。なぜか理由は空欄のままだった。 (敵さんにもいろいろあるようだな。さて俺たちはこれからどう動けばいいのやら) 至るところでリアルキラーズの目が光っているため、身を隠すだけで精一杯だ。 萠黄と約束したように、囚われの身となったむんを助け出してやりたい。そう思って、利根崎の子分を締め上げたところ、むんたちがいるのはWIBAの外だと白状した。とても救助に向かうどころではない。 気温が下がってきた。 足の裏から冷気が上がってくる。 (ウウッ……こんな時に) 久保田は小用を催した。 ガラス窓から覗くと、目と鼻の先に公衆トイレがあった。お洒落な外観はさすがにWIBAである。 (レディーの前だ。部屋の隅っこで立ちションというわけにもいかんからな) 久保田は和久井に断って管理室を出た。 月は黒い雲に隠れている。にもかかわらず公園は真新しい街灯に照らされ、昼間のように明るかった。 久保田はためらった。しかし尿意は限界に近づいている。彼は意を決して管理室を離れた。その途端、ヤバいという思いがさらに膨れ上がった。彼の影が何倍にも伸びて、公園の上を踊ったからだ。 「ええいっ、今さら戻れん」 久保田は足を進めた。影はまるで地面を吐くように踊り狂っている。 急げ急げ。あと数歩でトイレに到着だ。そう思った時。 チュウゥゥゥン。 銃声が空気を切り裂き、ふくらはぎに激痛が走った。 「あがっ」 久保田は両手をついて地面に倒れた。ジーンズの破れ目から赤い砂がこぼれ落ちる。 勝ち誇ったような忍び笑いが流れてきた。 (迷彩服の奴ら、油断させておいて戻ってきたのか!?) 自分の迂闊さを叱り飛ばしながら、久保田は公園の入口に目を向けた。しかし笑いに続く声は意外にも反対側、公園の中から聞こえてきた。 トイレの斜め向こうに、地下の熱を逃がすための排気筒がある。その前でひとりの男が銃を構えていた。木の陰になっていて正体がつかめない。睨んでいると、さらにふたりの男が排気筒から現れた。 先頭の男が口を開いた。 「リアルキラーズがたったひとり、こんなところで何をしている? この長野防衛隊が調べてやろう」 (長野防衛隊だと?) やがて明かりの下に、ふてぶてしい姿が現れた。迷彩服ではない。三人はまちまちの服装で年齢は二十歳前後か。 久保田は四つん這いのまま腰を引いて身構えた。ふくらはぎが焼きごてを押されたようにズキズキと痛む。 「おっさん、ここで何をしていた?」 先ほどの声が訊ねた。 「街中のパトロールだ。お前たちは誰だ」 声はそれには答えず、質問を重ねてきた。 「どうしてひとりなんだ?」 「みんな忙しいからな」 久保田はそつのない様子で答えたが、男は仲間を振り返り、アゴで管理室を指しながら何ごとか耳打ちした。久保田は反射的に管理室の受付窓を見た。窓の中は真っ暗だった。 「お友達がいるんだね」 しまったと舌打ちしたが後の祭りだった。 ふたりの男が管理室の扉へと殺到する。動けない久保田の汗が額をつたって地面へと落ちた。 男は顔を斜めにしてほくそ笑むと、 「久しぶりに“処刑ごっこ”が楽しめそうだ。ほら、逃げてみろよ」 |
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