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-271- 第20章 最後の対決 (2) |
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モーターの作動音と共に、天井に吊り下がったふたつのカプセルが下降してきた。 中にいるふたりはピクリとも動かない。その理由はカプセルが目の高さまで降りてきた時に判った。清香も齋藤も死んだように目を閉じている。棺桶を連想させるカプセルの形が萠黄の心をいやが上にも波立たせた。 「生きてるの?」 訊ねるともなく口にした言葉に真佐吉は答えた。 《当然だ。死なれては元も子もない》 カプセルの中で清香の胸はゆるやかに上下していた。齋藤も同じで、八十歳のご老体はまるで生き仏といった感があった。 真佐吉は続ける。 《そのふたりは水の中から侵入してきた。WIBAには将来的に水中遊覧バスの就航を想定した発着場があるのだが、その出入口にある巨大な扉をリアルパワーで押し上げて入ってきたよ。まさかそんな潜入方法があろうとは、この私でさえ想像していなかった》真佐吉の口調は楽しげに弾んで聞こえる。《君たちはわずかな期間でリアルの能力を理解し、磨きをかけ、さらには工夫を凝らしたようだな。ハッハッハ、そうでなくては迎え撃つ我々としても闘い甲斐がないというものだ》 「我々? ここにいる人たちは、やっぱりあなたの軍隊なんやね」 《いやいや、そうではない》 また照明がともった。数百人の男たちが再び姿を現した。 《彼らは皆、私の協力者なのだ。彼らなくしては、計画をここまで推し進めることは不可能だった》 真佐吉に協力? この世界を粉々にしようという計画に? 萠黄はキッと天井を見据えた。そして決意を秘めた面持ちでカプセルのそばを離れると、おもむろに演台を降りた。萠黄の前に、自分をここまで連れてきた背広の男がいた。男の目が驚き、怯えの色が一瞬かすめた。 「あなたのお名前は?」 問われて男は顔を背けた。その耳に補聴器状のイヤホンが見える。萠黄の手がスッと伸びた。 「あわわっ、ちょっとキミ!」 男は立ち上がって萠黄に手を伸ばした。萠黄はそれを交わして二歩ばかり後ろに下がる。その手に男の耳から抜き取られたイヤホンがあった。 「わたしは〈キミ〉と違う。光嶋萠黄ていう名前があります。──で、あなたは?」 男はリアルには敵わないと知ってか、追いかけることをあきらめ、がっくりと肩を落とした。 《構わんよ。名前くらい教えてあげたまえ》 まるで部屋自体がしゃべっているような、よく通る声で真佐吉は言った。するとそれが許可を得たことになったのだろう。男はようやく自分の名前を口にした。 「萩矢……渉です」 萠黄はチラッと天井を流し見て頷いた。 (睨んだとおりや。これは補聴器なんかやなくて、真佐吉の個別指令を受け取るためのレシーバーなんや) 「こんにちは、萩矢さん。──そろそろ、こんばんは、かな」 萠黄は緊張を相手に知られないよう、声に余裕を見せて話しかけた。なにしろ周囲には数百人の男たちである。真佐吉の指令ひとつで彼らがどう行動するのか、判ったものではない。 「萩矢さんはここではどんなお仕事を?」 「私は」チラチラと天井を仰ぎながら、「真佐吉さんのお手伝いを──」 「真佐吉さんの計画って?」 「──その──細菌兵器を持ってこの国に侵入したテロリストどもを排除することです──」 (細菌兵器!? テロリスト!?) 萠黄は驚いて二の句が継げなかった。ずいぶんと古い話ではないか。一週間は昔の〈噂〉である。笹倉長官のテレビ発言以降、テロリストの話など誰も取り上げなくなって、すっかり下火になったと思っていたが。 「テロリストは、どこから来た人間?」 「──判りません」 「判らないって……相手の素性も知らないで闘おうっていうの?」 「いえ──特徴ぐらいなら把握しています」 急に萩矢の顔に生気が戻った。まるで忘れていた使命を思い出した兵士のように。そして決然たる表情を浮かべて萠黄に告げた。 「テロリストのコードネームは〈リアル〉。その特徴は、銃弾を跳ね返す、怪我を負ってもまたたく間に癒える。超能力を身につけており、手を触れずに物を動かすことができる。つまり──あなたのような人間です」 そう言った萩矢の指が萠黄を指した。 「いや、人間じゃない。あなたは我々人間とは違う。平和を脅かすテロリストだ! いや、怪物だ!」 その言葉に勢いを得たのか、客席にじっと座っていた男たちが一様に騒ぎ出した。誰もが萩矢に声援を送り、萠黄に対して非難と怒りの入り混じったブーイングを飛ばした。 「リアルは消えてなくなれ!」 「テロリストの野望を阻止すべし!」 「平和な日々を我々に返せ!」 男たちは立ち上がった。今にも雪崩を打って萠黄に襲いかからんばかりに興奮している。 萠黄は身の危険を感じて後ずさりした。演台に目を転じると、ふたつのカプセルは混乱を避けるように上昇を始めている。 萠黄は唯一の逃げ場である演台に上がり、椅子のそばへと戻った。しかし場内の騒ぎは一向に収まらない。何人かは演台の端にかじりついて、隙あらば飛びかかろうという体勢をとっている。それでも萠黄が顔を向けると、まるで牙を剥いた猛獣に吠えかかられたように、身体を後ろに反らして逃げようとする。 リアルの能力、いや脅威については十分に刷り込まれているようだ。それでも頭の中には古い情報しかない彼らは、一体どうしてここにいるのか。 そう考えた時、萠黄はようやく解答に行き着いた。 (この人らは、ヴァーチャル世界ができた早いうちに、いやその前からかもしれへん、真佐吉さんによってここに呼び寄せられた人たちなんや。そやからその後の新情報を仕入れる手段もなく、真佐吉さんの言うがままに操られてるんや) となると、興奮している彼らを説得し、自分に対する敵意を解消するなど、望み薄だ。 萠黄はどうしようかと思い惑った。そこに油断が生じた。いつの間に用意したのか、萠黄の足に縄がかけられた。彼女は受け身も取れずに、演壇の真ん中に引き倒された。 |
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