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-266- 第19章 魔王の迷宮 (12) |
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カメラに撮られないならエレベータで行こう、という久保田の意見はギドラによって一蹴された。機械の動きおよび電気の流れは別に記録されるため、誰かがいることが敵側に伝わってしまうというのだ。 《それでなくても、無人の百貨店でエレベータやエスカレータが動いてたら、イヤでも目立つしね》 三人は二十階の高さを、自分たちの足で黙々と降りていった。リアルパワーの持ち主・萠黄と、海の男・久保田はステップも軽く降り続けるが、和久井助手はつい遅れ気味だった。 しかたなく萠黄は、時折踊り場で和久井を待つついでに、小脇に抱えたノートパソコンを広げた。画面では蟻のように散らばる赤い点が、WIBAの平面図の上をそこかしこに動き回っていた。 リアルキラーズである。 彼らは非常に統制された動きで、広大なWIBAの要所要所に分散しつつあった。どうやら死角をなくそうという作戦らしい。 さらに、本土から渡ってきた複数の赤点集団が合体すると、メインストリートを五列縦隊になって堂々と進み始めた。 萠黄は迷彩服たちの行方を目で追った。行進は少し行くと、一団が本隊から外れ、地下昇降口に入っていった。さらにその百メートルほどさきで、また別の一団が枝分かれした。 おそらく彼らも、真佐吉は地下に潜んでいると考えているのだ。徐々に包囲網を狭めていくつもりなのだろう。 (大丈夫なんかな。真佐吉さんのことやから、WIBAのあちこちに罠を仕掛けてるんやろうし) 竣工直後の無人の湖上都市。真佐吉にとってこれほど好都合な玩具はないだろう。かといって萠黄にもWIBAの全体像が把握できたわけではない。立体地図はあくまで一般的な案内図でしかなく、深部では空白になっている部分があるのだ。それは主に地下、正確には海面下に集中している。ギドラにも調べさせたが、よく判らないという。 (むんが幽閉されてるとしたら、そこやろか) 萠黄はいつの間にか動いていた足をまた止めた。彼女はいま二階と三階の中間にいた。久保田たちはまだ三階に達していない。 「──ん?」 ふと見上げた萠黄の鼻の奥が、ツンと痛みを感じた。 (なんやろう?) 手の甲で小鼻を押さえながら、手すり越しに上を見た萠黄は、降りてきた久保田と目が合った。その久保田が口をアッと開くと、 「萠黄さん、後ろ!」 声に被さるように、背後で射出音がした。 萠黄が反射的に身体を横転させるのと、銃弾が階段にめり込むのとがほぼ同時だった。 階段の側壁に背中を押しつけ、態勢を立て直そうと試みるが、銃弾は容赦なく萠黄に注ぎ始めた。 「久保田さん、隠れてて!」 萠黄は叫び、あわててイメージしたエアクッションで銃弾を払い落とすのが精一杯だった。 萠黄を狙う迷彩服はふたりいた。どうにかこの場を逃れようと思うが、連射の圧力はあまりに強く、萠黄の身体は階段に押しつけられっぱなしだった。 銃弾を相手に打ち返す自信はある。自宅で経験済みである。しかしサキの顔が脳裏にちらつくと、どうしてもそうする気になれない。 かざした両手の隙間から見ていると、敵の数がまたひとり増えた。 (あれは確か、トニーとかいう奴!) 利根崎は手に持っていた物を萠黄に向かって投げつけたかと思うと、ふたりの迷彩服と共に商品がまだ陳列されていないショーケースの影に隠れた。 「えっ」 宙を飛んできたのは、黒くて丸い物体たった。何だろうと眺めていた萠黄の前で、その物体は突然爆発した。 轟音が辺りに満ちる。萠黄は爆風に吹き飛ばされ、踊り場の壁に叩きつけられた。肩と側頭部に痛みが走った。 「萠黄さん!」 久保田が叫んだ。 崩れた壁が細かい粒になって周囲に舞い上がった。粒の煙は萠黄の視界を奪い、激しく咳き込ませた。 (しまった! 咳をするとこちらの位置が──) 急いで口を閉じたが遅かった。 第二波の手榴弾。それの投げられた気配がした。煙の上に二個の黒い影が浮かび上がる。 踊り場に逃げる余地はない。萠黄は上階につながる階段に目を向けた。久保田が和久井をかばいながら駆け上がっていく。ちょうどその背中が、折り返す階段の陰に隠れるところだった。 萠黄は素早く空気の鎧に身を包むと、下り階段目がけて壁を蹴り、宙を飛んだ。 萠黄の身体は空中で手榴弾と交錯した。二個の塊が身体の左右をすり抜けていく。彼女はそれには目も留めない。 煙はまだ晴れていなかった。迷彩服のマシンガン攻撃も一時的に中断していた。爆風を避けているのだろう。それが萠黄の狙いどころだった。 (見えた!) 左にふたり。右にひとり。右の迷彩服が利根崎だ。 その時、階段で爆破音が鳴り響いた。三人ともそちらに気を取られ、天井に浮かぶ彼女に気づいていない。 萠黄は体を入れ替えると、フロアの奥に着地した。そして見えない空気の塊を手でつかむ真似をし、利根崎の背中に向かって投げつけた。 「な、なんだナンダ!?」 利根崎は悲鳴に似た声を上げて背筋を反らした。彼は両脇を身体にピッタリとつけるような格好で、床の上に転がった。 仲間の異変に気づいた他のふたりも、動こうとした瞬間、何かに囚われたように両足を硬直させ、利根崎に続いて床にごろんとひっくり返った。 萠黄は止めていた息を吐いた。 「う……うまいこといったぁ」 萠黄はしばらく動けなかった。自分の策がみごと図に当たったことに当惑を覚えながらも、ホッとして力が抜けたからだった。 三人は見えない縄で縛りあげられ、何が起こったのか理解できない顔をしてもがいている。 萠黄は油断なく辺りの様子をうかがった後、他に仲間はいないと判断して彼らのそばに近寄った。 「おい、光嶋萠黄!」 利根崎は無様な姿で叫んでいた。錐のように直立不動で固まっているのだから無様以外の何ものでもない。それでも精一杯の虚勢を張るように、大声で呼ばわる。 「こ、これで勝ったと思うなよ!」 「アンタって人は──誰も勝負しようなんて思てへん」 軽くいなすと、利根崎はますます顔を真っ赤にして吠えた。 「い、いいか? お前の大切な仲間の命は俺が握ってるんだ。俺に指一本触れてみろ。仲間の命はないぞ!」 「ウソつかんとって。アンタみたいなヘタレに捕まる人がいるかっちゅーの」 すると利根崎はへへっと笑みを浮かべると、 「おい、T─800。あっちの様子を見せてやれ」 と自分の腰に呼びかけた。 (てぃーはっぴゃく?) おそらくPAIの名前だろう。そして出現したホログラフィ映像を見て、萠黄は「ああ」と理解した。それはSF映画『ターミネーター』に出てくるアーノルド・シュワルツェネッガー演じるサイボーグだった。サングラスをかけたいかつい髪型のシュワちゃんは、厚い胸板の前に掲げていたテレビのスイッチをおもむろに入れた。 映像が流れ始め、若い迷彩服の顔が映った。 《──利根崎さんですか?》 どうやら、どこかからの中継映像らしい。 「そうだ、そっちの様子を教えろ」 《──様子って言われても、ここで捕虜の監視をしてるだけですが》 「判ってる! 黙って捕虜の映像をこちらに送れ」 映像が動き始めた。携帯を持った迷彩服が歩いているのだ。廊下を過ぎ、ある部屋の扉を開けて中に入ると、そこにはいくつかのベッドが並んでいた。 そのひとつに寝かされているのは── 「むん!」 萠黄は愕然とした。両手足を手錠でベッドにくくりつけられているのは、まぎれもなくむんだった。 「どう……して? なんでむんがアンタなんかに」 カメラが横に動いた。並んだベッドには、五十嵐と伊里江の姿もあった。 「ヒデえな、アンタなんかとは。さあ早いとこ、この空気の縄を解いてくれよ。さもないとお友達が痛い目にあっちゃうよォ?」 |
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