![]() |
-265- 第19章 魔王の迷宮 (11) |
![]() |
「お前らが?」真崎を差し置いて、横合いからシュウが口をはさんだ。「リアルに叩きのめされたくせに、偉そうな口を叩くな」 利根崎が隊員たちの面前でハジメから受けた辱めの一件を言っているのだ。ところが当の利根崎は、指摘されても気にならないという風情でニヤニヤしている。 「なんだ?」 シュウが不快な表情を浮かべて前に出ると、利根崎は及び腰になって、 「まあそうカリカリしないでくださいよぉ」 と媚びるような上目線を送ってくる。潔癖な性格のシュウには到底受け入れがたい種類の人間である。 「俺だって、やられっぱなしじゃいませんや。さっき、あのハジメとかいう小僧を締め上げてやりましたよ。ヤツは我慢できずに仲間のことを白状しちまいましてね。このWIBAには、萠黄の他にも、影松清香に齋藤っていうジイさんを連れて乗り込んできたらしいですぜ。後のふたりはここの反対側にあるヨットハーバーに隠れてると言ってました。俺たち早速行って、取っ捕まえてきますよ!」 それまで黙っていた真崎が軽く手を挙げた。利根崎は口をつぐんだ。それほど彼ら隊員にとって真崎の存在は大きいのだ。 「お前のことだから、まともな拷問もできてやすまい。医者を脅して自白剤を大量にぶち込ませたか、過度の電気ショックを与えるかしたんだろう」 真崎の言葉に、利根崎はいたずらを指摘された子供のように頭を掻いた。テレるようなことでもないだろうと、シュウは歯ぎしりしたが、真崎は少しも気にしない様子で「ふむ」と顎に手をやると、 「行け」 と短く答えた。利根崎はパッと顔を明るくし、「了解」と叫び、他のふたりを促して、乗ってきた車に飛び乗り、WIBAのメインストリートを奥へと走り去った。見送ったシュウは眉をひそめながら、 「いいんですか。あんなチンピラみたいな連中を」 「人手不足の折りだ。猿でも使うさ。アイツだって名誉挽回のチャンスが欲しいんだろう」 そう答える真崎を、シュウは不思議そうに眺めて、 「ずいぶんとあの若者に甘いですね」 「ああ」真崎は曖昧に頷いた。「奴は俺の遠縁に当たる。今となっては、たったひとりの縁者さ──誰にも言うなよ。俺も奴を特別扱いするつもりはない」 ないと言いながら、真崎の目はシュウがこれまでに見たこともないような温かみをたたえたように見えたが、すぐにそれを打ち消し、普段の厳しい顔に戻った。 「地下エリアの一部が開かないんだったな。真佐吉がそこに潜んでいる可能性が高い。我々はそこへ行くぞ」 ふたりの隊員を連れた利根崎がヨットハーバーに到着した時、今朝まで係留されていたすべてのヨットはほとんどが破壊され、湖に沈められた後だった。 「兄貴、いませんぜ」 隊員のひとり、安藤が判りきったことを口にした。もうひとりの清水もキョロキョロするばかりで、どうにも役に立ちそうにない連中だ。 「フン。そんなこったろうと思ったよ。まあ心配するな。手は打ってある」 意味ありげにウインクすると、利根崎は胸ポケットからレシーバーを取り出した。リアルキラーズ間の連絡用に使われているのとは別物だ。 利根崎はマイクに向かって話しかけた。 「おい、聞こえるか、どうぞ」 《──ああ》 「早速だが、WIBAに潜入したリアルどもの足取りはつかめたか?」 《──どうにかな》 「上出来だ。誰と誰だ?」 《──光嶋萠黄とその仲間二名。リアルは萠黄ひとりだけ。セントラルタワーから舞い戻った彼女は、仲間と合流し、現在ビル内の階段を降りつつある。どうやら地下に向かう模様》 男の口調は淡々と事務的だが、どこかぶっきらぼうで、利根崎に使われることに対して、不満を感じているような印象を聞く者に感じさせた。 「アンタ、萠黄たちを尾行中かい?」 《──当たり前だ。でなければこんな報告ができるものか!》 男の声が食ってかかった。利根崎は一瞬たじろいだが、自分の顔色をうかがう隊員たちの手前、虚勢で持ち直し、 「判った判った。それじゃ俺たちもそちらに向かう。目を離すなよ」 《──言われるまでもない》 利根崎はレシーバーを胸に戻した。そして湖上を吹く北東の風に金髪をなびかせると、 「どうだ、俺にはとっておきの隠し球があるんだ。こいつをうまく使えば、リアルを捕まえることができるだろう。俺は今までの俺とは違う。トニー様の本当の才能を皆に見せつけてやる。さあ、WIBAのショッピング街目指してUターンだ。行くぞ、アンディ、ジミー!」 「安藤です」 「清水です」 萠黄、久保田、和久井は永遠に続くかと思える長い階段を、ひたすら下降し続けた。 踊り場に掛けられた時計は午後二時を指している。 「この建物は、百貨店になる予定なんですね」 萠黄が言うと、久保田はちょうど通りかかったフロアを見ながら大きく頷き、 「さしずめこの階はレストラン街だろうな」 そこは通路がフロアの中央を縦断しており、左右にそれぞれ趣向を凝らした外観の店が軒を連ねている。当然ながら食べ物のにおいはまったくしない。人通りもなく、物音もしないフロアの眺めは、萠黄に薄ら寒いものを感じさせた。 「どうして照明がついてるんでしょう。誰もいないというのに」 和久井助手が当然な疑問を投げかけた。久保田はおそらくと前置きして、 「迷彩服の御一行が俺たちを捜しやすいようにするためじゃないかな」 「だとしたら──」 萠黄は天井の隅に顔を向けた。 「どうした?」 久保田が萠黄の視線を追うと、そこに監視カメラのレンズが光っていた。赤い光点が作動中であることを示している。 「どうしよう」 三人は顔を見合わせた。 萠黄の能力を持ってすれば破壊するのは簡単だ。しかしそれでは自分たちの所在をわざわざ敵に教えるようなものだろう。 「放っておくしかないか」 久保田が悔し気に言った時、 《ボクの出番かな?》 萠黄の手の中で、携帯のギドラが声を発した。 「いたのか。アンタにいい考えでもあるの?」 萠黄が当てにしないような口振りで言うと、 《あらいでか!》ギドラは三つの首をグルグルと回しておどけてみせた。が、すぐに真顔に戻り、《ちょっとだけ待っててね》 言い残すや、ドロンと煙を立てて液晶画面から消えた。 ギドラが根拠もなく行動するわけはない。萠黄たちはじっと黙って彼の帰りを待った。 一分ほど経過したろうか。久保田がアッと声を上げた。 「カメラのLEDが消えた」 見るとその通りで、さっきまでついていた赤い点が見えなくなっている。 萠黄が携帯を見たのと、ギドラが液晶に戻ったのはほぼ同時だった。 《これでOKさ》 「どうやったん?」 《簡単なことだよ。頼み込んだんだよ》 「頼んだぁ? 誰に」 ギドラは萠黄の噛みつくような顔を見てさすがにもったいぶった言い回しはやめ、要領よく説明した。 《PAIだよ。このWIBAのセキュリティは従来のものとは大きく違って、個々の建物や施設はPAIを監視役として割り当てられているんだ。しかもこの未来の百貨店のような大きな建物は特別で、各階のフロアを子供のPAIが監視し、全体を親のPAIが統括している。ボクはその親PAIに談判してきたんだ。彼女は承諾してくれたよ。君たちが建物内にいる限りは、過去に録画した無人の映像をループにして流してくれるって》 「それはそれは……」 萠黄には他に言う言葉がなかった。 WIBAは最先端のハイテク実験場になっているらしい。まさかセキュリティまで全面的にPAIが担っているとは想像もしていなかったが。 いや、それ以上に萠黄を驚かせたのは、自分たちに対するギドラの貢献である。 (真佐吉のしもべかも? という疑いは、わたしの妄想だったのかな?) 萠黄がカメラを見ながらそんなことを考えていると、 「それじゃ急ごうか」 久保田が萠黄の肩に手を置いて、先を促した。 三人は再び、長い階段を早足で降り始めた。 彼らのすぐ後ろを、忍者のような黒い影がひたひたとつけているとも知らずに。 |
[TOP] | ![]() |
[ページトップへ] |