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-263- 第19章 魔王の迷宮 (9) |
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真崎とシュウは言葉もなく立ち尽くした。彼らだけではない。他の隊員たちも、ある者は運転する車を止め、ある者は思わず構えた銃の照準から目を離した。 WIBAは数多くの観衆を前に、まるで目覚めたばかりの赤子のような大きな産声を上げた。 実際はスピーカーから流れた合成音声だったのだろう。だがその声は、ゆっくり胎動するように動き始めたビル群を、生き物に見せるだけの効果は十二分にあった。 いや、そもそもビルは動いてさえいない。動いているのは壁面に現れた色彩豊かな図形だった。 円、三角形、四角形、星形、その他大小さまざまな幾何学図形が壁面全体を覆い尽くしている。図形たちは赤、緑、紫、青、黄色などで彩られ、赤子の泣き声に重なるように流れ出した鼓動音に合わせて脈動を始めた。 「こ、これは壁をスクリーンに見立てて映像を映してるんだな!!」 シュウが叫ぶと、真崎は「違う」と即座に否定した。 「WIBAのデータを検索しろ! ここのビルの壁面は何でできてる?」 シュウはジープに搭載されたパソコンにしがみついた。答えはすぐ返ってきた。 「液晶です。壁面はすべて液晶パネルになっているんです!」 うわずった声で答えるシュウとは対照的に、真崎はフンと鼻で笑うと、唇の端をねじ曲げて、 「真佐吉の野郎、WIBAは俺が乗っ取ったとデモンストレーションのつもりか。面白い!」 真崎のいる所からは、WIBAの中央に走るメインストリートを見通すことができた。そのメインストリートの中央辺りに象徴的に屹立しているのはセンタータワーである。映像はちょうどタワーを中心にして流れている。円や三角形が魚だとすると、WIBA全体が遊泳水族館のようだった。空の上から見おろせば、湖上都市は回転しているように見えることだろう。 やがて回転は緩やかに止まり、図形群はひとつ残らず消えた。そしてスピーカーからの音はドラムロールへと変わり、聴く者に何かの登場を予感させずにはいなかった。 真崎は両手を胸の前で組んで次の展開を待った。 やがて期待に応えるように、ひとりの男が壁面に姿を現した。 萠黄はタワーのアンテナを左手でつかんだまま、墓石のように並ぶビルの壁面を見おろしていた。 《これはこれは皆さん!》男は満面の笑みを浮かべながら大げさに両手を広げた。《ようこそいらっしゃいました。私が当迷宮の主人、伊里江真佐吉でございます》 真佐吉の姿は、すべての壁面に同じ映像が投影されていた。萠黄にはようやく窓の少ない理由が判った。 《いよいよ役者が揃ったという感じですね。リアルの皆さんにリアルキラーズのかたがた。……んん?》 真佐吉は、手の平を目の上にかざした。その姿が全てのビルのすべての壁面で動くため、萠黄は気分が悪くなりそうだった。 《おや、セントラルタワーのてっぺんで風に吹かれているお嬢さんは、あの光嶋萠黄さんではありませんか?》 萠黄は驚きのあまり足を滑らせ、あわててアンテナをつかみ直した。 《ハッハッハ、気をつけてくださいよ。ご対面するまで元気で頑張ってもらわないと、このゲームが盛り上がりませんからね》 ゲーム。この男はあくまでそう言い張るつもりらしい。萠黄は身体の中で怒りの炎が燃え上がるのを感じた。この男のせいで、どれだけの血が流れされたことか。どれだけの人々がいま苦しんでいることか。 抑えきれなくなった感情を萠黄は拳に込めて、アンテナの基部に力まかせに叩きつけた。アンテナはメキメキという音と共に傾き始めた。 「おや、タワーの上から」 真崎の後ろで別の声がした。ジープのすぐ後ろにいたワゴン車を降りてきた野宮助教授の声だ。真崎は振り返りもせず、胸の双眼鏡をセントラルパワーに向けた。 丸いレンズがアンテナらしきものを捉えた。落下速度からみて、かなり大きなものだ。やがて数秒ズレて地面に激突する音が真崎の耳に届いた。 「光嶋萠黄。すでにWIBA入りしていたか……」 真崎が双眼鏡を外すと、ジープの脇に野宮が歩いて近寄ってきた。 「隊長代理さん。リアル退治は私にまかせてはもらえんかな」 「あんたか。どうやるんだ?」 真崎が無言だったので、シュウが聞き返した。 「今日の夕方、大学から新兵器の第二弾が到着するのでな。ひょっとすると本日中に、降参した真佐吉の顔を、じかに拝めるかもしれませんぞ」 「ほう、それは頼もしい」 シュウが褒めそやすように言うと、真崎も珍しく身体を乗り出して、 「まあ、ひとり捕まえた功績は認めてやるよ。アンタは大した科学者だ。今度はどんな仕組みでやるんだ?」 すると野宮は得意げな含み笑いをしながら大きな腹を突き出し、 「なあに、人工ブラックホールの放つプラズマ放射の指向性をゼロにしたんですよ。これをWIBAのど真ん中に設置、作動させれば、ゴキブリやダニのごとくリアルはイチコロだ。数キロ以内にいれば、彼らは麻痺したように動けなくなるという仕組みだ」 「部屋の中に隠れていてもか?」 真崎が重ねて訊ねる。すると野宮は予期していように人差し指を左右に動かしてみせ、 「どこにいようが関係ナシ! たとえ鉛の部屋に閉じこもっていようとな」 ワハハハハと高笑いを残して、助教授はワゴンに戻っていった。 |
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