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-261- 第19章 魔王の迷宮 (7) |
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「ど、ど、どこまで行くんだ?」 久保田が震える口で訊ねる。 「おふたりにはひとまず、どこか安全な場所に隠れてもらいます!」 萠黄が口早に答えた。 高度五百メートルの空の上である。久保田は血の気の失せた顔で硬く目を閉じていた。船の上は平気でも、空の上はかなり苦手らしい。 逆に、和久井助手は、珍しげに小さく見える街並を眺めている。見た目以上にタフかもしれない。 萠黄はふたりの手を必死でつかんだまま、真っ向から吹きつける風と必死に闘っていた。ひとりでも大変なのにふたりを連れての飛翔は、バランスが非常に取りにくいということを萠黄は初めて知った。 「それで」久保田は唇を舐めながら言う。「萠黄さんはその後、どうするんだ!」 「WIBAに乗り込みます。柊さんは真佐吉さんとつながっているはず。それにリアルでもないむんを連れ去ったのは、わたしをおびき寄せるため。としたら、むんを連れ込んだのはWIBAに間違いないでしょう!」 萠黄は大声で答えた。声を張らないと強風に負けて、相手の耳に届かないのだ。 「そうか──それなら俺も行こう!」 「危険すぎます! あそこには迷彩服も待ち構えているし、真佐吉さんがどんな罠を仕掛けているか判らないんですよ!」 「いいさ、乗りかかった船だ!」 久保田は彼らしいたとえを口にして萠黄の手を強く握った。その手の平には薬指と小指がなく、中指も満足には動かない。 「ここまでいっしょに行動してきて、最後だけ外れるなんて、気になる映画のラストを観ないようなもんだ!」 「私も参ります!」 和久井もおかっぱ髪を風に乱しながら叫んだ。 「もー、どうなっても知らんよ!」 萠黄はかぶりを振ると、さらに高度を上げた。 上空から見おろしたWIBAは、完全な正方形をしていた。久保田と和久井を連れた萠黄は、中央に立つビルの屋上に着地した。 久保田は腰が砕けたように、その場に尻を降ろしたが、萠黄はビルの縁に近寄って地上を見下ろした。 眼下にはちょっとした広さの正方形の広場がある。中心には琵琶湖をかたどった人工池があった。いまその近江舞子辺りで鈍い光がゆっくりと点滅している。WIBAの停泊地を示しているのだ。 広場は萠黄のいる建物によって、コの字型に囲まれている。屋上から観察した限りでは、建物は入れ物が完成した状態でストップしたらしく、将来は百貨店になるのかホテルになるのか、萠黄には見当がつかなかった。 コの字の開いたほうは広い下り階段になっていて、その先は左右に伸びた大通りにつながっている。 今その大通りを迷彩服を乗せた数台のジープが横切っていくのが見えた。 「あの連中も入り込んでやがるのか」 久保田が背後で苦い声を上げた。その手がパソコンを持っている。 「それは?」 「ああ、俺たちのグループの戦利品さ」 久保田はWIBA記念館のことをかいつまんで話した。 「信太さんは亡くなったん!?」 久保田は、自分はその場に居合わせなかったんだがと言い、 「砂状化した自分の身体の砂をつかみ取って、敵に目潰しを喰らわせたらしい。根性のある男だったんだな」 萠黄は呆然とした目を広場に落とした。 すると突然、空気を震わすような鐘の音が広場に鳴り響いた。哀感をそそる音だった。鐘は七回鳴った。 「午前七時か」 パソコンの時計表示を眺めていた久保田は、ふと正気に戻ると、 「萠黄さん、これだよ」 と言って、メニューから『WIBA地図』を選んだ。たちまち画面の上にWIBAの立体CG地図が現れた。 「スゴいやん、久保田さん。その赤い点は?」 「迷彩服どもだ」 全体を俯瞰できるサイズに縮小すると、その上を動き回る赤の+点が無数にあることが判った。 萠黄はなるほどこれは確かに戦利品だと思った。これがあれば広いWIBAの中で迷わずに済む。 「あっ、紫が陸から渡ってくるぞ」 「紫は誰なん?」 「真崎だよ」 萠黄はまばたきをとめて画面に食い入った。 「ハジメさんは? 清香さんと五十嵐さんは?」 「残念だがそこまでは無理だ」 萠黄は地団駄を踏んで怒りを表明した。いっしょにいた仲間が今や散り散りバラバラだ。無理もない。 「わたし、真崎に会って訊いてくる!」 「それは無謀すぎる。衝動で動いちゃいけない。こちらも作戦を練ってかからないと敵の思う壷だぞ」 久保田が諌めると、萠黄は頭を掻きむしり、そのまま床の上にあぐらをかいて座り込んだ。それを見た久保田が抑えた口調で言い添える。 「まずは偵察が必要だ。我々にはふたつの敵がいる。真佐吉と迷彩服たち。彼らの裏をかくには──は──」 後が続かない。 萠黄と和久井は久保田の顔を覗き込んだ。久保田は苦笑混じりで頭に手をやるしかない。 「まあ作戦はこれから考えよう」 萠黄は立ち上がって、尻のほこりを払い落とした。 「わたし、偵察に行ってくる」 「ひとりでか?」 「うん」 「それなら」横から和久井が話しかけた。「これを持って行くといいですよ」 彼女が出したのは、むんの携帯電話だった。 「立体地図がこの中にコピーされてます」 萠黄は、ありがとうと言って受け取った。 「気をつけて行くんだぞ。俺はこの地図を検討して、電力を一番使えそうな場所を探しておく。転送装置はきっとそこにあるだろうからな」 萠黄は右手でオッケーの印を示すと、広場に向かって跳躍した。 |
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