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-256- 第19章 魔王の迷宮 (2) |
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「隊長代理! WIBA社長を連れてきました」 「よし、俺が直接訊問しよう」 真崎は椅子を蹴って、会議室へと向かった。 廊下を歩きながら何げなく窓に目をやると、湖面の端が金色に染まるのが見えた。比良山系に沈む太陽が、最後の瞬間に見せる悪戯である。 しかし真崎の瞳はそんな幻想的な風景の上を素通りし、湖上に泰然と浮かぶ都市へと吸い寄せられた。 近くで見るWIBAは巨大だった。説明を受けても、真崎にはWIBAが「浮かんでいる」のだとは到底信じられなかった。 (無駄だ。あんなモノ、無駄以外の何ものでもない) さらに彼はいら立ちを募らせる。 (あんなフザけた場所に集まれだと? 自己顕示欲の権化、真佐吉ならではの舞台選びだ。とことん人をおちょくりやがる!) 思わず壁に拳を叩き付けた。付き従う部下がヒッと肩をすくめた。 彼らリアルキラーズが新たな本部としたのは、近江舞子の、水辺に面したホテルだった。 後ろから「隊長代理!」と呼ばわって若い部下が駆けてきた。真崎は足を止める。 「空にメッセージを書いたパイロットを捕えました」 「で?」 「それが妙なんです。パイロットは依頼は受けたものの、最初は断ったそうです。外に出て怪我をするのが怖いと言って。ところがお前の秘密をバラすと脅され、やむなく飛行機を飛ばしたと、そう証言しています」 真崎は顔をしかめ、判ったと言って、再び絨毯の上を歩き出した。 (凡人どもが!) 真崎は歯をきしらせた。 会議室のドアを開けると、六十前後の男がパイプ椅子に座っていた。その両腕は身体ごと縛られている。 「隊長代理」 シュウが顔を近づけてきた。社長を連れてきたのはシュウだった。すでにある程度の訊問は彼がおこなっていたはずで、その報告をするのかと思いきや、彼が口にしたのは、 「北尾と村井がやられたそうですね」 「ああ」 「増援部隊もすべてやられたとか」 「五十嵐というリアルの老人の仕業だ。数日前に追加募集で仲間入りしたばかりの不慣れな隊員までやられた」 「何てことだ」 シュウは天井を仰いだ。 「すぐに五十人ほどを送り込んだのだが──」 真崎は首を振った。無駄足だったのだ。 シュウはスッと息をひとつ吸うと、いつもの顔に戻っていた。 「隊長代理、WIBA社長の宝井さんです。ようやくご協力いただけて、こうして来てもらえました」 「き、き、キミ」 宝井は白髪を振り乱しながら立ち上がろうとしたが、立てないままストンと椅子に腰を落とした。腕を縛ったベルトが椅子にくくりつけられているのだ。 「こ、これは重大な人権蹂躙だぞ!」 「俺たちはね、社長」真崎は強いてゆっくりと語りかけた。「超法規的集団として国が編成したリアルキラーズだ。我々の目的はこの世界に紛れ込んだリアルを消し、この世の終わりを回避することにある。つまり我々の要求に従わなかったり、我々の行動を邪魔する者は、人類の敵なのだよ」 宝井は息を飲んだ。返す言葉がなかったのだ。 「シュウ、彼がこれまでに白状したことは?」 「はっ、我々の調べでは、この一週間のあいだにWIBAに渡った人間が数百人規模で存在することが判っています。ところが社長はそれを認めようとしません。そんな連中は知らないの一点張りで」 真崎は頷き、宝井の前に立った。 「その連中は何者ですかな」 「知らん、わしは本当に知らんのだ!」 「なぜ入れた。アンタ以外にセキュリティを解除する権限を持つ者はいないんだぞ」 「知らんといったら知らん!」 真崎は胸ポケットからボールペンを取り出すと拳の中に握り、もう片方の手を宝井の肩に置いた。 「ど、どうするつもりだ!?」 「何を見ても見ぬ振りするような眼は、必要ないんじゃないかな?」 そう言ってペン先を宝井の右眼に近づけた。 「ま、ままま待ってくれ、言う言う言う。わしはただ頼まれただけなんだ!」 「誰に」 「知らん、それだけはわしにも判らん。突然電話してきて、二十四時間だけセキュリティを切れと言われただけなんだ」 「なぜすんなりと言うことを聞いた」 「それは……」 宝井は言い淀んだ。 真崎は微笑んだ。 「言ってやろうか、社長さん。脅されたんだろ?」 驚いたのは宝井だけではない。シュウも目を瞠った。 真崎は暗い眼光を宝井に注ぎながら、 「そいつは、伊里江真佐吉と名乗らなかったか?」 「聞いてない。名乗りはしなかった」 「匿名サンは何と言って貴様を脅したんだ!?」 宝井は目を逸らして激しく首を横に振った。それだけは言えないというのだ。 「おめおめと悪魔に魂を売り渡してでも守らねばならない弱みがあるというのか!?」 宝井はがっくりとうなだれた。滝のような汗が、床に滴り落ちていた。 真崎は部屋を出た。シュウが後を追う。 「宝井を拷問して口を割らせます」 「無用だ。奴の秘密などには興味はない。どうせWIBA建設に関する談合か何かだろう。どいつもこいつも簡単に脅しに屈しやがって!」 真崎は怒りのあまり、床を踏み抜きそうな足取りで歩いていたが、ふと気づいてシュウに顔を向けた。 「おい、お前にも握られて困るような弱みはあるか?」 「は? ……特には」 「神や仏に誓って、生まれてから今日まで一度も人に言えないようなことをしたことはないか?」 シュウはかつてそんな質問をされたことがない。 「いや、それはー、うー」 ひどく動揺している。真崎の目にも、日頃のシュウらしくない素振りに映った。 「まあ、言う必要はない」 「申し訳ありません」 シュウはまるで先生に叱られた生徒のようだった。 「ただこれは俺からの命令として全員に徹底させろ。隊員同士以外の電話やメールは、読まずに破棄せよとな」 脅し文句に目や耳を奪われるな、というのである。 「りょ、了解しました」 シュウは切迫した表情で応えた。 |
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