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-255- 第19章 魔王の迷宮 (1) |
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「あれがフローシティー『いーば』か?」 「『ウィーバ』だ」 「ここからの眺めじゃ、大きさが把握できないなぁ」 「一辺が二キロメートルといえば、皇居がすっぽり入る広さだな」 「皇居なんて行ったことないよ。せいぜい武道館止まりだ」 「東京ディズニーランドだって入るぞ」 「すっぽり?」 「ディズニーシーを含めても、まだまだ余裕がある」 「そいつはかなりの広さじゃないか」 雛田はようやく実感できた。 「だからさっきからそう言ってるだろ。まったく、お前の新し物嫌いは筋金入りだな。最新情報は逐一頭に入れておけと、いつも言ってるだろ」 見た目だけは可愛いPAIのカバ松が、液晶画面の上でその短い尻尾を振りながら、鋭い言葉を切り返す。 「そんなにスゴいものなのか?」 「物知らずも極まれりだな」 カバ松はPAIでも、口調だけはかつて一世風靡した漫才コンビ、カゲヒナタの相棒である影松豊にそっくりである。それだけに雛田にとって腹立たしくもあるが。 「遊園地があることくらいは知ってるさ」 「ドームだ。芸能界に身を置いてるなら、コンサート会場にもなるWIBAドームを知らないでどうする。俺は建設前に一度、視察に訪れたことがあるんだぜ」 カバ松は自慢げに鼻の穴を広げた。 「お前じゃなくて影松がだろうが」 「そんな話はいい」カバ松はぷいと横を向くと「要は、あそこがいま、リアルたちの集合場所になりつつあるということだ」 「空に浮かんだ変な文字のことだな」 「テレビやネットニュースが報道したせいで、日本中、いや世界中にWIBAの名が知れ渡ったことだろう」 「清香もきっと向かっている。俺たちもこれからそこへ乗り込むわけだ」 雛田は背中に夕陽を浴びつつ、自分の陰がWIBAのある湖へと伸びていくのを眺めていた。 京都と滋賀の県境を琵琶湖側に少しばかり入ったところ。ここからは近江舞子が遠目にもよく見える。 「ところが、そうはいかない」 「どういうことだ?」 「WIBAの周辺一帯は、湖面も含めて立ち入り禁止区域に指定されちまった。例のリアルキラーズとかが、いち早く封鎖しちまったんだとさ」 「リアルキラーズか。考えてみりゃあ、笑える名前だな、さっき車載テレビで特集番組を観たが、寄せ集めの連中だそうじゃないか。京都の大学でもリアルにはまんまと逃げられて面目丸つぶれだった。番組もどっちかといえば、堂々と進駐してくる米軍を頼りにしようなんて口振りだった。どうなるのかね、この国は」 雛田はハハハと力なく笑った。 「笑っちゃいられんぞ。どちらにせよリアルが標的なんだ。清香に身に危険が迫ってることには違いないんだからな」 「そうだそうだ、もちろんそうだとも」 雛田はウンウンと頷く。 「じゃあ、そろそろ出発するか」 カバ松が雛田の尻を叩いた。 「しかしなあ……あの親子、どうにかならんモンか」 雛田がため息をついたのは、炎とその母親のことである。エンドレスの親子喧嘩のことである。もっとも息子が一方的に悪態をつき、責められて母親が泣き言を言い募るという図式は変わらない。 「最悪のクソガキだな。必死で治療方法を探してくれた親の立場がないよ」 「いや、あれは母親もヒドい」カバ松がまた鼻の穴を広げた。憤慨した時にもそうなる。「車椅子になるベッドも今どきおかしいぜ」 「どうして?」 「教えてやろう。技術革新ってのは凄まじいんだ。ハイテク義手を使ってひとりで食事ができるようになった人間がいる。両脚の動かない障害者にハイテク義足を装着し、家の中やご近所さんぐらいなら散歩できるようになったケースも今では珍しくない」 「ほう」 「これらはすべて脳科学とロボット工学の融合した成果だ。つまり脳の発した指令をコンピュータ制御されたロボットアームが受け取って動くという寸法さ。ある程度、指令の予測もできるからタイムラグはほとんどない」 「思い出したよ。脊髄損傷で歩けなくなったハリウッドスターが銀幕に返り咲いた話が昨年話題になったな。犯人を追いかけるシーンも吹き替えなしでやってたし」 「それも成果のひとつだ。『健常者並み』というのが、この応用技術の合言葉になっている」 「ってことは、クソガキの車椅子は──」 「一昔前の古い技術さ。まあ、植物状態の人間が自分の意思で動けたというのは初のケースだったから、マスコミには大いにウケたがな」 「──すると、最新の技術を使えば、クソガキはもっと自由に動くことができるのか」 「可能だね」 「どうしてそうしなかったんだ」 「母親の考えだろう。息子が自分のカゴから飛び立っていかないようにさ」 「!」 「調べてみたら、事故に遭う前の炎少年は、学校より警察のお世話になるほうが多い、札付きの不良だったらしい。母親もかなり虐待を受けていた。それが事故のせいで母親の世話に頼らざるを得なくなった。盲目的な溺愛マザーの夢が曲がりなりにも実現したんだぜ。誰が自由にさせようなんて思うもんか」 「──ヒドい話だな」 「自業自得さ」 「母親にとってもな」 雛田は木陰に停めた車を振り返った。かすかにヒステリー声が漏れ聴こえてくる。飽きもせずまだ続けているらしい。 「さて、陽もそろそろ落ちる」カバ松はあぐらを解くと、その短い足で立ち上がった。「暗くなってからではライトが目立つ。今のうちに行ける所まで行くべきだろう。迷彩服どももWIBAに集まって、他は手薄になってるから、俺たちとしても動きやすい」 雛田は頷き返した。 しかし、心の中で別のことを考えていた。 (親とはむずかしいものだな……。僕は父親として、清香にどんな感情を抱けばいいんだろう) |
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