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-252- 第18章 湖上都市へ (9) |
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太陽の陽射しが団地の影をアスファルトの上にくっきりと落としている。その影から影へと縫うように駆けていく影が三つ。 「待ってくださいーっ」 影のひとつが音を上げた。信太である。 「しーっ。静かに」 戻ってきたむんが口の前で指を立てた。 信太は両足を投げ出して道路の上に座り込んだ。 「少しだけー、少しだけ休んだら行きますからー」 「もう、体力なし」 「だってー、私はリアルじゃありませんよー」 「わたしもよ」 「あ、そうでした」 人気の絶えた団地。琵琶湖から流れてくる風が各棟に当たってピューッと口笛のような音を発している。 「さあ立って」 むんが信太の腕を取った。 「もうですかー? ワタクシの辞書には、全速デ駆ケルなんて言葉はないんですがー」 「元陸上部のわたしの辞書には、何ゴトモ全力デとしか書かれてへんねん」 「そんな辞書、役に立ちませんよー」 「ええんよ。全力でやったら何ごともうまくいくから」 三番目の影が悠然とした足取りでむんの横に立った。 「信太、無理することはない。ここで待っておれ」 「そんなぁ〜、閣下とも思えぬつれないお言葉」信太は路上で膝を折り敷くと、五十嵐に向かって頭を下げた。「不肖この信太、閣下といっしょにどこまでも突き進む所存ですー。我々の究極の目的である──」 「判りました、判りました」 むんが長広舌になりそうな信太の口を封じた。 すると五十嵐は腰のサーベルを握り、くるりと背を向けるや、信太の前に膝を屈めた。負ぶされというのだ。 「そんな、そんな、恐れ多い!」 信太は恐縮のあまり、後ろへと下がり、つまづいて花壇の中に尻から倒れた。 「もーっ!」むんが爆発した。「いいかげんにして! 全然前に進まへんやん」 三人がワゴンを降りたのは、小一時間前。 WIBA記念館のある小野駅前は、地図の上からも人目が多そうで、迷彩服に発見される怖れがある。むんたちは相談の結果、徒歩で向かうことに決めた。 全員で行く必要はない。 伊里江は体調悪く、居残り。 運動神経ゼロ(むんの目)の和久井も、居残り。 ふたりだけでは心許ないので、久保田が居残りのボス。 むん、五十嵐、信太は、田舎道を走り、やがて住宅地に出ると、できるだけ人目につかぬよう裏道を行った。 そして今、五十嵐老人は信太を背負っている。背負っていても脚力は落ちない。背丈の変わらないふたりは体重も同じくらいだろう。六十歳の五十嵐が見せつけるリアルパワーにむんは改めて驚嘆した。 「屋上にWの文字ー、あれですねー」 その建物は、国道を琵琶湖とは反対方向に折れて、JR線を越えたところにあった。 「なんだか、大手ハンバーガーチェーン店の看板をひっくり返したみたいな」 通りには誰も歩いていない。 三人はWIBA記念館の玄関前に立った。むんがすかさず自動ドアの前に進み出る。開かない。 「なあにー、想定内、想定ナイー」 信太は背中のリュックを降ろした。伊里江に借り受けたものだ。彼はそれを裏返してパソコンの体裁にすると、黒いコードを引っ張り出した。先端がカードの形をしている。 「えーっと、セキュリティボックスはー……と」 信太はドアの脇にある四角い箱を見つけると、カードをそこに差し込んだ。 続いてパソコンのソフトを立ち上げる。たちまち画面に文字や数字が現れ、複雑に動き始めた。 「解析中ですー」 一分ほどでポンと音が鳴った。と同時に、スルスルと自動ドアが開いではないか。 「すごいやん!」 むんが信太の背中を叩いた。 「伊里江さんのソフトの威力ですよー」 信太は足を踏ん張って、転倒を免れた。 受付の横を過ぎると通路はスロープになっていた。三人は誘われるように地下へと降りていった。 そこはメインの展示室だった。 天井の高い部屋の周囲にはさまざまなパネルや模型が陳列されていて、WIBAに関するあらましを知ることができるようになっていた。 「これはナニ?」 むんが部屋中央の丸いテーブルに近寄った。 白く丸いテーブルの上には何もない。 むんは説明プレートに目を落とした。 『WIBA』 それだけ。 「模型の完成が間に合わなかったとか?」 むんが訊ねるともなく言うと、信太がテーブルの反対側でにこっと笑った。 「?」 むんが首を傾げる。 信太は微笑んだまま、手元にあるスイッチをひねった。 たちまち、むんの前に光を帯びた映像が現出した。 「わぁーーーっ」 立体ホログラフィ。テーブルはその投影装置だったのだ。 「これですよー。我々がいただくお宝はー」 WIBAの立体映像である。 むんは顔を近づけた。 湖面は本物かと見まがうばかりに揺らめいている。 WIBAは確かにひとつの都市だった 高層ビルが林立している。ドームは野球場だろうか。真ん中を川が縦断しており、橋が架けられている。WIBA内の移動手段であるモノレールが目の前を通過していく。もちろん目玉である遊園地施設もあり、観覧車などの遊戯施設が稼働している。公園などの憩いの場所も適度に配置されている。 むんは一目で気に入ってしまった。 (でも伊里江真佐吉がここで、萠黄たちリアルの到着を虎視眈々と待ち構えている) むんは顔を引き締めた。 五十嵐も信太も目を丸くして立体映像に見入っていた。 その時、入口のドアが開く音がした。 |
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