Jamais Vu
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第18章
湖上都市へ
(8)

 堅田、国道沿い。
 シュウは臨時設営のテントの中にいた。琵琶湖の周辺から頻々と入る報告のとりまとめに忙殺されていたのだ。
 一台の幌付きジープが猛スピードで近づいてきた。中から眉間を曇らせた男がシュウを呼んだ。
「真崎隊長代理!」シュウは急いで駆け寄り、敬礼した。「お身体の具合はよろしいのですか?」
「大きな声を出すな。頭に響く」
 真崎は頭に巻いた包帯を乱暴に剥ぎ取ると、しかめた顔で路上に投げ捨てた。大学での爆破騒ぎの際、頭部を打撲した彼を救護室に運んだのはシュウだった。幸い、皮一枚が砂状化しただけで事なきを得たが。
 真崎はシュウに乗れと指先で合図した。
 ジープは北に向けて急発進した。
「状況を報告せよ」
「はっ」
 シュウは脇にはさんでいたノートパソコンのキーを叩いた。画面に琵琶湖全体が浮かび上がる。
「WIBAにはリアルキラーズ百名を投入し、監視に当たらせています。ただWIBA責任者が認めないため、主要な建物への入館ができず、現在は地上のみの配置となっています」
「バカやろう、許可などいるか!」
「しかしWIBA都市は異常といえるほど高度なセキュリティで守られているので、下手に突入することもできません。ましてやセキュリティシステムを破壊してしまえば、リアルたちの侵入を察知することが困難になります。不慣れな都市での捜索は極力避けたいですので」
「ということは、真佐吉もリアルどもも、まだ内部に侵入してないんだな?」
「どのセンサーも警報は発していませんので」
「俺たちの訪問を受け入れるよう、総理から圧力をかけさせよう」
 真崎は携帯電話でホットラインを呼び出そうとしたが、その手を停めて、
「他はどうなってる?」
「今朝から妙なことが流行しています。大津市を中心とした住民が、琵琶湖一周のドライブに続々と出かけているのです」
「聞いている。俺もここに来る途中で見た。危機感の乏しい日本人らしい話だ」
「原因はどうやらネット上の大手掲示板です。『これ以上、家にこもるのは耐えられない。もうすぐこの世が終わるという噂もある。細心の注意を払えばそうそう怪我などするもんじゃない。みんなで表に出よう。安らかな心で運命の日を迎えるため、懐かしい風景に身を浸そうじゃないか』。そんな趣旨の投稿が目につきます」
「フン」
 真崎は興味なさそうに喉を鳴らした。
「明らかにリアル捜索の邪魔です」
「どうしようもあるまい。放っておけ」
「いっそ、散らばっているリアルキラーズをWIBAに集めてはどうでしょう」
「冗談を言うな。あんな飛行機雲のメッセージを鵜呑みに信用するのか? 真佐吉の陽動作戦だったらどうするんだ」
「しかしリアルたちもWIBAに向かってるでしょう」
「こちらの知り得ない連絡手段で、別の場所に連れて行かれたらどうする」
「電話、ネットはすべてコンピュータでチェックしています。京都工大以後、彼らのIDによるアクセスは一件もありません。もちろん別のIDへの乗り換えもできないよう、そちらも手配済みです」
 真崎は不快そうに腕を組むと、
「あの光嶋の娘、それに真佐吉の弟。こいつらは大学にいる時、やたらコンピュータをいじっていたな。何か連絡を取り合うための小細工ソフトでも作ってたんじゃないだろうな」
「リアルたちが逃亡することは想定外でしたから、コンピュータルームでの行動はノーチェックでした」
 ジープは夏が戻ってきたような陽光の中をひた走る。
 この辺りでは湖岸が国道に迫っている。反対側にはJR線が並走している。ただ列車の走る姿はまったくない。
「あれは何駅だ?」
「小野です」
「駅向こうに、妙な建物が見えるな」
「あれがWIBA記念館です。WIBA建設に導入された最新技術の展示施設です。言い遅れましたが、あの記念館にはWIBAの立体地図データが公開されています。さきほどこれを引き出し、警備に当たる者たち全員に配布しました」
「ほう。気が利くな」
 真崎はシュウを見やった。ふたりの付き合いは長い。リアルキラーズのメンバーの中で、彼が最も買っているのがこのシュウである。
「で、記念館のほうはどうした?」
「は?」
「まさかデータをそのまま残しておいたんじゃないだろうな?」
 シュウの顔に緊張が走った。
 背後から運転手の肩を叩いて停車を促すと、運転手と助手席にいた隊員に指令を与えた。
「これからすぐWIBA記念館に向かえ。そして、WIBAに関する情報をすべて消してくるんだ!」
 ふたりの隊員は降車し、すぐさま記念館へと向かった。


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