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-248- 第18章 湖上都市へ (5) |
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(しもた! 空気を道連れにすれば) 道連れではなく「まとえば」だったのだが、深く考えている余裕はなかった。身動きできないから泳ぐこともできない。ガボガボと息を吐きながら、いたずらに沈んでいくばかりだ。 背中合わせのハジメも歯噛みしているのは同じだった。 いつもなら水の中だろうが火の中だろうが、思うままに操ってみせるのに、足に受けた負傷のせいか、うまく気を集中させることができない。 彼らは知らなかったが、ふたりを捕えた網は、米軍が対リアル戦用兵器として開発した、静電気ネットだった。チリリとかすかな電流が網に流れており、リアルが能力を発揮するに必要な集中力を著しく削ぐ効果を出している。 すでに水中に落ちて二分が経過。 ふたりは呼吸困難に陥っていた。 運が尽きたかと思った瞬間、ぐいと網が引っ張られるのを感じた。 (今度はナニ?) ぐんぐんと上昇していく。リアルたちが弱った頃を見計らって、生け捕りにしようという魂胆か……。 気を失うギリギリ直前、ふたりは水上に顔を出した。 「プハァーッ」 ふたりは大きな口を開けて、縮んだ両肺に急いで酸素を送り込んだ。 「萠黄さーん」 清香の声だ。萠黄は目を動かして姿を求めた。 「萠黄さーん、生きてるー?」 心配げな声だが、生きてる? という問いかたに萠黄はおかしくなった。 清香は萠黄と同じ目線にいた。クルーザーの操縦席から身を乗り出している。 (ということは……) 網の中で必死に頭を動かすと、自分たちを捕えた中型クルーザーは、ずっと頭上高く浮かんでいた。 「水中デートもなかなか乙なもんやろ」 齋藤が隣りでニヤついている。 萠黄は無性に腹が立ったが、彼の手の動きを見て愕然とした。 船を持ち上げたのは、齋藤老人だったのだ。 齋藤は、右手の人差し指を高々と上げたまま、左手を水平に走らせた。 アッと言う間もない。網を吊るしたロープは中途から切断され、ふたりは水の上に落ちた。 どうにか網を振りほどき、清香に引き上げてもらうと、 「もうええか?」 齋藤はまるで、湯を注いだカップラーメンを前に、箸を持って待っているような面持ちで言うと、 「ほな、さいなら」 と空に向かって告げ、人差し指をくいっと動かした。 たちまち米兵たちを乗せた中型クルーザーは、目に見えない力で空高く持ち上げられた。そして突然神様が手を離したように自由落下を始めたかと思うと、沖島の山腹に激突して大破した。 「ジジイ」濡れそぼったハジメが睨む。「お前、パワーが使えたのかよ?」 「わしかてリアルやさかいな。それにお前は知らんかったやろうが、お前と初めて会うた寺で、わしは毎日巨石を浮かべたりなんぞして練習しとったんや。これも修行や言うて住職を騙くらかしてな。アッハッハッハ」 萠黄は暗い眼差しで、燃えるクルーザーを見つめていた。 米軍は意外に内陸深くまで迫っていた(すでに大津を中心に各所で展開している可能性がある)。 彼らはリアルに立ち向かうため、新たな武器を開発している(萠黄とハジメは、あの網が特殊なものであったことに気づいた)。 彼ら米軍も、空に書かれたメッセージを見たはずだ。となれば、リアルキラーズと共に、自分たちの行動を邪魔する存在になる。 「ざっと以上が、簡単な現状分析でしょうか」 清香がまとめた。戦いが終わってまだ十分と経っていない。萠黄もハジメも濡れた身体に肩からバスタオルを掛けて着席している。 「ゆっくりしてられへんね。いつまた敵に見つかるか」 萠黄が言うと、齋藤もウンウンと頷いた。 「やるならもっと芸術的な戦いをしたいもんやな」 萠黄は首をひねった。 とにかく全員一致で、船を捨てて、ここからは空を飛んで行こうということになった。そうと決まれば長居は無用。四人はキャビンから表に出た。 「ジジイ」ハジメが細い目をさらに細くする。「なんで俺におんぶされた。自分で飛べたんだろ?」 「アッハッハッハ」 齋藤はその特有の高笑いをしながら、ハジメの肩をポンポンと叩いた。 「お前に甘えてみたかったんや。初めて見たときからお前にはどことのう、そんな気にさせるナンかがあったしな」 「正気か、ジジイ。──俺は人殺しだぞ」 ハジメが声を落とすと、齋藤は意に介した様子もなく、 「そんなもん、どうでもええわ」 と軽くあしらった。 四人は手をつないで輪になった。 リードするのは、飛び慣れたハジメである。 「行くぞ」 短く言うと、全員が呼吸を合わせてクルーザーの床を蹴った。たちまち彼らは空に浮かんだ。 目指すはWIBA(ウィーバ)。 さてこの日、むんたちはどんな行動をとっていたか? |
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