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-245- 第18章 湖上都市へ (2) |
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フロートシティー。湖に浮かぶ街。 二〇一〇年に計画され、数年前に着工された。 湖上都市とも称されるフロートシティーは、小さいながらもそれ自体が新たな街(都市)として設計された。オフィス街があり、住宅地があり、ショッピングモールがあり。中でも最大の売りはアミューズメントパークだ。周囲はぐるりと湖。ジェットコースターや絶叫マシンなどはかつてないスリルが味わえるとの前評判だった。 もっとも肝心な点は、フロートであること。 この都市は埋め立て地ではない。湖の上に完全に浮いているのだ。最新の技術により、湖面が波立っても地面は揺れない設計になっている。しかもこれは動力を備えているため、湖上を行きたい場所に移動することができる。萠黄が目撃した時、フロートシティーは近江八幡に「停泊」していた。 当初、滋賀県と某大手建設会社が提出した案では、都市は琵琶湖の中央に固定し、東の米原、西の高島あたりから橋を渡そうというものだった。県の発展を促すために湖の中央を横断するというのが、そもそもの発想の原点だった。 ところが各方面からこれに反撥が起きた。「美観を損ねる」「生態系が破壊される」という琵琶湖愛護派から、「ウチの市や町にも橋を渡せ」「いや他所に行け」などとという利害の絡んだものまで。 議論は白熱し、やがて計画は徐々に姿を変えていった。そして最終的に現在のような形に落ち着いたのだ。 工事は順調に進んでいるかに見えたが、今春、建設会社の大掛かりな談合が問題となり、工事は中止のやむなきに至った。最大の注目を浴びていたアミューズメントパークなどはこの夏に先んじてオープンする予定だったため、当てにしていた人々をがっかりさせた。 現在、フロートシティーは誰も住む者のない街として湖に浮かんでいる。工事再開は未定のまま。 ハジメは湖上都市を「フローシティー」と呼んだ。計画書に「フロートシティー(浮かぶ街)」と書かれていたのが「フローシティー(流れる街)」と巷でもじって呼ばれるようになったこと自体、見通しのない現状を物語っている。 今やお荷物となりつつある湖上都市。 「漂流都市」「浮浪都市」などと揶揄される浮島。 萠黄が目にしたのは、遥か対岸に蜃気楼のように浮かぶ、哀れな都市の姿だった。 もっともこれらの知識は、後でギドラから聞かされたものだ。ハジメも詳しくは知らなかった。 ぐ〜っ。 ハジメの腹が大きく鳴った。 「行きましょうよ」萠黄が小屋に足を向けた。「昨日から何も食べてないんでしょ」 ハジメはヨシを指ではじくと、面倒くさそうに肩を揺らし、萠黄の後を歩いていった。 食事と言っても、菓子パンが数個あるだけだった。朝から清香と共に近所の家々をめぐり、ようやく雑貨屋の主人に分けてもらったのだ。 主人によれば、この辺りも人通りがほとんどなくなったという。 「若い連中は食い物を探しに町へ出ていったきり帰って来よらへん。残されたんは女子供やら、わしらのような年寄りばっかりや。遊びたい盛り、食べたい盛りの子供が一番可哀想やな。親の目を盗んで家を抜け出しよるが、怪我をしては服だけ残して砂になってしまいよる……。なんちゅう世の中になってもうたんやろ。 なあ娘さん。わしらはともかく、子供らに未来はあるんやろか」 見上げるような目で問われ、萠黄はごめんなさいと頭を下げてしまった。 電灯のつかない小屋の中で、小さな窓から差し込む陽射しを浴びながらメロンパンを食べていると、清香の携帯に着信音があった。ギドラが帰還したのだ。 《メッセージの前に伝言を伝えるね。『ふたりとも、空を見た?』》 「空?」 「天気のことかしら?」 萠黄は窓枠に手をかけて、ガラスを透かし見た。 遥か高みにセスナ機らしき機影が五つ、横一列に並んで飛んでいる。 「あれは文字……かな?」 清香が言う。確かにセスナの吐き出す雲の点々が、文字を作っているようにもうかがえる。 ふたりは急いで小屋の外に出た。かなり元気を取り戻した齋藤老人もついてくる。 抜けるような青空には、次のようなメッセージが刻まれていた。 『リアルタチヨ WIBAヘキタレ マサキチ』 「飛行機雲で文字を書いとる。わしゃあ、久しぶりに見たよ」 「スカイタイピングっていうんですよ」と清香。 「W・I・B・Aって?」萠黄が訊ねる。 《ウィーバ。湖上都市のニックネームさ》 ギドラはそこで、先に書いたような概要を萠黄らに解説した。 「そうか」萠黄は手を打った。「WIBAは、B、I、W、Aの四文字を入れ替えたアナグラムなんやね」 《そうさ》 「湖上都市においでと、真佐吉さんは言ってるのね」 清香はつぶやくように言う。 《らしいね》 「真佐吉さんは、そこにいる?」 《かもね》 (かもね、か……) 萠黄の心中に疑念が湧いた。 いやもっと以前からもやもやと感じてはいたのだが。 (ギドラは、真佐吉さんと通じてるんやないやろか) 明白な根拠はない。 ただ、京都工大で野宮の三人の部下が電話一本で手玉に取られたことを思い出すと、疑いが濃くなるのをどうにも抑えられなかった。 ギドラは携帯から携帯へと自由に移動できる。さまざまなコンピュータにも容易に侵入できる。人間の行いをそれとなく観察することも可能だ。他人の弱みを知ることなど朝飯前ではないか。 ──あるいは、真佐吉の手足となって動いてるとか。 《そうだよ》 萠黄はドキッとした。しかしギドラは湖上を指さす清香の問いかけに答えただけだった。 《ここからも見えるよね、ウィーバは》 萠黄はとりあえず疑念を胸の内にしまっておくことにした。まともに問い詰めても《さあね》くらいしか言わないだろう、この知能の高い怪獣は。 「行ってみるしかなさそうね」 清香は決意を表情ににじませた。萠黄も頷いた。 「他に道はないしな」 齋藤がうれしそうに言うと、 「柊のヤツ、見つけたら叩きのめす」 後ろでハジメが指を鳴らした。 |
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