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-237- 第17章 裏切りの湖畔 (10) |
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教えを乞われ、萠黄はイヤな予感がした。一刻も早く堅田の柊の元へ向かいたいのに、清香は自分も飛んでみせるから、要領を教えてくれとせがむのだ。 彼女のファンとして、むげに断ることもできない。萠黄は逸る気持ちを抑えつつ、清香の練習に付き合うことにした。 ところが。 予想外に、清香の飲み込みは速かった。 「身体にまとった空気で身体を押し上げるイメージ」 とアドバイスしただけで、ものの十五分も飛び跳ねていると、目指した屋根に着地できるまでに上達したのだ。 (一芸に秀でる人は、何やってもスゴいんやなあ) 感心しているうちに、清香は屋根を伝って、勝手に遥か遠くまで飛んでいってしまった。萠黄はあわてて後を追う。 コテージ村から堅田までは直線距離で十キロ。それをふたりは、わずか十分で踏破した。 移動中には、営業中のコンビニはおろか、一台の車、ひとりの人間にも出くわさなかった。 (清香さんがいっしょじゃなかったら、寂しくて耐えられへんかったかも) 萠黄は心の中で感謝した。その清香は屋根から屋根へ、ビルの屋上へと、じつに楽しげに飛んでいく。初めて遊園地に連れてきてもらった子供のようなはしゃぎっぷりである。 琵琶湖大橋が近づいてきた。 「清香さん、ちょっと待って」 ふたりはスーパーの屋上に舞い降りた。看板の間から橋の明かりが見える。 携帯の時計表示は、午前一時。 「なんだか焦げ臭いわね」清香が鼻をつまんだ。 「あれを見て」 萠黄は前方を指さした。 橋へと通じる国道の上に、妙な形の鉄骨が横たわっている。熱が加えられたようにあちこちが曲がっており、黒く煤けて見えるのは、燃えた痕だろうか。 「あれって観覧車やないですか」 「ホントね。でもどうして倒れてるの」 この辺りには、名物の巨大観覧車があったはずだ。 周囲を眺めると、そこかしこに燃えくすぶった車が横転していた。いくつかの建物は、外壁の一部に破壊された跡が見られた。 萠黄はごくりと唾を飲み込む。 「戦いがあったようですね、ここで」 「戦い? 誰と誰が?」 「たぶん、柊さんたちと──」 その時、倒れた観覧車の上にひとりの男が現れた。長身の男は、スポットライトを浴びるように、外灯の下に立ち止まった。 「柊さんや!」 萠黄は声を上げた。 柊は湖を渡る風に悠然と袈裟をはためかせている。光を浴びたその姿は映画の中から抜け出したようでもあり、萠黄はこの世のものとは思えない美しさを感じた。 柊は真っ直ぐ前を睨み、両拳を握ったままじっと動かない。 「何してはるんやろ」 「ちょっと怖い雰囲気よね」 二、三分も経過したろうか、柊の視線の先で動きがあった。数人の迷彩服がマシンガンを構えて出てきたのだ。 彼らは扇形に展開しながら柊に迫る。そして合図がなされたのか、一斉射撃を始めた。 ところが柊はピクリとも動かない。 銃弾が彼の身体に突き刺さり、柊は無惨にも蜂の巣になってしまった──かと思われた瞬間、銃弾は彼の足許に、ぽろぽろとこぼれ落ちたではないか。 「空気や! 空気をクッションにしてるんや」 マシンガンから放たれた銃弾は、柊の前で次々にスピードをなくし、寿命の尽きたセミのように落ちていく。 (あんな技を身に付けてはったんや。いつの間に……) マシンガンでは倒せないと悟った迷彩服のひとりが、今度は手榴弾を投げた。 「危ない!」 しかし手榴弾は柊の上げた手で受け止められた。いや実際には触れていない。まるで空気の腕を操るように、頭上で手榴弾をつかんだ≠フだ。 (リアルパワーの使いこなしかたは、エリーさんの比やない!) 柊は、エア・ハンドで握った手榴弾を投げ返した。 激しい爆発で迷彩服の身体が四散した。 別の方向からバズーカ砲が発射された。しかしそれも空気の壁に方向を変えられ、琵琶湖の水面に落ちていった。 柊はたんたんと敵の攻撃を処理していく。彼には無駄な動きというものがまったくなかった。 (二十一世紀によみがえった弁慶) 萠黄はそんな連想すらしてしまった。 柊は足許の観覧車から、一本の鉄骨を素手で剥ぎ取った。長さ十メートルもあるそれは、とても人間ひとりで動かせる代物ではない。 柊はそれをいとも簡単に担ぎ上げると、空中高く放り上げた。鉄骨は弧を描いて落ちてくるかと思いきや、迷彩服たちの頭上で静止した。 おそらく迷彩服たちはその光景を信じられない面持ちで見つめているだろう。誰もが逃げるのを忘れて、空に浮かんだ鉄骨を見上げている。 柊は人差し指を立てた。そして迷彩服のひとりを指さすと、鉄骨は目にも止まらぬ速さで、選ばれた迷彩服を串刺しにした。いや、正確には、潰した。 「うぐっ」 清香が手で口を押さえながら後ろを向く。萠黄も込み上げてくる嘔吐感を必死で耐えていた。 (虫も殺せない顔をした柊さんが、まさかこんな……) 柊は次々と鉄骨を宙に投げると、ひとりひとりの頭上に振り下ろしていった。 迷彩服たちは的確に消されていく。一瞬にして潰され、砂になった彼らは、自分が死んだことに気づく暇もなかったに違いない。 萠黄が初めて見た、本格的なリアル対リアルキラーズの戦闘であった。 |
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