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-226- 第16章 悪魔の舞台 (12) |
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コブシ大の石つぶてが、頭を庇って上げた肘をかすめた。萠黄は「ひっ」と叫んで腰を引いた。その足許に別の石が襲いかかる。 逃げるスペースはどこにもない。 萠黄たちは文字どおり、投石の狙い撃ちに晒されていた。 「俺の後ろにまわれ!」 久保田は屈んで皆の盾になろうとするが、飛んでくる石の数は増えるばかりだ。いくら頑丈な体格でも防ぎきれるものではない。 「きゃっ!」 「わっ!」 女性たちはなす術もなく地面にうずくまる。彼女らもすでに腕や足に擦り傷を負っていた。 (標的は、わたし!) 萠黄は投石を止めるよう説得しようと、久保田の陰から両手を挙げて飛び出した。 ゴスッ。 萠黄は飛んできた石をまともに額で受けてしまった。額は鈍い音を放った。刺すような痛みが首筋まで駆け抜けた。瞬間、彼女の視界はブラックアウトした。 「バカッ、軽率な!」 久保田がつかもうと伸ばした手も虚しく、萠黄の上半身はエビぞりになって芝の裂け目に落ちた。 作業員たちの投石は執拗だった。 投げれば投げるほど自分たちの怒りを増幅させていく。 彼らのひとりが、「こんなものがあったぞ」と迷彩服の落としたマシンガンを拾い上げた。 「ああ〜、ヤバい!!」 全身打ち身だらけの久保田は、作業員が持ち上げた黒光りのする筒を見て、激しく動揺した。 「俺には跳ね返せない。逃げるんだ!」 叫ぶと、信太や清香らを乱暴にせき立てた。しかし耕地のように波打った地面は足を取られるばかりで、容易に先に進めない。 久保田は萠黄を起こそうと彼女の両足をつかんだ。 裂け目から引き上げられた萠黄の額は紫色に変色していた。ひどい内出血だった。 (リアルじゃなかったら割られていたろう) タ、タ、タ、タ、タ。 マシンガンの音だ。萠黄を抱き起こしながら見上げると、作業員が危なげな足取りで荒れた斜面を降りてくる。狂ったように銃弾を撒き散らしながら。 タ、タ、タ、タ、タ。 「素人のくせに、ワッ!」 掃射の雨が足許を横切った。久保田は萠黄の上に覆い被さって、間一髪、被弾を免れた。いや──。 「……ウ、ウソだろ」 久保田は動転した。顔の高さに上げた右手には、小指と薬指がなかった。付け根から血に混じって、真っ赤な粉雪が舞散っている。 彼の背中をかつてない戦慄が走った。 長年の漁師生活では幾たびとなく命に関わる経験はしたし、じっさい大怪我を負ったこともある。しかし萠黄の家で耳を撃たれた際、耳たぶからぼろぼろと砂がこぼれ落ちるのを見た時は、大きなショックを受けた。 いま二本の指を失った手の平は、その根元から砂に変貌しようとしている。それを目の当たりにすると、久保田はパニックに全身が包まれていくのを抑えることができなかった。 「ううう……」 そのあふれ出した血が萠黄の顔にも落ちた。 「ん、んん」 頬にかかった血はすぐに砂状化したが、わずかな温かみが萠黄を正気に戻した。 「ここどこ?」 萠黄は両手でもがく仕草をした。 「アレ、アレ、アレレ」 今度は手を顔に当ててこすった。そして顔の上に何もないことを知ると、 「目が、目が見えへん! なんでー」 萠黄は恐怖のあまり身体を硬直させた。彼女の開いた目は左も右も、洞窟のように暗い空間しか瞳に映さないではないか。 「誰か! 誰かいてへんのー!!」 「あうううう」 「あ、久保田さん? 久保田さんやね?」 しきりに呼びかけるが、うううと唸り声ばかりでまともな返事が来ない。 「どうしたん、久保田さん!」 重ねて呼んでも答えはない。 (何が起きてる?) 目を閉じて瞼をこすっても、開いた目には依然、光が差さない。目が故障してしまったのか! ザ、ザ、ザと斜面を滑り降りてくる音した。 「こ、このオンナ、まだ生きてやがる」 硬い筒先が萠黄の頬を小突いた。その金属の筒は明らかに熱を持っていた。 「──とどめだ、往生しろ!」 |
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