Jamais Vu
-225-

第16章
悪魔の舞台
(11)

「閣下ーっ」
 信太が岩の上にひょっこりと顔を出した。萠黄は「ここです!」と手を振って応えた。
 信太のに続いて久保田が現れた。続いてむんと清香も。彼らは岩場に足を掛けながら、一列になって降りてくる。
「危ないよー」
 萠黄は心配したが、そんな声をよそに彼らは斜面を器用に滑り降り、萠黄のそばへと無事に降り立った。
「みんな怪我せえへんかったんやね」
「俺たちはエネ研に逃げ込んだんだ。建物も多少揺れたけど、さすがに頑丈でビクともしなかったよ」
 久保田は笑顔を見せた。
「でも他の校舎はかなり倒壊したみたいやけど」
 むんが眉を曇らせて言う。
 信太は五十嵐の横に侍って「閣下、閣下」としきりに呼びかけている。五十嵐はウーンとうなり声を上げた。
 久保田はそれを見て立ち上がると、
「他にも助けなきゃならん人がいる」
と言って、降りてきたのとは逆側の岩場に歩き出した。
「おーい、伊里江くん」
 見ると岩陰から男性らしき二本の足が覗いている。伊里江真佐夫らしい。萠黄はあわてて腰を上げた。
 幸い、伊里江も気を失っているだけだった。久保田は彼を背負って、足場の悪い地面を慎重に戻ってきた。
 伊里江は五十嵐の横に降ろされた。
「顔色が悪いな」
「今日はずっと調子悪そうにしてましたけど」
 萠黄は伊里江の額に手を当ててみる。
「うわ、熱い」
「病気だったのか」
「熱冷まし用のシートならありますが……」
 その声に皆がエッとなった。
「和久井さん! あんたいつの間に」
「怪我人がいたらと思いまして」
 和久井助手は膝を折って、持ってきた救急箱を開いた。
「そういえば」萠黄は自分の額に手を当てながら、「わたしも今朝からちょっと熱っぽいかなと」
「どれ」
 と久保田は手を伸ばしかけたが、あわてて引っ込めた。すぐ横で和久井助手が鋭い視線を送っていた。
「どれどれ」むんが手を当てた。「うん、ちょっと高いかもね」
 萠黄は伊里江の横で笑いながら、
「ひょっとして、リアル特有の熱やったりするかな」
「全然笑われへんよ、それ」
 むんが真剣な口調で言った。
「とりあえず俺が担ぐから、エネ研に戻ろう。信太さん、あんたもそれがいいだろう?」
「ハ、ハイ」
 久保田は伊里江と五十嵐の身体を両肩に乗せた。さすがに力持ちだ。そんな久保田に和久井助手は熱い視線を注いでいる。
 その時だった。彼らのいる場所から数メートルの高みにある岩場の縁に、いくつかの顔が現れた。
 また迷彩服か? 萠黄たちは緊張した。
 しかし覗いた顔は敵ではなかった。
「おーい」
「生きてるかー」
「ン? あそこにおるの、確か例のリアル・ガールやないか」
「そやそや、モエギちゅう女の子や」
「おほほーい、モエギちゃーん!」
 彼らは発電施設の現場で働いていた作業員たちだった。グレイの作業服が何よりの証拠。
 萠黄は手を振った。作業員たちも振り返す。
「どっかにロープか何かないか」
「あるある。取ってくるわ」
「モエギちゃん、ちょっと待っててな」
 作業員たちは助けてくれるつもりらしい。
「誰だい、あのオッサン連中」
 久保田が訊くので萠黄は説明した。むんもへーと驚く。
「アイドル並の声援やね」
 そうしているうちにロープが届いた。
 林立するいびつな岩陰には見覚えのあるグループリーダーの顔も現れた。萠黄はまた手を振った。しかしリーダーはにこりともせず、ロープを投げ下ろそうとする仲間を制止した。
「へ? どうしました」
「助けることはねえ」リーダーは言った。「アイツはリアルだ」
「知ってますけど……」
「バカ野郎! おめえたちまだ判ってねえのか。俺たちの作った発電施設は使いモンにならなくなった。これでリアルは元の世界に戻れねえ。そしたらあのコはどうなる?」
「──爆発しちまう」
 別の作業員が応えた。
「そうだ、北海道を消しちまったみたいにな」
 あたりが静まり返った。作業員たちの顔が重く沈んだものに変わった。
 ヒュンッと石くれが飛んできた。萠黄をかすめるようにそばに落ちる。続けていくつもの石くれが投げ込まれた。
「悪魔め!」
「自爆娘!」
 大小さまざまな石が、火山弾のように萠黄の頭上に降り注いだ。
「やめてっ!」


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