![]() |
-223- 第16章 悪魔の舞台 (9) |
![]() |
(しまった、むんが!) 萠黄は唇を噛んだ。 齋藤らと話していた柊も動きを止めた。 真崎はふてぶてしい笑いを浮かべながら芝生の上に出てくる。左目の傷は陽光を浴びるとますます毒々しさを増して見える。 「こんなところでグダグダやってる暇はない。さっさと建物の中に入れ。こちらには光嶋萠黄、お前の父親や親友さんがいるんだぞ。 他のリアルたちも同じだ。転送装置は修理すればまた動く。ここより他に行くところなんてないだろ」 真崎の登場を合図に、学内の迷彩服たちが八方から集まり出した。 萠黄は柊に近寄った。 「人質がいるのはわたしだけです。あなたがたは先に逃げてください」 「あなたは?」 「隙を見てむんたちと脱出します」 「ひとりでは無理です。わたしも──」 「いいえ」萠黄は柊の言葉を遮った。「真佐吉は必ず大津のどこかに潜んでいます。彼は自前の転送装置を持っています。彼のアジトを探してください」 「判りました。真佐吉は一筋縄では行かない男。罠には十分気をつけますよ」 柊は清香と雛田のところに向かった。 シュウたちが正門から戻ってきた。「取り逃がした」と悔しそうに話している。 萠黄は堂々と真崎の前に進んだ。 「ほう。さすがに肉親の情は切れないか」 「卑怯者」 「何とでも言え。俺にとっては真佐吉の野望を打ち砕くことこそ唯一の使命だ。他には何もない」 萠黄は仲間の様子を眺めた。 柊は清香と雛田の、とくに雛田の説得に時間がかかっているようだ。そうしている間にも続々と迷彩服たちが集結してくる。 (急がんと連行されてまうやん) また地下に押し込められたら、今度こそそこが墓穴になるだろう。こんなチャンスは二度とない。 ダァーンッ。 真崎が空に向かって撃った。 「ぐずぐずするな、お前らに選択肢はない!」 真崎の苛立ちが頂点に達しようとしていた。 だがそれ以上に苛立ったのはハジメだった。足許に落ちていた石ころを拾うと、おもむろにセットポジションに入った。 「あ、サイドスロー」 野宮が言うよりも速く、ハジメの投げた石は真崎の手に当たり、拳銃をはじき飛ばした。 ウッとうめいて手を押さえた真崎にハジメはひと言、 「お前、うるさい」 と唾を吐き、さらに石ころを拾い始めた。 他の迷彩服たちが驚いて腰の銃を抜き、あるいはマシンガンを構える。だがハジメはどこ吹く風で集めた石を手の中で見つくろっている。 「石を捨てなさい」 ひとりの迷彩服が言った。しかしハジメはチラッと見ただけで不敵に笑った。 次の瞬間、萠黄にはハジメが消えたように見えた。いや、ブレたと言ったほうが正しい。彼は周囲にいた十数名の迷彩服を標的に、持っていた石を投げたのだ。 わずか一秒足らずの出来事だった。十数個の小石がハジメを中心に放射状に発射された。 ある者は頬に受け、ある者は指に受け、そしてある者は足を払われてその場に倒れた。 「あばよ」 ハジメは捨て台詞を残すと、伸ばした両手で輪を書いた。アッという間にハジメの身体は回転を始め、人間ゴマと化した。 芝生が千切れ飛び、緑の吹雪が起きる。 風は竜巻になり、空高く伸びていく。 萠黄は風を避けて指の隙間から見ていた。 竜巻は轟音とともに空に舞い上がった。それはまるで竜が空に昇っていくようだった。 やがて竜は空高く上がり、太陽に重なったかと思うと、街並の向こうに消えていった。 残された者たちは呆気にとられるしかなかった。 萠黄もただ東の空をじっと見つめていた。 「いないぞ!」 我に返った迷彩服たちがようやく騒ぎ始めた。 「いない。齋藤とその孫と坊さんが消えた!」 「あの竜巻に乗って行ったってのか」 「そんなバカな……リアルパワーってヤツか」 萠黄は手をかざして空を見ながら、 (ハジメ君が連れていったんや。いつも黙って隅っこにいるから、一度もしゃべらへんかったけど、リアルの力を使いこなしてたんやな。そういや初登場のときもおじいちゃんをおぶって空から降りてきたし) 残ったのは萠黄と清香、そしてベッドに寝たままの炎と腰を抜かしている雛田。 「くそっ」真崎はブーツに仕込んであったナイフを抜いた。「こうなったら手当たり次第だ」 真崎のナイフが萠黄に襲いかかった。 「わっ」 萠黄は短く叫んで、かろうじてよける。単に足がもつれてバランスを崩しただけだったが。 真崎の顔は鬼と化していた。素早くナイフを持ち直すと、倒れた萠黄の首筋を狙って振り下ろした。 ズサッ。 肉を立つ音が真崎を恍惚とさせた。 |
[TOP] | ![]() |
[ページトップへ] |