Jamais Vu
-221-

第16章
悪魔の舞台
(7)

「この展開が、真佐吉さんのシナリオどおりやとしたら……」
「と言うと?」
「あの人は無駄なことはしません。これまでの行動もすべて計算づくでした」
「彼をよく知ってるような口振りですね」
「──はい」
 芝生の上をもくもくと影が動いている。ふたりは影をたどって背後に目をやった。
 自分たちが出てきたエネ研の円筒状の建物。その脇に貼り付くようにして建設されていた発電施設。今それが黒煙をもうもうと吐き出している。数人の作業員が消化器を持って走っていった。
「少なくとも我々が元の世界に戻ることだけは阻止しました」
「発電所が復旧できなかったら、そうなりますね」
「そうならないよう全力を尽くす!」
 突然野宮の声が頭上から降ってきた。彼は息も絶え絶えといった様子で立っていた。
「先生、あの、山下さんが」
「ああ、なんでコイツまで倒れとるんだ?」
 野宮は弾む息もそのままに、どっこいしょと芝生に膝をつくと、山下の頬を乱暴に張った。
「おい、起きろ」
 山下はウウンとうめいた。
「あ……先生」
「あ、じゃない。お前、こんなところでサボっていたのか?」
「ち……違いますよ。……書類を見ながら歩いてたら、突然人がぶつかってきて……そこから覚えてません」
「いやはや、山上山中といい、やわな連中ばかりだ」
 山下は白衣の襟を治しながら上体を起こした。
 それを見ていた萠黄はハッと顔色を変えた。
「山下さん。白衣の下に着てるのは何ですか?」
 問われた山下は一瞬青ざめたようだが、
「普通のネクタイとワイシャツですよ」
 そう言って横を向いた。
「いえ、白衣とワイシャツの間です」
 野宮も不審に思ったらしく、山下に近寄った。
「おい、前をはだけてみい」
 山下は躊躇する素振りを見せたが、野宮には逆らえず、きっちり止めていたボタンを外した。
 ジージャンだった。
「ネクタイににジージャン?」
「いけませんか。何を着ようと私の自由です」
「ではそのジージャンの懐にあるものは?」
 柊が指摘した。萠黄の目にもそれが見えた。
 野宮が手を伸ばしてつかみ出す。
「カツラじゃないか!」
「いけませんか? 最近頭髪が気になってるんです」
「なかなか長髪のカツラですね」
「私の自由です」
 そのやりとりを見ていた萠黄が突然、山下の襟首をつかんだ。
「何するんですか!」
「ちょっと脱いでください」
「いい加減にしてくださいよ。私には仕事が──」
「脱げ」
 野宮が静かに言った。
「先生……」
「わしはお前以上に忙しいんだ。早く脱げ!」
 山下はしぶしぶ白衣を脱いだ。
 ところが背中が何かに引っかかって脱げない。
「あれ、おかしいな」
「ちょっと待て」
 野宮が山下の背後に回った。そして白衣の襟をつかんで勢いよく引き剥がした。
「山下、これは何だ?」
「えっ……さあ」
「なぜ背中にガムのカスが付いている?」
「………」
 野宮は鼻を近づけた。くんくんと鼻を鳴らす。
「間違いない。これはわしのお気に入りのガムだ。しかもまだ新しい」
「さあ……誤って付いちゃったんでしょう」
「トボけるな。白衣の下にどうやって付くんだ! しかもこれはわしがつい今しがた、真佐吉に向かってこの口から飛ばしたガムだ!」
 ここに至って、言い逃れはできなくなった。
「山下!」
 強い陽射しに照らされた山下のこめかみにツーッと汗が流れ落ちた。彼はぎゅっと目を閉じると、芝生の上に両手をついた。
「も、申し訳ありません!」


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