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-219- 第16章 悪魔の舞台 (5) |
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「動くな!」 真崎は銃を構えたまま研究室に飛び込んでくると、さらにもう一発発射した。キインと跳弾の音が響く。人々は悲鳴を上げて床に伏せた。 「伊里江、降伏しろ!」 真崎は全身を怒りに奮わせていた。 真崎が地上から降りてきた階段は、リアルたちが向かいつつあるほうとは反対側だった。 萠黄は真崎と伊里江兄のちょうど真ん中にいた。彼女はもう一度腰を落とすと、真崎を見、伊里江兄を見た。 伊里江兄は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。 (怯えてる──?) 萠黄の目には伊里江兄の反応が奇異に思えた。あれほど不遜極まるセリフを連発した彼にしてはそぐわない反応だった。さっきまでのはすべて虚勢だったのだろうか。 それでもおずおずと顔を向けると、 「やめたまえ。つまらんことをするとまた人が死ぬことになるぞ」 「黙れと言ってる。お前のゴタクはインカムでずっと聞いていたが、よくもまあペラペラしゃべれたもんだ。しかし堂々とここまで潜入してきた度胸だけは褒めてやる。ご丁寧に俺たちが降りてくるのを妨害するために、階段各所に爆弾を仕掛けていたとはな──。どうやってあれだけの爆発物を持ち込んだ? お前を引き入れた裏切り者がいるんじゃないのか?」 人々はどよめき合った。人類の敵に与する者が研究所内にいる? そんなことが有り得るのか。 しかし伊里江兄の口調は泰然としている。 「その割には来るのが早かったな。さすが隊長を軟禁してまで目的を果たそうとするだけのことはある」 「このヤローッ」 真崎が引き金にかけた指に力を込めるのと、伊里江兄の左手が動くのが同時だった。 壁際のパソコンが爆発した。そばにいた何人かが吹き飛ばされ、真崎も床に激しく転がった。 パソコンは跡形もなく破壊され、辺りに火のついた部品が散らばった。 「イカン、消化器だ!」 野宮が大声で指示した。しかし爆破の被害は予想以上に大きく、四、五人が砂状化の憂き目にあった。 悪魔は用意周到だったのだ。こちらの手の内がすっかり読まれている。彼は最も効率的なやり方で人々の抵抗心を奪っていった。 (勝てない) 父親に覆い被さりながら、萠黄は恐怖と諦念が心の中に広がっていくのを感じた。 伊里江兄は騒ぎにも飽きたように「行くぞ」と言うと、階段を目指して雛壇を降り始めた。 床で俯せになっている真崎にシュウが駆け寄った。だが萠黄の視線に気づくと「早く行け」と目で合図した。 「萠黄」むんが立った。「わたしも行くから」 萠黄はウンと言った。父親をそばにいた女性職員に頼むと、自分のリュックを背負い、立ち上がった。 混乱の続く研究室を横切っていく。誰もが萠黄に気づくと道を空けた。触れると病気に感染するとでも言うように。 階段への出入口では、柊や齋藤らが待っていた。 「アイツは先に階段を昇っていきおった。わしらがついてくるのを露ほども疑うとらんな」 しかたなく萠黄たちも一段ずつ昇り始める。すると後からシュウが追いついてきた。真佐吉は、と問うので萠黄が指を上に向けると、 「追いかけろと真崎に命じられた。俺もついていく」 一同は、齋藤、ハジメ、炎少年のベッドを抱えた柊と雛田、清香、萠黄、むん、シュウの順に進んでいく。 エネ研地下研究室は一部の調整室を除けば、地下一階から五階までが吹き抜けになっている。各階には一応通路があり、扉で通路に出ることができるとシュウは言う。 「隊長代理は言った。発電施設の爆発後、すぐに地下に降りようとしたが、こちら側の入口は内側からロックされていたという。それもヤツの仕業だろうな」 さらに声をひそめると、 「あまり急がないほうがいい」 「どうして?」 「通路を通って逆側から俺たちの部隊がヤツの先回りをしようとしている」 「そんなことしたら、またドカンッて」 「隊長代理は、是が非でもヤツを捕えるつもりだ」 また銃撃戦や爆発が起こるのではないか? 萠黄は全身を強ばらせた。 そしてその恐れていたことは地下三階で起こった。通路側で待ち伏せていた迷彩服が、伊里江兄に奇襲を仕掛けたのだ。 ドンという爆音がし、煙が階段に広がった。 「やったか?」 萠黄は階段で見えない上階に耳をそばだてた。 (これも伊里江兄の想定の内とか──) 散発的に起こる銃声。入り乱れる悲鳴と靴音。続いて迷彩服と思しき男の声が壁に反響した。 「捕えたぞー!」 |
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