![]() |
-218- 第16章 悪魔の舞台 (4) |
![]() |
齋藤は動じた様子もなく背中で後ろ手を組むと、伊里江兄を見上げてヒューッと一声、口笛を吹いた。 「ふむ、だんだん盛り上がってきたな。わしはオモロイのが好きや。ここで尻込みすると、ビッグジョークの名がすたる。アンタの話に乗ってみるのも一興やろ」 そう言うと、さっさと障害物を乗り越えて階段に向かい始めた。 「齋藤さん……」 萠黄には老人の行動が理解できなかった。面白いからついていくって、そんなんアリ? 老人の行く手に別の人影が立ち上がった。ハジメである。 「お前はどないする?」 問われても応えず、じっと老人を見つめている。 「いっしょに来るか?」 ハジメはこくりと頷いた。 「萠黄っ」むんが萠黄の袖を引っ張った。「どないしたん? まさか萠黄もついていくつもりやないやろね?」 萠黄はハッと我に返り、戦慄した。自分も決断を迫られていることに気づいたのだ。残るか否か。 そんな萠黄の肩をシュウが叩いた。 「あなたにひとつ忠告しておこう」シュウは伊里江兄に鋭い視線を送りながら彼女の耳元でささやいた。「悔しいがヤツの言ったことは当たっている。真崎隊長代理は、あなたがたが元の世界に帰るという前提があったから、リアルをキルするのを断念した。転送装置が使用不能となった今、再び彼は、我々にあなたがたを殺せと命じるだろう。この場はいったん逃げたほうがいい」 萠黄はシュウの顔を見た。その表情からはどんな感情もうかがえない。 「どうしてそんなことをわたしに?」 「いやいやいや」シュウはわずかに顔をしかめると付け加えた。「訊くな」 ざわめく人々の間から清香がすっと前に出た。ピンクのシャツを着ているのでイヤでも目立つ。するとその後ろからネクタイの曲がった雛田が飛び出した。 「おい、真佐吉さん!」 雛田が直接、雛壇に語りかけた。 「何か?」 「ぼ、僕はリアルじゃない。僕のム──姪がそうなんだ。そして僕は彼女の保護者の任を帯びている。いっしょに連れて行ってくれ」 「──いいでしょう。その代わり、あなたにはお手伝いいただきます。そちらのベッドに横になっている少年を連れてきてください」 伊里江兄は炎少年を指さした。 雛田があわてるように萠黄の目の前を通り過ぎていった。 (お兄さんの思うがままに事態は進んでる) 萠黄は焦った。このままの展開でいいのか? その時、野宮助教授の声がした。 「萠黄クン、博士が!」 萠黄は野宮のところに駆けつけた。 父・光嶋裕二博士が頭から血を流して倒れていた。爆風で柱に打ちつけたのだ。 博士は目を閉じて意識がなく、血は少ないながらも流れ続けており、皮膚の一部がすでに砂状化を始めていた。 「ああ、どうしよう」 萠黄は野宮を見た。助教授は険しい顔で首を横に振った。 「そんな……」 萠黄は膝の上に父親の頭を乗せた。流れた血が萠黄のジーンズを染めていく。 清香が萠黄のところに駆け戻ってきた。 「ダメよ、両手で傷口を塞がなきゃ」 「そんなことしたって」 「やりなさい」 言われるままに萠黄は両手を父親の頭部に添えた。 すぐに彼女は奇妙な感覚に襲われた。 身体の中で何か生き物のようなものが動き始めたのだ。それは両腕の付け根に集まり、そのまま肘へ、そして手首へと移動し、遂には両手の平が熱を帯び始めた。 「そのまま、そうっとよ」 清香が萠黄の手に自分の手を添えた。 みるみる熱の温度は倍加し、光さえ放ち始めたではないか。どういうことか判らないまま、萠黄はただ父親の傷口を見つめ続けた。 「こうやってね」清香は言う。「怪我を治したことがあるの」 萠黄は口をぽかんと開けて清香の横顔を眺めた。冗談や気休めを言ってるのではなさそうだ。その証拠にダラダラと流れていた血が止まった。 「ん……萠黄……」 「お父さん!」 目を開いた父親は萠黄の腕にしがみついた。口を動かそうとするが思うようにしゃべれないようだ。 「さあ、その辺でよろしいでしょう」 高いところから伊里江兄の声が降ってきた。彼はまだ雛壇にいた。 「急がねば邪魔が入るのでね。……とくにお坊さま、あなただよ!」 伊里江兄は視線を斜め下に落とした。柊拓巳がそこにいた。彫りの深い顔で目だけを光らせている。 「妙な気は起こさぬよう。そのまま進んでもらいたい」 柊はしばらくじっとしていたが、やがて齋藤の後を追って階段に向かった。 「お嬢さんがた。君たちが最後だ。こちらにきたまえ」 萠黄は父親の傷が癒えていることに驚きながらも、父親の頭をそっと床に置くと、清香とともに膝を上げた。 「それでは皆さん、さらばだ」 伊里江兄は床に降りようと動きかけた。 その時、銃声が轟き、伊里江兄の足許を銃弾がかすめた。 |
[TOP] | ![]() |
[ページトップへ] |