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-217- 第16章 悪魔の舞台 (3) |
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エリーさんのお兄さん! ついに彼が姿を現した! 萠黄は怒り以上に何とも言えない高揚感を感じていた。 薄暗い照明のため、伊里江兄は輪郭しか見えない。それでも写真で見たジーンズのジャケットらしき上着を羽織っているらしいことは判った。 (エリーさんはどこにいるの?) 混乱する室内は未だに騒然としているが、雛壇の上に傲然と立つ伊里江兄のいる辺りだけが異質な雰囲気を漂わせていた。 彼は発電施設を爆破した。そしてまたこの研究室を爆発で混乱に陥れ、派手な演出で登場した。 どんな神経をしてるのだろう? 彼に善悪の観念などないのか? まさに悪魔の所業。 自分たちは悪魔の舞台で踊る道化に過ぎない? 「くそっ、アイツはどうやって入ってきたんだ? 厳重な上にも厳重に警備していたというのに」 シュウが信じられないという顔で床を何度も叩いた。 萠黄は出入口を探して室内を見回した。 地上から降りてくるには、エレベータを使う以外、丸い研究室の両極にある階段だけだ。エレベータは乗るたびに網膜走査されて誰が乗ったのか記録に残される。萠黄は一度も階段を利用したことがなかったので、どんなチェック態勢が敷かれているのか知らない。伊里江兄は階段を誰にも知られることなく歩いて降りてきたのだろうか? 「この中の警備関係者のかたがたに言っておく」 伊里江兄がまたしゃべり始めた。人々がビクッと身体を震わせる様子が判った。 「私を撃とうなどと思わないことだ。この建物には他にもまだ爆弾を仕組んである。私の身体が衝撃を受けるとひとつずつ爆破する仕掛けになっている。──もっとも、私自身リアルであることをお忘れなく。君たちに撃たれようが私は怪我ひとつしないよ」 「……兄さん!」 伊里江弟だった。彼は足の踏み場のない室内をなんとか兄に近づこうと、倒れた人の間を懸命に這っていた。 「……やめてください! もう十分です!」 「真佐夫──。愚かな弟だな。後先も考えずにこの世界に飛び込んでくるなんて」 「……あなたのやっていることは無意味です! 無価値です! その先には夢も理想もありません」 「少しは言うようになったじゃないか。きっといい友達に巡り会えたのだろう。そういえばお前のガールフレンドの光嶋萠黄さんはどこにいる?」 「ここにいます!」 萠黄は立ち上がらずにはいられなかった。 「やあ、萠黄さん、お初ですな。思ったとおりの可愛らしいお嬢さんだ」 「あなたの目的は何なのですか?」 「君はよく知っているんじゃないかね? リアルを集めて、ヴァーチャル世界とリアル世界を宇宙の塵にしてしまうためだ」 「弟さんもいっしょに?」 「そうだ。それが彼のためでもある」 「話にならない……」 萠黄は唇を噛んだ。 「そうだ。私は語り合うためにわざわざここへ足を運んだのではないのだよ。君たちを迎えにきたのだ。リアルの人々よ。さあ、立ち上がりたまえ」 真佐吉は手を広げて呼びかけた。しかし伊里江や萠黄の他に反応するリアルはいなかっ── 「なんじゃい、もうちょっとで英雄になるとこやったのに邪魔しくさって」 停止した転送装置の奇妙に重なりあった輪をくぐり抜け、怒鳴るように文句を言いながら出てきたのは、ビッグジョーク齋藤であった。 「ご老体はリアルですな?」 「アンタか、みんなを困らしとる悪ガキは」 「ハハハ、あなたのようなご高齢のかたからすれば、私など洟ったらしの小僧に過ぎませんな」 「わしらにどないせいっちゅうねん」 「私といっしょに来ていただきたい。なあに、そう遠くではありません」 「ついて行ったら、どんなメリットがあるんや?」 「人類が未だかつて見たことのない、この世の真実をご覧に入れましょう」 「ほう。なかなか魅力的なセリフを吐きよる。──もし断ったらどうする?」 「悪いが地上の電力施設は破壊させてもらった。あなたがたがここにいても、もはや元の世界に戻ることはできない。そうなれば必然的に、ここにいるヴァーチャルたちはあなたがたの敵となる。あなたがたの命をすぐにも奪おうとするでしょう。彼らの選ぶ道はそれしかありませんからね。──あなたはここにいて、ただ殺されるのを待っているつもりですか?」 |
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