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-216- 第16章 悪魔の舞台 (2) |
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銀色の輪が回転を始めた。輪は円周方向に回転するのと同時に立体方向にも回転する。つまり六つの輪は各々、球の上をなぞるように回るのである。 直径五メートルの輪の内部では、今や重力が消え、齋藤老人の身体は空中に浮かんでいた。 不思議な光景だった。 銀色の輪はバラバラに動いているようで、どこかリズミカルだ。装置は振動音をほとんど発しておらず、輪が空気を切る音ばかりが聞こえてくる。 「齋藤さーん、ご気分はいかがですかー?」 野宮がマイクで訊ねた。 「──ああ、悪くないな」 装置を囲む人々は瞬きすら忘れて転送装置に見入っている。 萠黄は心の中で祈った。 (どうか成功しますように。向こうの世界へのトンネルが無事開きますように) 風切り音はどんどん高くなっていく。老人の身体も回転を始めた。 「アッ」 誰かが叫び、指さした。 転送装置が放電を始めたのだ。小さな稲妻が竜のように輪の上を駆け抜けていく。 (わたしが中にいてたら失神したかも) やがて個々の輪が判別できないほどに回転速度が上がると、装置全体はまるで半透明の球体のようになり、色も銀色から白色へと変化していった。 (次はどないなるんやろ) 萠黄とむんは耳を手で塞いだ。もはや風切り音は不快なほどの高周波に達していた。 耳を塞ぐと心臓の動悸が装置の鼓動のように思えてくる。萠黄は部屋全体が転送装置のような錯覚さえ覚えた。 (そろそろかな?) そう思った時、萠黄の身体がぐらっとよろめいた。床が揺れた気がした。周囲の人々も同じように体勢を崩していた。あわてて床に手をつく者もいる。 「何ごとだ!」 野宮が叫んだが、その途端、部屋の明かりという明かりが一斉に消えた。 どよめきが上がった。 転送装置の発する音も急激に小さくなっていった。 反対に人々の間に怒号がわき起こった。 「どうした、停電か!?」 「工事は失敗だったのか?」 「早く予備電源に切り換えろ!」 それに応えるように、数秒後、部屋は明るさを取り戻した。しかしそれはオレンジ色の“ほの明るい”程度のものだったが。 ブーイングの声が上がる。 「これじゃ手元が見えないじゃないか」 「一体どういうことなんだ?」 シュウがレシーバーが鳴り、急いで耳に当てた。 「はい、地下研究室です。……え……そんな」 シュウの目の色が変わるのに気づいた野宮は、萠黄の目の前を横切ると、シュウの腕をつかんだ。 「地上班からか?」 「はい」 「何と?」 「たったいま電源施設が爆発したと──」 「バカな! 有り得ない!」 萠黄はハッとした。するとさっきの揺れは爆発の振動だったのか。 「イヤな予感がする」 その時だった。部屋の隅で激しい炸裂音が轟いた。 萠黄とむんは爆風のあおりを受け、転送装置とオペレータの操作していた制御盤との間に飛ばされた。ガツンと頭をぶつけた萠黄の目から火花が出た。 痛みを我慢して薄目を開くと、部屋の様子が一変しているのが判った。 テーブルや椅子はひっくり返り、人々は折り重なるように倒れ、うめき声を上げている。コンピュータや書庫などの下敷きになっている人もいる。 爆発が起きたのはエレベータのそばだ。そこだけ壁が大きく崩れており、無惨にも鋼材が露出している。 「むん、怪我はせえへんかった?」 萠黄はまず親友の身を案じた。ヴァーチャルは怪我をすればおしまいだ。その言葉が頭にチラつく。 「う、うん、ちょっと擦りむいただけ」 手を出すとわずかに指の皮が剥けていたが、砂を放つほどではないようだった。 萠黄は一安心すると、次に周囲を見回した。 (お父さんは?) 膝をついて立ち上がろうとした時、 「あっはははははははははははははは」 笑い声がどこからともなく流れてきた。 「誰だ? 不謹慎な!」 野宮は怒りに身体を震わせたが、次に聞こえた言葉に全身を硬直させた。 「諸君。約束どおり参上した」 萠黄は制御盤に手をついて立ち上がった。すると薄暗がりの中でシルエットのように浮かび上がる雛壇が目に止まった。そこにひとりの人間が立っていた。さっきまで座っていた副社長とは似ても似つかない人影だ。 スリムなその男は両手を天井に向かって突き上げると大きな声で名乗った。 「私が、伊里江真佐吉だ!」 |
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