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-213- 第15章 崩壊 (9) |
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萠黄は、受信状態の悪いラジオを連想した。しかし流れ出した音声は萠黄の思考を完全に麻痺させた。 「──くナよ。うザっ──けだゼ。こレ以ジョ──」 「ストップ!」 萠黄は叫んだ。再生が止まった。ギドラは平然とした顔で宇宙空間を漂っている。 《確かに聴き取りにくい部分はあるけど、なんとなく判るよね。これはまだ出だし部分。この後はノイズもだいぶ減って聴き取りやすくなるよ》 ギドラは勝手に再生をリスタートした。 「──だいたい(ドリンク、マズっ)が──ついて来なくても(狭い部屋!(息苦──い))──俺に指図──(クソ)なよな──(萠黄って女(チビ)は──)」 萠黄は布団を持ち上げると携帯を放り込んだ。しばらくモグモグと音声が続いていたが、やがて静かになった。 (ウソやろ?) 布団にまたがった萠黄は、冷や水を頭から被ったような気持ちがしていた。目だけが、あっちの壁こっちの壁と往来を繰り返す。 それはわずか二、三分のことだったろう。スーハーと深呼吸をすると、布団を持ち上げ、携帯に向かってドスの利いた声をぶつけた。 「アンタ、ええ加減にしいや!」 ギドラは目をパチクリさせた。萠黄はさらに怒りを募らせた。 「わざとやったんでしょう! わたしにイヤな思いさせてどないするつもり!」 《ま、待ってよー》 ギドラはしょぼんと三本の首を垂れ、申し訳なさそうな声を上げた。 《聞きたいって言ったから聞かせたんじゃないか。怒るなんてあんまりだよ》 「今のは何?」 《だからあれが少年君の本当の声なんだって》 「ウソ、絶対ウソや!」 《ボクの説明を聞いて。あのね、ファイアはお母さんも言ってたように、少年君の自分の口では表に出せない心の声を外に伝えるのが役目なんだよね。ところが心の声というのは、聞いてもらったようにじつに混沌としているんだ。同時多発的に出現したり途中で切れたり。きっと最初の頃はファイアも苦労したんだと思う。自然な会話になるまでにかなり学習を重ねた形跡があるから》 「………」 《ボクが任されたら、きっとストレートに翻訳してしまうよ。するとどうなると思う? 好ましいコミュニケーションが生まれるだろうか?》 萠黄は布団の上に両足を乗せたまま、背中を壁に押しつけた。ギドラが次に何を言うのか、彼女には読めるような気がした。 《犯人は、お母さんだ》 「犯人──」 《ファイアの過去ログをざっと見たんだけど、アクセスしてるのはお母さんのIDばかりだった。教育係は彼女さ。少年君に一番近い存在なんだから、彼の意思を翻訳するには最も適格と言えば言える。けれど知らず知らずにお母さんの『こんな子でいてほしい』という願望が強く介入したんだろうね。結果、少年君はお母さんの理想の息子に仕立て上げられていくことになった》 「それは、もう炎君やない……」 《とも言い切れないさ。極めて意訳いや脚色されてるとはいえ、元の意思を反映しているのは間違いないからね。『出て行け!』が『ちょっとひとりにしてくれるかな』になるように》 居室の中は、集中管理された空調が適温を保っている。しかし萠黄は寒気を感じた。こんな話は聞くんじゃなかったと激しい後悔が波のように押し寄せる。 《少年君の心は今や憎しみに満ちあふれている。ファイアとお母さんに対する憎しみが日々増幅しているようにボクには思えたね》 「アカンよ、アカン、そんなんカワイソ過ぎる!」萠黄は足をバタつかせて抗議した。「炎君はお母さんのお人形になってるやん。ヒドいわ」 《親子の間のことだから、口をはさむわけにはいかないしねえ》 「どっちも不幸やよ。わたし、許せへん!」 すると一瞬、ギドラの口が笑ったように見えた。 《待ってたよ、その言葉》 「え──?」 《ボクはね、自分の分身を少年君のコンピュータに置いてきた。一声合図すればそれが起動して、ファイアの初期化ルーチンを作動させることができる。それっ!》 ギドラが空中に向けて半重力光線を放った。光線は真っ直ぐドアのほうへと伸びていった。 《よし、これでOK》 「もしかして、初期化──したん?」 《ウン》 「お母さんや炎君に許可も得やんと、そんな」 ドンッと廊下で音がした。人の喚くような声が続く。 萠黄は携帯を布団の上に放り出すと、床に降り立ち、急いでドアを開けた。 |
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