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-212- 第15章 崩壊 (8) |
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萠黄は解放されると自分の部屋に飛び込み、ようやく人心地をつくことができた。 (なんでわたしが救世主なんよ。大事な建物を揺らして、危険に晒した張本人やっちゅーのに) 野宮は、萠黄のエネルギーがまた一日分減ったと告げた。地震を起こすことでエネルギーを発散したのだと。 重要な点は、萠黄が始めて自らの意思でエネルギーの発散をおこなったことである。その方法というか、動作がどんなものだったにせよ、これは画期的なことなのだと野宮は絶賛した。 学術的には価値があるのかもしれない。でも明日、元の世界に帰ってしまう萠黄には関係のない話だ。 「あ、自分の部屋に戻ってしもた。むんが待ってる」 ベッドに横になりかけた身体を起こそうとした時、携帯バイブが振動した。 「なんや、びっくりさせんといて」 ホログラフィ映像に浮き出したのはギドラだ。 《文句を言いたいのはこっちだよ。ちっともひとりっきりになってくれないから、出られなかったじゃないか》 三つの首の頬を膨らませて、ぷりぷり怒る。 「そやね、明日になったらアンタともお別れやしね」 《名残惜しいかい?》 「うん、……あれ、元の世界にもリアルのギドラは存在するんやっけ?」 《理屈ではそうだね。いるはずさ。左右逆になったボクが》 萠黄には左右の首の区別がつかないが。 「また旅に出る?」 《うん。でも昨日や今日だって、いろんな所に出かけてたんだよ》 「ふーん、それはそれは結構なご身分で」 《ほんの近場がメインだけどさ。それでちょっと面白い情報を仕入れたので教えてあげようかな、と》 「明日でもええ? むんが待ってんねん」 《ボクはいいけど、気にならないかい? 炎って少年のこと》 萠黄は上げかけた腰をゆっくりと降ろした。 《聞きたそうだね》 「聞きたい!」 萠黄は両目をぎゅっと閉じて叫んだ。ギドラも応えるように宙返りした。身体の金粉がキラキラと散らばった。 《ボクも彼のことは以前から知っていた。植物状態の人間のインタフェース部分をPAIが全面的に担うというのは、画期的なニュースだったからね。でもこれまでに一度も彼を訪問したことがなかった。今回は萠黄さんとのやりとりを聞いてとても興味深かったので、お邪魔することにしたのさ》 「そっか。炎君のコンピュータもネットに接続してるから、アンタも忍び込めたんやね」 《忍び込むって言いかたは抵抗あるけど、まあそういうことかな。 彼は──炎君のPAIはその性質上、一切表舞台に出ることはないから、特定のキャラクタを持っていないんだよ。判るね?》 「姿形を見せるための“絵”はない──」 《その通り。ソフトだけの存在。そんな彼に与えられたコードネームはファイア=t 「まんまやなあ」 《ボクね、最初は疑ってたんだ。PAIが少年君と外界のやりとりを仲介してるなんてウソっぱちじゃないかと。もしかしたらPAIは、思考すらできない少年君になりすまして会話を捏造し、車椅子の動きさえも勝手にコントロールしてるんじゃないかとね》 萠黄は絶句した。そんなことは小指の先ほども想像していなかった。確かに物わかりの良過ぎる子だなとは思っていたが。 《でも訪問して疑念は消えたよ。少年君は確かに意識を持っていた。そしてちゃんとPAIに向かって、自分の意思を発していたんだ》 「よかった」 萠黄はホッと肩の力を抜いた。 《ボクはファイアの仕事ぶりを見て感動しちゃったよ。少年君の脳髄からダイレクトに送られてくるさまざまな思念を、物の見事に処理してるんだもの。例えて言うなら、何人ものカメラマンがてんで勝手に撮影したフィルムを一本にまとめるようなものさ》 「へえー」 《とても人間業じゃない……って人間じゃないけど》 「人間の思念って、そんなにバラバラなん?」 《会話になる前だからね。感情がそのまま出るんだ》 萠黄は口を尖らせて天井を仰ぐ。 「よお判らんなあ。ウワーッとかヒョエーッとか、そんなんが飛び交ってる感じかな」 《違うなあ。会話になる前であって、言葉になる前じゃないからね》 「えーっ! もしかすると、わたしが聞いても理解できる言葉なん?」 《まあね》 「聞いてみたい気がする」 《へへっ》ギドラは妙な含み笑いをした。《お土産代わりに、少しだけ録音してきた》 「げっ……趣味ワル〜」 《じゃあ消すよ》 「意地悪。ここまで来たら聞くしかないやん」 《ほい、それでは再生スタート!》 「──んじやねぇョ。──テめェ──ろサれたイのか!──ィい加減ニ──目障りダ、出テ──」 |
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