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-210- 第15章 崩壊 (6) |
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清香はティーカップを持ち上げた。雛田はそれを見て無意識につぶやいた。 「左利きになってる……」 清香は、ん? と顔を上げると、 「わたしから見れば、おじさまこそ左利きよ」 「右利きだよ」 「判ってる」 「清香は、向こうに戻ったらどうする?」 「うーん、ひとまず心配かけたお父さんとお母さんに会いにいかなくちゃ」 「そうだな」 「でも、わたしがいなくなったことに気づいてないかな。だってしばらくオフの予定だったし、あのスタジオにも気まぐれでふらりと行ったんだから」 「気づいてないなんてこと……あるのかい?」 「それなら、『ちょっと旅行で留守してました』で済むわね」 「どうだろう。ほら、あの太鼓腹の助教授が説明してたじゃないか。向こうの世界はこっちがどうなってるのか、様子を知ることができないからきっと大騒ぎしてるだろうって。だから戻った時、君は貴重な証人として、盛大な拍手で迎えられるはずだよ」 「なんだかコンサートの時みたい」 雛田は額を叩いた。 「こりゃ失礼。清香ちゃんにとっては日常のことだな」 ハハハと笑った。だが清香は真剣な顔を雛田に寄せ、 「そろそろ話してくれてもいいんじゃない? 何を隠してるの?」 じーっと視線が迫ってくる。雛田は進退窮まった。 (いや今こそ言おう。言ってしまおう!) 「あのさ──」 いいかけた、まさにその時。 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンン。 部屋を大きな横揺れが襲った。 雛田はバランスを崩して床に倒れた。だが清香の悲鳴を聞きつけ、急いで起き上がると、彼女のそばへと這っていった。 フッと電灯が消えた。部屋の中が暗闇に沈んだ。 それでも雛田はなんとかソファまで手探りでたどりついた。 揺れはやがて尻すぼみに小さくなっていくと、何ごともなかったようにスーッと治まった。電灯の明かりもすぐについた。 「……なんだよ、こんな時に地震なんて」 雛田は天井を見上げ、部屋の中を見回した。花瓶や電灯などの調度品は置いてないので、床に落ちたりしたものはなかった。 ホッと肩を降ろす。その頬を、何か柔らかいものが強烈な力でひっぱたいた。 「イテッ」 反射的に顔を庇おうと手を浮かした時、 「ぷふゎーっ」 清香が真っ赤な顔で雛田の前に浮上してきた。 「お、おじさま、ひどい! 息ができないじゃない!」 雛田は無我夢中で清香に駆け寄ったものの、両手にクッションを持って、清香の頭を強く押しつけていたのである。 「ワルイワルイ。家にいるときのくせで、タンスの上から物が落ちてくるといけないので……つい……」 ピンポンパンと音が鳴った。するとテレビが野宮助教授の顔を映し出した。 《地下十階の皆さんは無事かね? とくにヴァーチャルのかたがた。お怪我のなかったことを祈る。私は今からそちらに伺いますので、よろしく》 午後九時二十分。 野宮がエレベータ口に現れた時、リアルたちは皆、廊下で待機していた。 野宮は三人の若い部下を連れていた。彼らは各々肩から見たこともない機械をぶらされていた。 「えー、ちょっと皆さんの身体の状態を測らせてもらおうと思いますので、どうかご協力願いたい」 「測るやて?」齋藤が首をひねる。そして手首の腕輪を上げると、「コイツをしとるのに、わざわざ測る必要があるんかいな?」 「停電のせいです。ここの研究設備はたいがい別電源なのですが、腕輪からのデータを受ける装置がたまたま通常の壁電源だったもんで、処理用の機器ごとハングアップしてしまいましてな」 「わしに機械の話をされてもチンプンカンプンや」 野宮はこれはどうもと頭を下げ、 「先ほどの地震の震源地が、またココだったのです。おそらくは柊さんが震源だとは思いますが、念のため」 言いつつ、三人の部下を振り向くと、 「山上、山中、山下、すぐに始めてくれ」 白衣を着た三人は、それぞれ計測器から伸びた聴診器のようなものを片手で持ち上げた。見ていると三人とも同じ人間に聴診器をあてようとしている。 「コラ、リアルは清香クンだけじゃないだろ、バカもんが!」 結果はすぐに出た。なんと震源は萠黄だった。 それを聞いて、一番驚いたのは萠黄自身だった。 「びっくりすることはなかろう。君はこれまでにも地面を揺らしてことがあるはず」 野宮が他人事のように言うと、 「違うんです」 即座に萠黄は否定した。 「何が違うんだね?」 「だってわたし……起こそうと思って、地震を起こしたんです」 |
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